第3話
「千代ちゃーん、いらっしゃーい! あら、奈緒ちゃんも来たのね。付き添い?」
「こんにちは
「あらそうなの。本当に二人は仲良しねぇ」
午前11時。私と千代は家から徒歩10分の場所にあるサロン・アムールへと訪れた。
店主でありながらバリバリ現役の菊江さんは、その腕もさることながらお喋り上手で超情報通。たぶんこの町で起きたことならほとんど知っているレベル。
某人気予約サイトとも提携していない小さな個人経営店だけど、採算が心配になるくらい安いし菊江さんの人柄も最高だしで客足は常に絶えない。
朝イチで電話したらたまたまキャンセルが出ていたらしく、幸運なことに予約をねじ込むことができた。
「さてと、千代ちゃん、今日はどんな風にしよっか」
「……こんな、感じ」
さっそくいつもどおりのやり取りを始めた二人を横目に、待機席にある雑誌を手に取る。
「ふーん……なるほど。…………千代ちゃん、勝負に出るのね」
スマホを出して希望する髪型を示した千代に対して、どこか凄みの込もった声で返した菊江さん。更にその視線を受け取って、神妙な面持ちで頷く千代。なんだこの感じ。
「わかったわ。……奈緒ちゃん」
「はい、なんですか?」
どう考えても部外者である私にいきなり声がかけられ、驚きのあまり雑誌が滑り落ちそうになった。
「申し訳ないけど、出て行ってもらえる?」
続く理不尽な要求を受けて雑誌は私の膝へと落下した。
「…………はぃ?」
「終わったら電話で呼ぶから。さっ、早く早く」
「いや、え、なんで?」
「いいからいいから。『女子、二時間会わざれば
なんかそのことわざ改造されてない!?
「???」
まっっっったくもって遺憾なものの、店主である菊江さんに言われてしまえば従う他ない。しぶしぶ雑誌を元あった場所へ戻し、すごすご帰路に着く。何がどーなってんだか……。
×
なにが…………どー、なっているの……?
「どう? 似合ってるでしょ」
「……奈緒ちゃん、似合ってる?」
「似合ってるも……何も……」
超……かわいい……!
電話を受けてサロン・アムールへ迎えに行くと、そこにいた千代は2時間前と比べて別人のようだった。
というかそれ……私の推しの髪型じゃん…………!
昨日二人でカレーを食べながら見ていたテレビに出ていた、ドルアスのボーカル・ササメちゃんと同じ前下がりショート。細かく巻かれたアトランダムなウェーブには、ヘアオイルも馴染んでいて浮世離れした色気が艶感から漂ってくる……。
「えっ、えー……千代、昨日は全然興味なさげだったのに……どうしたの?」
「別にあの人には興味ないよ。でも奈緒ちゃんが好きって言ってたから」
「好き好き! 超好き! 超カワイイよ千代!」
よく見たら髪の印象に負けないようにナチュラルだけどメイクもしてある……えっ、本当に千代だよね? 垢抜け過ぎじゃない??
「……良かった。菊江さん、ありがとうございました」
「本当にありがとうございます! 私からもお礼を言わせてください!」
「はいはい。奈緒ちゃんはもうちょっとしたらまた切りに来てね。千代ちゃん、私にできることはここまでだから、ここからは自分で頑張るんだよ」
「はいっ」
「なになに~何のお話ですか~?」
「こっちの話。ほら、遊びに行ってくるんでしょ。気をつけてね」
意味深なやり取りは少々気になるものの……たぶんあれだ、千代もササメちゃんに憧れちゃったけど、興味ないって言っちゃった手前強がってるとか、そんな感じだろう。
大人な私はその辺をちゃんと慮れるので深くは追及しないことにした。
「行ってらっしゃい」
「「いってきまーす」」
妙にニマニマしている菊江さんに見送られ、私達はサロン・アムールを後にして桜木町へと向かう。
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