19話:幼き日の記憶

 母方の実家へとやってきたその晩、俺は小さい頃の夢を見た。

 まだ俺が小学生の時、こっちに来た時の夢だ。


 周りに友達がいない俺は、一人裏の山で遊ぶことが多かった。

 暗くなり始め、帰ろうとしたところで熊に遭遇した。

 小学生の俺が熊に勝てるはずもなく、その場から逃げようとした。

 だが、足元の木の枝を踏んだことで見つかってしまった。

 熊は視力が悪いと聞いていたが、聴覚と嗅覚は鋭いと聞かされていた。

 だから祖父に言われた通り、動かないでジッとしていたが、緊張のあまり、足元の枝を踏んだことでバレてしまった。

 よく見れば近くにはフンが落ちており、この辺り一帯がこの熊の縄張りだと気付いた。


 あろうことか、俺は恐怖のあまり熊に背を向けて逃げ出した。

 当然追ってくる熊。程なくして、俺は逃げている時に木の枝に躓いてしまい、盛大に転んでしまった。

 足を怪我して動けずにいる俺の前に、ゆっくりと警戒しながら歩み寄る熊の姿。

 その時に、俺の背後から声が聞こえたのだ。


「まさかこんなところに人間がいるとは」


 熊よりも俺に驚いた感じだった。

 だが俺は振り返った。そこには巫女装束をした狐の耳を生やした同じ年くらいの少女が、そこに立っていたのだ。

 その子は熊に告げた。


「人の子を襲ってはなりません。早く住処に帰りなさい」


 少しして熊は逃げるようにして俺の前から姿を消した。

 少女が俺を見る。


「大丈夫ですか?」

「えっと、そのキミは?」

「私は■■■。巫女です。この通り、人間ではありません。動けますか?」

「うん」

「では近くまで見送ります」


 彼女に近くまで見送ってもらった俺に、別れ際に告げた。


「もうここには入ってはなりませんよ。いいですか?」

「でも、ここは僕の遊び場なんだ」

「それでもです。私のような、人を助ける妖ばかりではありません。害をなす者までいます。これは約束です。いいですね?」

「……妖? わかった」


 その時の俺はよく分からなかったが、約束した。

 それから両親や祖父母に心配され、先ほどの出来事をつてたのだが、祖父母はどこか納得したような顔をしていた。

 両親からキツく叱られ、それから一人で山に行くことは無くなった。


 目が覚めた。

 外を見るとまだ、日が見え始めたことで薄暗かった。

 居間に向かうと電気が付いており、祖父母がお茶を飲んでいた。


「おはよう」


 俺が声をかけると、少し驚いたような顔をしていた。


「早いじゃないか」

「昨夜はよく寝れたの?」

「昨日はよく寝れたよ。ありがとう」


 田舎の朝は寒いが、耐性のある俺には関係ない。

 だが、コタツというのは素晴らしいモノなのだ。

 俺は二人に促されるまま入ると、祖母がお茶を注いでくれた。


「ありがとう」


 ズズズッとお茶を啜る。

 濃いお茶の味が、寝起きの体に染み渡る。


「そうだ。昨夜、夢を見たんだよ」

「夢か」

「うん。小学生の時、こっちに来た時の」

「ほう。また懐かしい夢を見るものだな」

「そうね〜」


 二人は懐かしそうに聞いていた。


「それで、裏山に行った時のこと、覚えてる?」


 俺の言葉に二人の顔に動揺が走ったのを感覚的に掴んだ。

 俺の言葉に、二人は頷いて、祖父が答えた。


「なんでも熊に襲われそうになったとか言っていたな」

「そう。その時の夢を見たんだ。それで、俺が巫女に助けられたって言っていたよね?」

「そうか?」

「うん。狐耳を生やした巫女に。あの時、何か知っていそうな顔をしてたけど、何か知らない? 噂でもいいし、不思議なことを体験したことでもいい。じいちゃんにばあちゃん、頼む。夢に見たのも偶然じゃない気がするんだ」


 俺の言葉に二人は顔を見合わせた。

 そして神妙な面持ちとなり、祖父の伊助が口を開いた。


「記憶も薄れてしまったが、あの時の出来事は覚えている。アレはまだ、ワシが十七歳の頃だった」


 祖父は語り出した。


 出会ったばかりの祖母と一緒に、山菜を取りに山に行った時だ。

 突然周囲の木々が激しく揺れ出した。

 何かが飛び回るような音が聞こえ、次に何かが苦しむような声が消えた後、何かが地面に落ちた。

 そして、落ちてきたのは傷だらけの狐だった。


 どうしてと思いながらも、二人はその狐を手当てすることにした。

 その時、声が聞こえたのだ。


「まだその時ではないようだ」


 何のことを言っているか理解できなかったが、二人だが、応急処置を済ませ、一度連れて帰ることにした。

 数日の看病をされた狐は元気になり、伊助が寝ている間に消えていた。

 その時に巫女装束の若い女性が夢に出てきた。

 彼女は伊助にこう伝えた。


「看病、ありがとうございました。この御恩は生涯忘れることはありません」


 夢で巫女の衣装を着た女性にそう言われ、起きた伊助の枕元にお守りが置かれていた。

 これは祖母も同じようだが、お守りは伊助だけのようだった。


「以来、ワシはこのお守りを大事にしている」


 祖父は首から下げていたお守りを俺に見せてくれた。

 ボロボロのお守りを手に取りよく見ると、ほのかに魔力が感じられた。


「中を見たことは?」

「ワシがそのような真似をすると思うか?」

「ははっ、じいちゃんはそんなことしないからな」


 俺はスキルの鑑定を発動させると、そこには『守護のお守り』と表示された。

 効果は所有者を害ある者から守るというものだった。

 俺は祖父にお守りを返すのだが。


「いや、それはお前が持っていろ。ワシはそのお守りを持っている間、幸いと健康で事故もなかったからだ」

「そうね。勇夜が持っていたほうがいいかもしれないわね。私たちはもう歳だから」


 そんなことはないと思う。

 これはじいちゃんにとって大切な物だ。俺が貰うわけにはいかない。


「返すよ。これはじいちゃんが持っていたほうが良い気がするんだ。夢の女性もそれを望んでいるはずだよ」

「う~む。ならこれを譲ろう」


 引き出しからとある物を取り出した。

 それは小さな木彫りに、首にかけることができる物だった。

 木彫りをよく見ると、中央になに家紋のようなマークが彫られていた。


「じいちゃん、これは?」

「それはこのお守りと一緒に枕元に置いてあったモノだ」


 俺はその木彫りに鑑定を使う。

 表示されたのは『一族の証』という物だった。魔法的な効果はなく、説明も何もなかった。


「いいの? これはじいちゃんにとって大事なモノじゃないの?」

「そうだが、ワシにはこれがある。死んだら勇夜に譲るつもりだった」

「……わかったよ。ならこれは俺が持ってるよ」


 それから俺とじいちゃん、ばあちゃんの三人で、陽菜とアウラが起きてくるまで、向こうでの生活とか話したりとするのだった。

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