第44話【犠牲】

 ――翌日


 フィルは早くから屯所出入り口にいた。


「おー、早いな」


「ドリルさん」


 現れたドリルの後ろには二人の兵士がいた。


「おう、紹介するよ、パールとスコッチだ」


 するとパールがフィルに話しかけた。


「お前が新人君? 随分若いじゃん」


「はい、フィル・ダラグレットです、よろしくお願いします」


「おー、よろしくなー」


 そしてパールは先に進んで行った、スコッチも特にフィルに声を掛けることもなくパールに続いた。


「…………」


 ドリルがフィルに声を掛けた。


「んじゃまあ、一日遅れだが行くとするか」


「あ、はい」


 そしてドリルたちは東のモラルへと向かった。






 ――――



 四人はガルイードを出るとシハの森を走って進んでいた。


「ドリルさん、今回の作戦は?」


「あん? 作戦? んなもんねえよ、兇獣きょじゅうに合ったらただ倒す、それだけだ」


「……そ、そうですか……」


 森を進んでいると所々に兇獣きょじゅうの死骸が転がっていた。先に進んで行ったオルト隊の兵士達が倒していったものである。


 そしてしばらく進むとフィルが何かに気付いた。


「あ、あれは?!」


 そこには一人のオルト兵が倒れていた、フィルは隊を外れ、その兵士へと近づいた。


「……し、死んでる……ドリルさ! ……え?」


 ドリル達はとくに構うこともなく先を進んでいた、それを見たフィルは急いで隊列に戻った。


「ド、ドリルさん、兵士が!」


「あん? 死んでんだろ? じゃあ、もうしょうがねえじゃねえかよ」


「し、しょうがないって……」


「…………はぁ……お前さあ、部屋……なんかおかしいと思わなかった?」


「部屋……?」


「そう、それに集会の時のあの豪勢な食いもんや酒も……」


「え、ええ……確かに、随分豪勢だとは……」


「俺らはさあ、死人なんよ……」


「え?」


「王国の兵士はさあ、城を、お国を、国王を護るために戦いはするけど、死んじゃまずいわけよ」


「そ、それは俺達だって」


「違う違う……俺達がなんで他国へ援軍に行くかわかるか?」


「それは大陸を護るために……」


「それも違う……王国の国王なんて、基本自分の国の事しか考えてねえよ」


「え? じゃあなぜ……?」


「援軍てのは建前で、実際のところは恩を売っときたいってだけだ」


「恩……?」


「そう、この大陸にある五大国は、それぞれが独立した国家ってワケじゃねえんだ、情報を、時には物資や食料なんかも共有してバランスをとってきたんだ」


「はい……」


「他の四つの王国が落とされたとはいえ、ここでウチが何にも支援をしなかったら、あの王国はいざという時なんもしてくれなかったってなっちまうだろう?」


「はあ……」


「だからとりあえず援軍だけでも送るってワケよ」


「だからって死んでいいってわけには……」


「まあな……でも兇獣きょじゅうが来たら護ればいい、とりあえずおっぱらえば一安心っていう王国兵とは違って、俺達は自ら兇獣きょじゅうのいる最前線へと毎度乗り込むワケだ、常に死は覚悟しとかねえといけねえ……」


「は、はい……」


「王国もそれが分かっているから、豪華な部屋や食料を与える……せめてものってやつだな」


「死への見返り……ですか……?」


「まあ、そんなとこだな、だから俺達はいつでも死を覚悟している、さっき死んでた兵士いるだろ?」


「はい……」


「あいつは前回の援軍から入った奴だ、覚悟の無い奴はすぐに死んでいく……お前さんはどういう経緯でウチに来たかは知らねえけど、基本的にウチに来るのは他の隊では使えない、いわば落ちこぼれよ、まあ、はっきり言っちまえば、国としては死んでも差し支えない兵士」


「そんな!」


「まあまあ……それも仕方ねえんだよ、援軍を送らねえわけにはいかねえし、かといって優秀な兵士を前線で戦死させるわけにもいかねえし、お国の為の、仕方のない犠牲ってやつ……」


「仕方のない……犠牲……」


「そういうこと、因みに新人の生存率は大体二十%ってとこだ、まあ、落ちこぼれが来るんだからな、しかたねえやな、長く生き残ってるやつは、あんだけいる中で十数人にも満たねえよ、だから常に減っては増えの繰り返し、パールもスコッチも、やたら愛想なかったろ?」


「え、ええ……」


「お前、どうせすぐ死ぬって思われてるからだよ、ウチは育成期間とか特にねえからな、現場で戦って強くなっていくしかねえ、常に自分の事で頭一杯、他人に構ってる暇はねえってワケ、因みにあいつらは入って約半年、ここまで生き残っちゃいるが、まだまだ新人よ、今回で死ぬかもって覚悟を持って臨んでると思うぜ」


「…………」


「どうした? 怖気づいちまったか? とりあえず、今回の援軍に関しては俺が着いてやるから安心しろって、出来る限りで護ってやるから」


 その時、前方にホルネット二体を発見した。フィルは瞬時にホルネットへと飛びかかると二体を真っ二つに切り裂き、何事もなかったかのように隊列へ戻った。


 パールとスコッチはそんなフィルを見て少し驚いていた。そしてドリルは笑った。


「へっ! なかなか頼もしそうな新人くんだ!」


 四人は速度を上げ、モラルへと向かっていった。






 ――ナクロス川上流



 川沿いを歩く一人の男の元へと一匹の鳩が飛んできた。


 男は鳩の足に巻き付けられた手紙を取り見ると、辺りを見回し声を上げた。


「おーい! ザック! ラリィ!」


 すると川沿いの林の中から二人の男が現れた。


「どうしたサム?」


「ああ、隊長から知らせだ、どうやらグレイブは仕留めたらしい……」


「へえ?  随分早かったな、じゃあ……」


「ああ、次はスクラードだ、とりあえず隊長達が今こっちへ向かってる」


「どこで落ち合うって?」


「それが……モラルで落ち合おうって書いてあるんだけど、まずいな……」


 するとラリィが反応した。


「え? それって今スクラードが狙ってる町じゃないですか!」


「ああ、さらに東にあるカナッツに変更するよう、すぐに鳩を飛ばし返すよ」


「そうですね、タミルからだと……三〜四日掛かるか……」


「ああ、俺達も先に移動して色々と準備をしておこう」


「はい!」


 するとザックが割って入った。


「ええ? 三〜四日もあるんだ、急ぐことはねえ、いくらか兇獣きょじゅうを減らしとこうぜ」


 それを聞いたサムは声を上げた。


「駄目だ! 勝手な事はするな! 隊長が来るまでの間は兇獣きょじゅうには手を出さん!」


「おー怖え……相変わらずお前さんは真面目だねえ……」


 それを聞いたラリィも神妙に話した。


「でもたしかに今回の兇獣きょじゅうの数は異常に多い……予想通りスクラードは奔放な割に臆病者な奴です……下手に三人で勝手に動くより、援軍を待った方が得策ですよ」


「なんだぁ、ラリィまで、ったく……こいつら本当にお行儀の良いこって、別にちょっとつまむくれえ良いじゃんかよ……」


 ザックは仏頂面で頬を膨らました。


「?!」


 その時、三人は何かしらの気配に気付き、サムが呟いた。


兇獣きょじゅう? ……じゃない、人間だ、それもそれなりのアークを持った者が、三十人近くはいるぞ……」


 サムは高い木の上へと飛び、二人もそれに続いた。


「あれは……ガルイードの兵士か……?」


 そう呟いたサムにラリィが問いかけた。


「向かっている方角はモラル……ですかね……?」


「ああ、恐らく……」


「あの人達、今モラルがどうなっているのかわかってるんですかね……?」


 サムは少し考えた。


「…………まさか、キリザミア兵への援軍?」


「ええ?! じゃあ、モラルで隠伏してる国王を救いに?」 


 ラリィはもう一度ガルイード兵の方を見た。


「あの程度の戦力で……? 相手の戦力わかってるんですかね……?」


「う、うーん……」


「どうします? ほぼ自殺行為ですけど……止めに行きます?」


「うーん…………いや、放っておこう、下手に関わり我々の存在が兇獣きょじゅう側に知れても困る……」


「そうですね……」


 するとラリィは静かに手を合わせた。


「ご愁傷様です……」


 しかしそんな二人の会話をよそに、ザックは影で不敵な笑みを浮かべていた。


「どうしたザック?」


 するとザックは上着の内ポケットに入っていた中型のナイフを取り、ズボンの後ろポケットに移し声を上げた。


「あー!! いっけねー!!」


「な、なんだ? どうしたザック?」


 するとザックは上着の内ポケットを二人に見せた。


「さっき川でナイフの手入れしてて、置きっ放しにしてきちまったよ!!」


「ええ?」


「大事な商売道具だ! 取ってくるから二人は先行っててくれ!」


 そう言うとザックは飛び去っていった、それを見たラリィは声を上げた。


「え、ちょっとザックさん!」


「なーにすぐ追いつくから心配すんな!」


 ザックは林の中へと消えていった。


「んもぉー、どうします?」


「うーん……仕方がない、俺達だけで先に行こう」


「もう、ザックさんは本当勝手だなぁ……」


 二人はカナッツを目指し、走って行った。





 ――――


 一方ザックは気配を殺し、ガルイード兵の後方へと走っていた。


(くくっ、ガルイードの兵隊さんが兇獣きょじゅう共に食われる様を間近で見れるんだ、こんな面白えこたぁねえ! 特等席で拝見させてもらうぜ!)

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