14話:ヒーローは遅れてやって来る

 ◇ ◇ ◇



 安倍彩華は現在、安倍家が代々封印を施してきた山へとやってきていた。

 この山はかつて京の都を火の海へと変えた妖怪、九尾が封印されていた。


「彩華、本当にすまない……」

「お父様、気にしないでください。これが私に課された役目ですから。それに……」

「何か言ったか?」

「いえ。なんでもありません。私は大丈夫ですよ」


 彩華の言葉に、父である清玄せいげんは涙を浮かべる。

 最愛の娘が生贄に選ばれたのだから、悲しまない父はいないだろう。

 刻々と、儀式の時間が迫る。


 目の前には木の杭が突き刺さっており、札の張られたしめ縄で囲われていた。

 千年も経過しているのにも関わらず、地面に突き刺さった木の杭は新しく見える。


 だが、周りにいる彩華含めて、陰陽師たちの顔色は優れない。

 その理由は杭だ。

 杭から瘴気にも似た濃い妖力が、僅かに漏れ出しているからである。

 安倍家に連なる術者たちの表情は暗い。


「一週間前はこんなにも妖力が漏れ出ていなかったのに……やっぱり封印が弱まって……」

「ああ。だが今一番の妖力を持っていたのが彩華様とはな」

「生贄か……なんて酷い」

「そうでもしないと九尾の再封印は不可能だ。九尾が解き放たれたら今度は京ではなく、関東が火の海になる……」

「……俺たちも準備に取り掛かろう」

「だな」


 男達は準備に取り掛かった。

 少しして彩華は巫女服を着て、儀式が行われる木の杭が刺さった場所へと赴いていた。

ピキッと木の杭に小さな亀裂が入った。


「なっ!? 亀裂が! 早く儀式を!」


 亀裂を見て誰かがそう叫んだ。

 直ちに周囲を囲み、巫女服の彩華が囲いの中へと入った。

 その瞬間、一気に妖力が溢れ出した。


「なん、で……!?」


 彩華は溢れ出た妖力を前に、後退ってしまう。

 そして、杭に生じた亀裂が、ゆっくりした速度で徐々に広がっていく。


「杭が破壊される前に早く結界の再構築を!」

「できません! 漏れ出る妖力で乱れて結界が張れません!」

「何っ! 儀式は出来ないのか!?」


 清玄が声を荒げ、娘である彩華を見て叫ぶ。


「彩華、早くそこから出るんだ!」

「お父様! それでは儀式が!」

「もう間に合わない! 時機に封印が破られる!」


 つまりは封印されている妖怪、九尾が復活すると言うことだった。

 彩華も父である清玄の言葉に同意し、囲いの中からの脱出を試みるのだが……。

 聞こえたのだ。声が。

 それも杭が刺さっている場所から。


『逃げられると思っているのか?』

「――なっ、声が!?」


 ビキビキッと広がった亀裂から青紫の炎が吹き上がり、一瞬で炭化して崩れ去った。

 囲っていたしめ縄が地面に落ちた。


 杭が消えた場所を見つめると面々。

 そこから膨大な妖力が吹き上がり、上空へと何かが飛び上がった。


『――久しぶりの外界。何ともいい空気です』


 それを見た彩華が口を開いた。


「き、九尾……」


 そこには一匹の大きな白い狐が浮かんでおり、九本の尾が咲いた。

 一瞬の静寂。

 そして、九尾の視線が彩華へと向けられた。


『この気配、晴明ですね? ふむ。ですが性別が違うようですね』

「わ、私は安倍彩華。安倍晴明の子孫です」

『なるほど。道理で妖力が弱いわけですね』


 彩華から視線を外した九尾は、周囲を見渡す。

 自身を囲む面々をみて面白くなさそうに鼻を鳴らした。


『またこの私を封印しようとしているのですか。身の程知らずが……』


 九尾の尾の先に火球が生まれる。


「早く、封印を――」

『邪魔です』


 放たれた九つの火球が着弾し、爆発する。

 悲鳴が聞こえ、十人ほどの陰陽師たちが地面に転がった。


「なっ!? 復活したばかりなのに何故、これほどの力を!」


 清玄が驚いた声を上げた。

 清玄の驚きの声に、九尾の笑い声が聞こえる。


『霊脈の力、と言えばわかりますよね?』

「クソッ! どうして私の代で九尾が……」

『消えなさい』

「――させません!」


 彩華が清玄の前に躍り出る。

 彩華だけではない。残りの面々も立ち塞がり、守ろうと術を発動しようとしていた。

 だが九尾からしてみればこの程度数ではなかった。


『そこの小娘以外は邪魔です』


 九尾が尻尾を振るうと風圧が発生し、面々を吹き飛ばした。


「お父様!」


 気絶しているのか、反応はない。

 彩華はキッと九尾を睨みつけた。


「消えなさい!」


 二匹の式神が九尾を襲う。


『その程度の式神で私に傷も与えられませんよ?』


 ふぅーっと息を吐くと、現れた二匹の式神が燃やされた。


「なっ!? 一瞬で……」

『あなたは殺しませんよ。晴明から受けたこの屈辱、あなたをゆっくりと嬲り殺してあげます』


 九尾から溢れ出るよう妖力に、彩華の膝が恐怖で震える。

 ゆっくりと近づく九尾の口元が嗤う。


「助けて、朝桐くん……!」

「すまん、待たせた」

「待たせたわね!」


 ゆっくりと目を開いた彩華が見たのは、朝桐勇夜と、腰に両手を当てて笑みを浮かべるアウラの姿だった。

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