23話:山頂の古びた神社で③

 俺の問に、カエデは答えるか迷っているようだった。

 カエデの護衛だろう妖たちは、答えなくていいと進言している。

 カエデを含めた妖たちは話し合う。

 少しして答えが出たようで、カエデは俺の顔を見る。


「すべてをお話ししましょう。少し場所を移しましょう」


 後をついていき、桜の木の下へとやってきた。

 山頂から見る景色は昼とは違い、月明かりが山々を照らしていた。


「事の発端は、数百年前です」


 カエデは語りだした。

 それは俺が祖父から聞いた言い伝えとほとんど大差はなかった。


「ただ、この社は私たち一族が管理を続けてきました」

「管理というのは、封印のことでいいんだな?」

「はい。ですが現在、この祠の封印が弱まりつつあります」

「また、災いが降り注ぐと?」


 コクリと頷いた。


「その災いなのですが、実は……数多の妖がこの地一帯に封印されているのです。封印から解き放たれてしまえば、多くの妖、人間が死ぬことになります」


 俺は心の中で「面倒くさい」と思ってしまった。

 祠の封印には綻びが生じていて、再度封印をしなければならないと。


「多くの妖が死ぬ?」


 つまりは近くに妖たちが暮らしているということか?


「もしかして、お前たちの集落か里が近くにあるのか?」


 答えるか迷っていたカエデだが、少しして「その通りです」と答えた。


「里には数百もの妖が住んでおります。それらをまとめているのが、私の姉で、巫女です」


 巫女という言葉に俺は反応し、つい聞いてしまった。


「もしかして、見た目の年齢はあまり俺と変わらないか?」

「え? はい。そうですけど?」

「これに見覚えは?」


 そこで俺は昨日、祖父から貰った証を取り出して見せた。

 すると、カエデのみならず、他の妖たちまで驚いた表情をしていた。


「こ、これは我が一族の家紋です! どうしてあなたが⁉」

「実は――」


 俺は祖父が助けた狐のことや、俺が幼少期に助けられたことなどを話した。


「そうでしたか。私は母から聞いたことがあります。怪我を負った際、人間に助けられ治療してくれたと。その時のお礼にお守りとその証を渡したと」

「なら俺を助けてくれた巫女はもしかして……」

「はい。恐らく私の姉でしょう。熊に襲われている人間を助けたと言っていたことがありました」

「そうだったか……」


 俺は大きな溜息を吐いて、夜空を仰いだ。

 そしてカエデを見た。


「里に案内してもらえるか?」

「それは無理だ!」


 答えたのはカエデではなく、護衛だった。

 カエデが手で制し、理由を訪ねてきた。


「勇夜さん、お聞きしても?」

「俺は君の姉に大きな借りがある。それを返そう」

「なるほど。そうきましたか……」


 考えているカエデに、俺は言葉を続ける。


「カエデがここに来たのは封印の綻びを、あとどれだけ保つかを確認するため。できそうなら封印の強化といったところだろう。この情報を持ち帰って、今後の対応を考えようとしていた。違うか?」

「……その通りです。アレを見た限り、封印の強化はできそうにありません。恐らく数日もしないうちに封印が解かれるでしょう」


 カエデの言っていることが真実なら、俺にも関係があることになる。


「それが事実なら、俺はお前たちに協力しよう。このままでは祖父母や住民にも被害があるんだ。他人事ではないだろう」

「その通りですね。ですが、里にはお連れできません。理由ですが、現在、里にはこの封印を解こうと企む連中がいるのです」

「なんともまあ、面倒くさいことで」

「全くです。勇夜さん。里は危険ですが、本当にいいのですか?」

「構わないよ。それに、カエデのお姉さんに、しっかりとお礼がしたいからね」


 カエデは俺を里に連れていくことを了承してくれた。

 だが、そうではない連中もいる。


「カエデ様! 人間を我らの里に連れて行くというのですか⁉ さすがに勝手すぎるのでは?」

「そうです。もう一度お考え下さい!」


 護衛の言葉に、カエデは首を横に振った。


「私の意見は変わりません。それに一族の証を持っているのです。悪い人間ではありません」

「そう、ですか。仕方がありません。少し計画が狂ってしまいますが、カエデ様にはここで、そのこの人間ともども死んでいただきましょう!」


 護衛全員が一斉に武器を構えた。


「まさか、あなたたちは……!」

「そうですよ。その祠の封印を解こうとしているのは、我らですよ」


 黒い笑みを浮かべる護衛たちを見て、カエデは一歩後ずさる。


「どうしてそんな真似を!」

「それが我らの悲願ですからね!」


 カエデは自身へと振り下ろされる刀を見て、目を瞑った。

 目の前で殺されそうな少女を見捨てるほど、俺は腑抜けてはいない。


「俺の存在、忘れてないよな?」

「――なっ⁉」


 俺はカエデへと振り下ろされた刀を、木刀で受け止めていた。

 そんな俺を見て、カエデは驚いたような顔をしていたのだった。


「そんなに驚いてどうした?」


 俺は驚いているカエデに声をかけた。


「どうして、どうして私を助けたのですか……?」

「どうして? そんなの簡単だ。カエデが俺の恩人の妹だからだよ」


 呆けた顔を向けるカエデ。


「それだけで……?」

「俺にとっては助けるには十分すぎる理由だよ。少しだけ待ってろ。すぐに片付ける」

「ナメられたものだ。これでも里では妖術の使い手としては一流なんだ! 放て!」


 様々な妖術が一斉に俺へと放たれた。

 迫る妖術を前に、カエデは思わず叫んだ。


「逃げてください!」


 爆炎が周囲を染め、粉塵を巻き上げる。

 カエデは地面に膝を突く。


「次はカエデ様の番だ。ここで死んでもらおう」

「あっ……」


 顔色が青くなるカエデ。

 俺は思う。どうして俺がこの程度の妖術で死んだと思われているのだろうか、と。

 こちとら異世界で勇者をやっていたのだ。

 この程度の妖術、魔王やその幹部が放ってくる魔法に比べたら雑魚もいいところ。

 使い手としては下の中ってところだろう。


「だから俺のこと忘れてないか?」

「「「――なっ⁉」」」

「どうして生きている⁉」

「まるで死んだ者が生き返ったような目で見るなよ。失礼だろ」

「勇夜さん! 生きていたんですか⁉」

「カエデもかよ……」


 どうやら俺のことを甘く見ているらしい。


「や、やれ!」


 次々と放たれる妖術を、俺は木刀だけで斬っていく。

 その光景を信じられないとでも言いたげな表情で見ているが、少し眠ってもらおう。

 一気に加速した俺は十秒しないで捻じ伏せ、気絶させた。

 木刀を収納し、カエデに向き直る。


「大丈夫。殺してはいない。情報源として使えるからな」

「……え? あ、はい。ありがとうございます」


 俺は護衛だった者たちを縛り上げ、カエデへと向き直る。


「案内してくれるよな?」

「もちろんです」


 俺は元護衛を引きずりながら、カエデの後をついて森を移動する。

 少し移動すると、小さなお地蔵様が立っていた。


「ここが里の入り口です」

「何にもないように見えるが、確かに魔力を感じるな」

「魔力?」

「ん? ああ、妖力のことだ。色々あって、俺は妖力のことを魔力と呼んでいるんだ」

「そうでしたか。話を戻しましょう。これは妖術が使われており、里へと繋ぐ道を開くんです」


 そう説明したカエデが手をかざすと、お地蔵様近くの空間が揺らめき、穴が開く。


「では行きましょうか」


 カエデに続き、俺も入るのだった。

 


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