後編
「よう、タケ!久しぶりだナ。何か用カ?」
高校時代の友人のタケが長佳庵に来た。タケに会うのは成人式以来かも知れない。
「実は俺、今度フラッシュモブのバイトをするんだ」
「フラッシュモブ? 面白そうだナ」
「面白くはないな。これ見ろ」
タケが出したのはうちの商店街の地図と乃亜の写真。
「プロポーズするらしいぞ」
「プロポーズ? あ、じゃア昨日乃亜が言ってた——」
「お前ら付き合ってんじゃないのかよ」
「いや、それは……」
「プロポーズは明日の昼だ。その前に告れよ!」
「…………ダメだヨ。オレ、難民だカラ」
「だから何だよ。難民だって結婚はできるだろうが!」
「うン、出来る。でもオレの場合、いろいろ難しいシ、乃亜に迷惑を掛けるカラ……」
「それで良いのかよ……」
「良くないサ。良くないケド、仕方ないンだヨ……」
タケが帰ったあと、オレは部屋に籠った。覚悟はしていたけど、もう少し時間が欲しかった。
布団に潜り込んでも眠ることは出来ず、ただ悲しみに浸っていた。
スマホが鳴ったのは、午前二時頃。電話口からは久しぶりのヌオロ語。そしてオレは、自転車を飛ばして五キロ離れたドン・キホーテに向かった。
「ねえ、乃亜、小野田さんとお付き合いするの?」
「やだなあ。食事するだけだよ」
支度をしながら、努めて明るく答えた。
「お店のことなら、気にしなくても良いのよ?」
「ママ……」
「そりゃ、小野田さんの注文は大きいわ。でも、娘を犠牲にしてまで儲けようなんて思わない。そんなことしたら、亡くなったパパに叱られちゃうわ」
パパが亡くなってからは母一人子一人。私が大学を卒業するまではほとんど一人でこの店を守ってきたママ。今は私も終日働けるし、大口の注文も入るようになって、やっとママに少し楽させてあげられるようになった。だから、多少のことは笑って堪えなきゃ。
堅苦しいスーツは止めて、ガウチョパンツにゆったりしたニット。ショールを羽織り、ブーツを履いて店に出た。
心配顔のママにニッコリ笑って、
「じゃ、ちょっと行ってきます」
と軽く手を振って店を出たら、店の前には既に小野田さんが待っていた。
小野田さんは高級スーツ。あちゃ~、やっぱりスーツにすべきだったかなぁ。
「お待たせしました、行きましょうか」
「ええ。そうですね」
そう答えるものの、小野田さんはその場を動かず、なぜか周囲を行き交う人々に視線を送っていた。
あれ? いくら昼が近いにしても、人が多すぎない?
そう思った瞬間、一人の男性が突然ピタリと動きを止めた。続いて女性も停止。あっという間に数人が目の前で立像になってしまった。
そしてどこからか音楽が流れてくると、今度は立像たちが踊り出した。
やばい。これ、フラッシュモブとか云うやつだ——と気付いたが手遅れで、私は踊りの輪に取り囲まれていた。
そしてついに小野田さんが踊り出した。これって踊りが終わったら、プロポーズされちゃうんだよね。「お付き合い」を飛び越してプロポーズと云う強硬策に出たか。強引な人だからなあ。
悪い人ではないと思うよ。うちの店に発注もしてくれるしさ。
でも、何か計算づくな感じでさ。わざわざうちの前でフラッシュモブするのも、ママや町の人に見せつけて、断りにくくする意図に思えるし。
表の騒ぎに、ママも店から出て来て私の手を握った。苦労して私を育ててくれた手。
もうこのまま流されちゃっても良いかな。ママはああ言ったけど、注文切られたらやっぱり困るだろうし……。
頭の片隅にカミセセの顔が浮かんだ。いつも一緒に泣いたり笑ったりした顔。私は別にカミセセが難民だって構わなかったんだけどな。
「どうしよう……カミセセ……」
声にならない声で私は呟いた。
いよいよフィナーレ。
小野田さんが小箱を出して私の方にやってくる。あの箱が開けられたら終劇だ。
とそのとき、遠くから何やらやかましい音が近付いて来た。自転車のベルだ。
全員が音の方を見たが、そこには頭におもちゃの王冠、顔にお面を被って、
自転車は急ブレーキで私と小野田さんの間に止まり、カミセセは私を庇う形で小野田さんに向き合った。
「何だね、君は!」
「オレが何者かなんて関係ねェ! その箱をしまって大人しく帰ってもらおうカ」
「そうはいかないのだよ、カミセセ君」
あ、カミセセがビクッとした。
「君のことは調べさせてもらったよ。ヌオロの『元』王子、カミセセ君」
「ちっ、バレたカ」
そう言うと、カミセセはお面を取った。
「それで、カミセセ君。何のつもりだ?」
「お前に乃亜はやれねェ。こいつの夢は白馬の王子に迎えに来てもらうことなんだ」
あ、この野郎! 黒歴史を公衆の面前で! 後でぶっ飛ばす!
「って、ちょっと待って。この自転車真っ白だけど、まさか……」
そう、濃緑色のはずの自転車が何故か真っ白なのだ。
「白馬無いから塗っタ!」
私は思わず吹き出し、爆笑してしまった。白馬が無いから自転車を塗り直したの? こいつ馬鹿だわ。私の中学生時代の妄想を叶えるために自転車塗り直して……私なんかのために……私はカミセセのこと忘れようとしたのに……。笑ってるのに、何故か涙が溢れて止まらない。
カミセセが私の前で片膝をつき、手を出した。
「さあ、姫、私とともに参りましょう」
私はカミセセの手を恭しく取ると、自転車の荷台に横座りで腰を下ろした。
「の、乃亜さん!」
小野寺さんが焦って声を掛けてきた。
「言っちゃ悪いが身分も将来も不安定な難民に君を任せられません!」
言っちゃ悪いよ! カミセセは昔も今も一生懸命だよ! 難民で何が悪い!
「カミセセ君! 乃亜さんは僕と云う
あまりの言い様に文句を言おうした私を、カミセセが片手で制し、もう一方の手に持ったスマホを小野田さんに向かって見せつけた。
画面にはテレビのお昼のニュース。男性アナウンサーの声が聞こえてきた。
『ヌオロ共和国では王政復古令が発令され、ヌオロ共和国は再びヌオロ王国に戻ることになりました。国王は現在日本に亡命中であり——』
カミセセは、唖然としている小野田さんに向かって背筋を伸ばして見せた。
「ヌオロ王国『現』王太子のカミセセ・アディ・スコルティボ・ヌオロであル」
気のせいかカミセセに威厳が。小野田さんも気押されて、表情が引きつっている。
「今の雑言は不問に付すガ、今後は国際問題になることをお忘れなきよウ」
そう宣言すると、カミセセはひらりと自転車に跨った。
私はカミセセにしがみつくと、小野田さんに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい、小野田さん。私は赤い車にタルト何とかより白い自転車とかりんとうが合うみたいです。さあ王子様、参りましょう」
私の言葉を受けて、カミセセがペダルに力を込める。自転車は滑るように走り出したが、その際カミセセが小さな声で「重っ」と呟いたのを、私は聞き逃さなかった。やっぱり後でぶっ飛ばす&蹴っ飛ばす!
抑えきれない微笑みを浮かべながら、私は青空に誓ったのだった。
蕎麦屋の王子と花屋の姫の物語 杜右腕【と・うわん】 @to_uwan
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