第2話

「奈緒ちゃん、入るね」

「うん……おいで」

 勉強に一段落つき、お風呂に入って寝る準備を済ませた千代が戻ってきた。

 先にそれらを済ませていた私はベッドで微睡んでいたが彼女の声で少し目覚め、布団を持ち上げて招き入れる。

「ねぇ奈緒ちゃん」

「なぁに?」

 慣れた手付きで私の左腕を枕にして密着した千代は、不安に満ちた声音にほんの少しだけ興味を忍ばせて問う。

「オーストラリアってどれくらい遠い?」

「全然遠くないよ。飛行機で12時間くらい」

 そう。全然遠くない。電話だってつながるし、アプリを使えば顔を見せ合いながらお喋りだってできるんだ。

 けれど私の感覚と千代の感覚で相違があるのはさっき十分思い知ったし、なるべく事実だけ伝える。

「歩いたら、どれくらい?」

「えぇ、徒歩?」

 バス停から学校までの距離じゃないんだぞ。と心でツッコミつつ、中学生の斬新な質問に、ちょっと真剣に向き合ってみた。

「考えたこともなかったけど……ここからオーストラリアまでをざっくり6,800kmとして……千代の歩幅は……身長から概算して1mないくらいだとしたら……直線距離で繋いで…………えーと…………700時間くらい?」

「な、ななひゃ……く?」

「意外とかかんないもんだね。一ヶ月歩き続けたらオーストラリアまで行けちゃうんだ」

 もちろん海の上は歩けないし、一ヶ月間歩き続けられる人間なんて存在しないのでこんな計算に意味はないんだけども。

 質問者はご所望の解答を得られたかしら。

「奈緒ちゃん!」

「な、なに」

「明日ね……千代、美容院行く!」

「え、うん」

 オーストラリアへの徒歩時間からどうしてその回答が導き出されたの!?

「だからその、奈緒ちゃんも一緒に……来て?」

「いいよ」

 明日は土曜日だけど珍しくバイトもゼミもない。もしあったとしても休む。

 何がきっかけで美容院行きを決めたかはわからないけれど、あれだけ落ち込んでいた千代がなぜか復活してきているのに水を差すわけにはいかない。

「ちょっと伸びてきたもんね。どんな髪型にするかはもう決まってるの?」

「……うん。さっき、決めた」

「そっかぁ~楽しみ」

 千代のサラサラでなめらかな髪を手櫛して遊んでいると、くぐもった声が続いた。

「その後で……遊びにも行きたい」

「行こう行こう! 明日は千代の好きなところ、どこでも付き合ってあげる」

 なんてことない、一年なんてあっという間。これは紛れもない本心だ。だけどその期間千代と離れるのは寂しい。これもれっきとした本心。だから出発までの間、なるべく彼女の願いは叶えてあげよう。そして許されるのならば、なるべく傍にいさせてもらおう。

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