39話:ヴァチカンの【聖女】

「はじめまして。この度イタリアから転校してきました、エレナ・フランシスと申します。みなさん、よろしくお願いいたします」


 艶やかな、腰まで伸ばされたプラチナブロンドの髪が、日の光を反射して輝く。

 透き通るようなスカイブルーの瞳は、どこまでも遠くを見通しているようで、吸い込まれそうなほど綺麗だった。


 美少女のイタリア美少女が転校してきたということで、クラスの男子のみならず、女子までもが騒いでいる。

 俺は彼女、エレナ・フランシスを見て、彩華が言っていたことを思い出した。


 安倍家とヴァチカンは深い関わり合いがあり、それは二百年近く続いているという。

 そしてエレナ・フランシスはヴァチカンの『聖女』と呼ばれる存在であった。


「聖女、ね……」


 小さく呟かれた言葉は誰にも聞かれることはなかった。

 嫌な予感がしてならない。


「エレナさんの席は、一番後ろにあるから、そこに座って」

「わかりました」


 先生の指示で座った場所は、俺の隣で合った。

 よりによって俺の隣かよ……


 隣の席に座った彼女と目が合い、微笑まれた。


「エレナ・フランシスです。よろしくお願いしますね」

「朝桐勇夜だ。よろしく、フランシスさん」

「エレナでいいですよ。勇夜さん」


 あまり厄介ごとに関わりたくないが、俺の勘が何かあると告げている。


「朝桐、フランシスさんが分からないところあれば教えてあげてね」

「え? 俺が?」

「そうよ。お隣としてね。それに日本語が不自由なところがあるかもしれないから」

 英語の成績が優秀だから言っているのだろう。

 俺には異世界から戻ってきたときの、言語理解が地球でも使える。

 故に俺にとっては言語の壁など無いに等しい。


「……はい」


 俺は渋々と引き受けることにした。

 男子から羨ましそうな視線が俺に向けられるが、勘弁してほしい。

 授業が始まり、進められていく。

 一限は英語ということもあり、エレナが指されるが、流暢な英語で答える。


「け、結構。では次の答えを――朝桐」


 俺を指すな、俺を。

 英語の教師が笑みを浮かべた。

 俺とエレナを比べる気か?

 毎回毎回あの教師は俺を指してくるのだ。

 俺は席を立ち、エレナ同様に流暢に英語を話す。


「け、結構だ」


 引き攣った表情の教師をそのままに、俺は席に着いた。

 そこで隣の視線に気付いた俺は顔をそちらに向けた。


「どうした? 英語の授業で分からないところはないと思うが……」

「いえ。高校生なのに、流暢な英語を話すと思いましてね」

「暇なときに覚えたんだよ。今はネットとかあるからな。エレナも日本が流暢じゃないか?」

「ありがとうございます。私は祖母が日本人で、覚えたのです」

「なるほどな」


 そこから英語の授業では指されることはなく、エレナと雑談に興じた。

 次の授業は体育となり、男女で別れることになった。

 エレナが彩華のところに行き、何かを話している。

 彩華の表情から察するに、あまり良い会話ではないようだ。


 体育では男子がサッカー、女子はテニスとなっていた。

 俺の身体能力では、加減を間違えればボールが狂気になり得る。

 なので、俺はゴールキーパーに徹することにした。


 試合が始まって程なくして、俺の前にボールを持った相手がやってきた。


「――朝桐、死ねぇ!」

「これスポーツだよなぁ⁉」


 サッカー部のシュートが俺の顔面へと迫る。

 相手も「よしっ! 取った!」とガッツポーズをしている。

 だが俺は異世界で勇者をやっていたのだ。この程度の攻撃、大したことはない。

 俺がボールを両手でキャッチすると、シュートを放った相手が驚きの表情をしていた。


「サッカー部が聞いて呆れる。この程度か?」

「ぐぬぬっ! 討ち取ったと思ったが、帰宅部のくせにやるじゃないか」

「おい、聞き間違いか? 今討ち取ったって……」


 サッカーのくせに、何故か殺伐としているのは気のせいか。

 俺は一番前を走る、味方のサッカー部の下へとボールを投げ飛ばした。


「なっ⁉ どんな肩をしてるんだよ!」

「肩の強さには自信がある」

「くっ! 早く守りを固めるんだ!」


 そこから相手の殺意の籠ったシュートを、俺は一度もゴールへと通すことはなかった。

 結果、7対0で俺たちが勝利した。

 体育が終わり、相手の愚痴を聞きながら教室に戻ると、女子たちがエレナを囲んでいた。


「エレナさん、テニスをされていたの⁉」

「凄いよ! 安倍さんとすごくいい勝負してたし!」


 俺は安倍さんのところに行って尋ねると。


「いい勝負でした。やはり侮れませんね」

「なるほど。聖女の名は伊達じゃないということか」

「でも私が勝ちましたけどね」

「そうかい。ほどほどにな」


 そんなこんなで昼食となるのだった。

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