1話:帰還した勇者と魔王の娘

 目が覚め、慌ててアウローラを見つけようとするが、隣で静かに寝息を立てていた。

 安堵するのと同時に、俺はここがどこなのか周囲を見渡す。

 見渡すと、どうやら俺が通う高校の屋上に飛ばされたようだった。

 服を確認すると、制服を着ていた。

 慌ててスマホを取り出して容姿を確認すると若返っており、ついでに召喚された時の時間だった。


 三年経っていたら、俺が返ってきたことで騒がれるだろう。

 だから召喚された時と同じ日付、時間に戻ってきていて嬉しい。


 ふと空を見上げると、茜色に染まっていた。

 時刻を確認すると午後16時半。

 屋上から見下ろすと、下校している生徒を見かけた。


「まずはどうしようか……」


 隣ではアウローラがまだ寝息を立てており、起きる気配がない。

 俺は女神様の言葉を思い出し、ステータスを開いて確認する。

 目の前には半透明の画面が映し出され、俺は唖然とする。

それはレベルがマックスだったからだ。


「俺、この世界で無双できそう……」


 するつもりはない。

 ついでに現金を確認するが……


「桁が見たこともない数字になってる……」


 事実、俺は一生遊んで暮らせる金を持っていたのだ。

 豪遊しても問題ないだろうくらいには。

 魔法とかは後で確認するとして、先ずはアウローラのことをなんて説明すればいいのか。

 一頻り悩んだ俺が出した答え。それは……


「俺の最愛の彼女ってことに「しないわよ!」――ゴフッ!?」


 突然の右フックが俺の右頬に直撃する。

 そのままズザーと転がり、殴った人物、アウローラを見た。


「イテテ、目が覚めたのか」


 アウローラは俺を警戒している。


「勇者、お父さんの仇!」


 アウローラが詠唱を始めた。

 俺は展開される魔法陣を見て、慌てて止めさせる。


「待て待て! 魔法は止めろ! ここはアーカディアじゃない、俺の世界・・・・、地球だ!」

「……地球?」


 周囲を見渡すアウローラはやっと気づいたようだった。

 ここは自分が知っている世界ではないことに。


「アレ、ここは?」

「地球と呼ばれる世界だ。この世界では魔法は存在しない。あるのは化学と呼ばれるもの」


 それから地球がどういった星なのかを説明する。

 しばらくして理解し、落ち着きを取り戻したアウローラは俺を見た。


「どうして?」


 アウローラのその質問には、今までの経緯全てが詰め込まれた「どうして?」だった。

 俺は彼女の目を見ながら答えた。


「キミをここに連れて帰って来たのは魔王の願いだ。敵であろうと、約束は必ず守る。それに向こう、アーカディアにいては、魔王の娘であるアウローラが見つかれば、捕まり、殺されてしまう」

「殺されたりなんかしないわ!」

「するだろうな」

「どうしてそう言い切れるの!」

「アウローラ、キミが魔王になってしまえば、それは世界の敵だ。また勇者が召喚され、討伐されるのがオチだ」

「そんなのやってみないと分からない!」

「分かるんだよ。いや、知ったと言った方が正しいか」


 俺の意味深な言葉に、アウローラは首をかしげる。


「どういうこと?」

「帰還する前、女神様に会った」


 女神様に会ったと言う俺に、驚きの表情をするアウローラだが俺は続ける。


「そこで聞いた。共存は出来ないのかと。答えは単純。神の力を持ってしても、世界のシステム、『魔王は世界の敵』という概念を変えることは不可能だと。魔王が存在すれば世界が崩壊するともね」


 力なく膝を突くアウローラが俯いた。

 ポツリポツリと、アウローラの涙で地面が濡れる。


「なんで、そんなの理不尽だよ……お父さんは魔族のために……」


 俺から彼女にかける言葉はない。仇である俺に言われても、それはただ相手の感情を逆撫でするだけ。

 故に俺は黙った。


「私はこれからどうすれば……」


 呟かれる言葉。


「魔王はアウローラに幸せに生きてほしいんじゃないのか?」

「そんなことない!」

「いいや、そうだよ。アウローラだって聞いたはずだ。俺の世界に連れて行ってほしい、という魔王の言葉を。魔王としてじゃない。一人の父としての言葉だ。それに俺は何があってもキミを守り抜くと誓った」

「そんなの必要ない!」

「魔王との約束だ。嫌われようとも、拒絶されようとも、俺は約束を守るため、すべての理不尽からキミを守る」


 静寂に包まれる。

 俺はアウローラに一歩近づき、目の前で片膝を突く。


「アウローラ。俺はキミにとって仇だ。でも、どうか守らせてほしい。できればキミにこの世界で楽しく暮らしてほしい」


 俺はこれ以上彼女を、アウローラを悲しませたくない。

 右手を差し伸べる。

 数秒してアウローラが俺の右手を取った。


「……分かったわよ。これからよろしく、勇者。」

「ああ。よろしく、アウローラ」

「……アウラでいい」

「なら俺のことも勇夜と呼んでくれ」


 夕日が俺達を照らす。


「妹になんて言おう……」


 俺の呟きに、アウラはクスッと笑うのだった。



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