蕎麦屋の王子と花屋の姫の物語
杜右腕【と・うわん】
前編
「
中学以来の友人のカミセセだ。
「おかめそばね」
「爺ちゃん、おかめ一丁~!」
カミセセが叫ぶと、奥から老店主が顔を出した。
「乃亜ちゃん、いらっしゃい。ちょっと待ってね」
セルフサービスの番茶を湯呑に注いで、適当な席に腰を下ろす。
私の家は商店街の隅で花屋を営んでいる。母と二人でやっているが、時々気晴らしに交代で食事に出るようにしていて、私はカミセセのうちであるこの蕎麦屋によく来る。
つゆまで飲み干した頃に、カミセセが皿に山盛りの何かを持ってきた。
「これ、食べてみテ」
皿の上の、黒くて細長いものを一本齧ってみると硬い中にもサクサクした食感があり、黒蜜の風味。
「これ、かりんとう?」
「そう! 余った蕎麦で作ったンだ。どう?」
「うん、こりゃ美味しいわ」
私はお茶を淹れ直し、ついでにカミセセの分のお茶も淹れてやって、かりんとうを食べた。
「評判良かったら売り出そうかと思ってるンダ」
「おお、そりゃ良いわ。長佳庵の新しい名物になるよ、きっと」
そう言いながら、摘まむ手が止まらない。
「このサクサク感と優しい甘みが癖になって止まらないわ。太ったらあんたのせいだからね」
冗談めかして睨んだ私の頭を、カミセセがポンポンと叩いた。
「だいじょーブ、乃亜は初めて会った頃から全然変わってないヨ」
「何だとー!」
二人の出会いは中学二年生。
御年二十三歳のレディに向かって、中二の頃から全然変わってないとは失礼な! まあ確かにあんたは、あの頃よりずいぶん背が伸びたよ。
六月にカミセセが転校してきて、同じクラスになった。クラス委員で、同じ商店街に家がある私が、何となく世話係のようになった。高校受験も、
「乃亜と同じ学校に行きたイ!」
という本人の意向を周囲が尊重したおかげで、私が家庭教師として抜擢されてしまった。そんなこんなで今日に至るまで腐れ縁が続いている。
南半球にある小国ヌオロがカミセセの故郷なんだけど、ああ見えて王子様だったらしい。岡持ち片手に業務用の濃緑色の自転車で町を駆け抜ける姿からはとてもそう見えないけど。
何でもクーデターで国が共和制になったために日本に亡命して来たとか。
そして、以前日本語教師をしていた長佳庵の女将さんが国王夫妻に日本語を教えた縁から、亡命後にここに身を寄せたのがきっかけらしい。その元国王夫妻は何やら忙しいとかで、最近見掛けない。残っているのは、このすっとぼけた出前持ちだけだ。
「あのさ、あんた本当に王子? その格好で王子様とか信じられないんだけど」
「一応王子だヨ! 元だけどネ! そりゃ確かに、サラサラ金髪に青い目で白馬に乗って愛する姫をさらいに来るプリンス・アンドリューじゃないけどサ」
「こらこら、人の黒歴史をサラリとばらすのはどこのどいつかな~!?」
そう言ってカミセセのほっぺたをつねる。
「痛い痛い、誰も乃亜が描いたマンガの話とは言ってないジャン」
「今、言った!」
チクショー。中三の冬休みに、私の部屋で追い込み補習をしたのは一生の不覚だったぜ。
「あ、そうダ」
「何!」
何か思い出して手を打つカミセセを、私はやさぐれた視線で睨む。
「さっき出前に行ったとき、中村のお婆ちゃンが仏花が欲しいって言ってたヨ」
「そう云うことは早く言え! じゃあ、行ってくるわ」
そう言って、私は中村さん家に向かった。
その後、私は中村さんの家でお茶にお呼ばれすることになった。
この地域も独居老人が多く、商店街ではそういった方々の安否確認を兼ねて、出来るだけ直接訪問するようにしているが、こうやってお茶に誘ってくれる方も多い。そしてうちの花屋は暇なことでは定評がある。結局、中村さんのおしゃべりに付き合うことになった。
「乃亜ちゃん、良い人いないの?」
「やだなあ、まだ早いよ~」
「そうなの? でも酒屋の大将が、隣町でハンサムな男の人と食事してるのを見たって」
「あちゃ~、見られたか~」
その人は小野田さんと云って、テーブルコーディネート等をしている会社の代表。学生時代にそこでバイトした縁で、今でも時々花の注文を出してくれる。だもんで、誘われると断りづらくて、もう何度か食事に行っているけど、正直、楽しくはないんだよね。半分払うって言っても絶対受け取らないし、気が重くて料理が楽しめない。申し訳ないけど、カミセセと割り勘のマックの方がずっと美味しい気がする。
それに、最近は「正式な交際を」とか言い出すし。私なんかのどこが気に入ったのやら。
「あ、もうこんな時間!」
慌ててママチャリを飛ばして家に帰ると、店先に真っ赤なオープンカー。今、一番会いたくない人がいた。
「やあ、乃亜さん。ちょうど良かった。お食事の件ですが」
やっぱりそう来たか。うやむやにしてたんだけど、さすがに今回は無理か。
結局、明後日のランチを約束させられてしまった。
何故か今回はこの近所のレストランらしい。また知り合いに見られるんじゃないかと云う不安はあるけど、高級レストランよりは良いか。パッと食べてパッと解散! うん、そうしよう。
私が承知すると、
「11時に迎えに来ます」
と言い残して、小野田さんは颯爽と車で走り去っていった。
あ、そうだ。後でカミセセに伝えておこう。
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