17話:記憶にないです

 安倍彩華に頼まれて九尾を倒して数日後。

 俺は学園の男子たちから睨まれていた。

 理由は一つ。


「勇夜くん、おはようございます」


 柔き笑みを浮かべ、俺に挨拶をしてくるのは、安倍彩華。


「お、おはよう。安倍さ――彩華」

「はい。今日は気持ちがいいですね」

「そうだね。この視線さえなければ……」


 彩華は俺の言葉に、クスッと笑う。

 こうして良く笑うようになったのも、あの一件で自分が死なずに済んだことによるもの。

 あの後、彩華から俺が去った後のことを聞いた。


 九尾は復活したばかりで弱く、起きてきた父である清玄と一緒に倒したことになっていた。

 政府からは感謝され、二人は英雄みたいに扱われているとのこと。

 前にメッセージで「少し面倒臭いです」と苦言を溢していた。


「朝桐、どうやって安倍さんを脅した!」

「弱みを握っているとか、最低……」


 昼休みになり、いつもの場所にいくと彩華が先に来て弁当を食べていた。


「今日も散々だ」

「いいじゃないですか。楽しそうで」


 彼女はふふっと笑う。


「俺は泣きたいけどな」

「ふふっ。そうだ。来週から連休ですけど、お父様が是非ウチに来いと」

「安倍家に?」

「なんでも異世界の術、魔法について聞きたいそうですよ?」


 多分だが、俺の予想だと魔法は使えないと考えている。

 それは異世界に行ってないから、魔力回廊が作られていない。

 前に召喚された時、説明で聞いた気がする。

 魔法が使えるのは、魔力回廊と呼ばれるのが作られたからだと聞いた……気がする。


「実は私も気になっていて……」


 俺は彩華に謝る。


「ごめん。多分、この世界の人には向こう世界の魔法は使えないと思う」

「そうなんですか?」

「魔法使うには、魔力回廊と呼ばれるのが必要になるんだが、この世界の人にはそれが無いんだ。だから魔法は使えないと思う」

「そうでしたか……でも、魔法について話してもらっても?」

「それくらいならいいよって言いたいとろなんだが、悪い。連休は母方の実家に行こうかなと考えていたんだ。アウラに田舎の素晴らしさを教えたくてな。機会があればまた今度行かせてもらうよ」

「わかりました。父にはそう伝えておきます」

「助かるよ。また今度誘って欲しい。俺も陰陽術というのが気になっていてな」


 俺がそう言うと、彩華は「いくらでも教えます」と笑った。

 それから他愛もない雑談をして、その日は終わった。

 帰った俺は母方の実家へとそっちに行くと電話をすると、喜んでくれた。


「お兄ちゃん、おばあちゃんのところに行くの久しぶりだね!」

「だな〜、小学生以来か?」

「そのくらいかな? でもどうして急に?」


 俺はアウラに田舎の素晴らしさを伝えたいと言うと、うんうんと同意していた。

 どうやら陽菜も同じようだ。


「二人とも、そんなに田舎というのは良いのか?」

「「最高に決まってる!」」


 俺と陽菜は口を合わせてそう言った。

 俺はアウラに田舎とはどれだけ素晴らしいのかを熱弁した。


「自然が豊かで空気が澄んでいる。街中の空気とは違い、美味しいと思える」

「空気って美味いの?」

「なんて言えばいいんだろうな。綺麗な空気ってことだ」

「ふむふむ」

「他にも、生き物が多い。鹿に猪、狐とか沢山いるぞ。野生のウサギだっている」

「ウサギ!?」


 ウサギという言葉を聞き、アウラはより一層目をキラキラと輝かせた。


「俺も小さい頃にウサギを捕まえようとしていたがな」

「勇夜にもそんな時期があったのね」


 その時を思い出したのか、陽菜が笑いながら口を開いた。


「お兄ちゃん、帰ってきたと思ったらすごいボロボロで泣いていたんだよ?」

「俺、その時の記憶がないような……ウサギを捕まえようとしたのは憶えているんだけど」

「本当に忘れたの? お兄ちゃん、なんでも狐耳を生やした巫女服を着た女の子に助けられたって言っていたんだよ?」


 は? 狐耳の巫女だと?

 どうして大事なことを覚えてないんだ! 忘れいた俺をぶん殴ってやりたい!


 昔の俺なら「幻覚だったんだろ」と言えるのだが、異世界に召喚され、さらには陰陽師がいるのだ。否定はできない。


「はぁ、幻覚だろ。何を見たんだか……」

「ふふっ。でもお兄ちゃんにアウラちゃん、楽しみだね!」

「そうだな」

「そうね。陽菜の言う通り、とても楽しみだわ」


 俺たちは連休に備え、準備をするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る