第3話 あなたはだれ


『どうしたの?』


 と、声を出しているのは、目の前の物体なのだろうか。


 さっきの鏡の球体に似てる……というか共通点は丸くて浮いてるとこだけなんだけど。さっきのは光を反射していたけど、これは屈折した向こう側の景色が見える。空気との境目ははっきりしていて、あと小さい。手のひらに乗るくらいの、でっかいビー玉みたいな。


 要するにあれだ。大道芸人が使うガラスの球。



 ふと思い立って手を出してみる。


 指で触ると硬い、のは当然だったが……動かない。結構強めに押しても、その場から移動しない。ビクともしない。


 手のひらを、球体の上下左右前後にさかさか動かしても何もない。糸も、釘も。浮いてる。


 ……どーなってんの?コレ。



『用は何?』

「ひゃっ!」


 また喋った。あの身体全体に響くみたいな音。


 か、会話ができる?


 思い切って聞いてみた。


「だ、誰ですか?」

『僕は、さっきの母体の分身。きみにスキルの使い方を教えるために残された。』

「ぼ、ぼたい?」

『そう。あっちが本体。僕はただの意識のかけら。』

「はぁ……。」


 さっきのって……あの大きい方の球か。


「あれは何だったんですか?」

『あれは……きみたちの言うところの、神に似たもの。「創造神」が一番近い概念かな。』

「……かみ?」


 カミ?紙?髪?……ソウゾウシンって……まさか神さまってこと?


 なになにどういう設定?



「あ、あの、状況がよく分からないのですが。」

『君は、創造神の移動に巻き込まれた。』


 球体は、一定の速度で話し続けた。機械音ほど音痴ではないけど、感情の無さそうな抑揚の無さで。


『創造神は、いくつもの世界を作ってそこで遊ぶ。星の躍動を感じたり、観察したり、そこに生きる命に生まれて色々体験したりして。さっきはちょうど、君の世界からこの世界に来るところだった。その時に、たまたま君を連れてきてしまった。』

「……。」

『本来ならそれぞれの世界のものを別のところに持っていかない。だけど神も失敗する。ここが君の故郷と環境が似てて、君が移動に耐えられたのは奇跡だ。運が良かった。』

「そ、そうですか……。」

『そう。物理法則が似てるのはもちろん、大気や地殻が安定していない星に降り立っていても、君は消滅してた。たまたま神が似た場所に来ようとしてたから、生き残った。』



 ど、どうしよう。なんだかスケールが壮大な話になって来たぞ。



 私は、まだこれが手の込んだドッキリだと思っていた。いや、そう信じようとしていた。その細かい『設定』を理解しようと必死だった。



「あ、あの、ここで私、何をすれば良いんですかね?」

『別に。好きなようにすれば良い。』

「はぁ……。」

『創造神は、何度か命を体験してそれに親しみを持っている。君は生きているから、生き続けたいだろうと判断した。そのために必要で、かつ君に合ったスキルを与えている。』

「……私に合ったスキル?」

『そう。生き物は、その作りも習慣も理想も様々だ。創造神は、君という個体に一番適したスキルを与えている。』


 いよいよ異世界転移みたいになって来たな……と、頭の片隅で考える。流行ってるからなぁ。


 まぁ、テンプレだともらえるスキルとか選べるはずなんだけど。神さまも、コレよりもうちょっとフレンドリーな気が。


 勝手にスキル決めて消えちゃうのかよ。横暴だな。




 私が貰ったスキルって、どんなものですか?




 と、聞こうとした時だった。





 金属を擦り合わせたような耳障りの悪い音が、遠くでした。


 続けて衝撃音と、地面の振動が届く。


 パラパラと、崖の上から砂が降って来た。



「なに?地震?」


 日本人らしい思考で狼狽えていると、球体が言う。


『近くで、ドラゴンが縄張り争いをしている。』

「は?」


 私が聞き返した直後だった。




 ごう、と、強い風が砂埃を巻き上げて私を包んだ。同時にあたりが暗くなる。


 それは一瞬で、頭上の巨大な影は私が背にしている崖の反対側へ飛んで行った。あり得ない速さで。残されたつむじ風に、髪が乱される。




 ギャァアアアアアアッ‼︎


 キシャァアアアアアアアっ‼︎




 離れていても届く聞いたことのない音は、連なって飛ぶその2つの影からのようだ。


 弧を描いて飛ぶそのシルエットは、なんだかとても、羽のあるトカゲっぽい。色は真っ赤だけど。


 げ、火を吹いてる。わー、オレンジ色だー。




「な、な、な、な……。」

『あれはファイヤー・ドラゴン。サラマンダーの上位種。』


 あまりのことに言葉を失った私に、冷静に説明するガラス球。


 いや今それどころじゃなくない⁉︎




 ぎゃーーーまたこっち来るぅううううっ‼︎



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る