第43話【オルト隊】

 ――ガルイード王国訓練場


「はああ!!」


「きえええいいい!!」


 フィルは訓練場にて自分よりも格上の兵士であるジルと組手を行っていた。


「うがあああ!!」


「それまで!!」


「はあはあはあ……」


 フィルがジルを下すと訓練場の兵士達がどよめいた。


「お、おい……フィルの奴、ジルにまで勝っちまいやがったぞ……」


「う、うそだろ……ジルはガリル隊長の隊の一等穂兵いっとうほへいだぞ……」


「ま、まだ一新兵いっしんぺいだってのに……な、なんてやつだ……」


 しかしフィルはジルに勝ったものの、浮かない顔をしていた。


 その後、訓練が終わってもフィルは訓練場に一人残り、サガネを振り続けていた。


「はあはあはあはあ……」

(こんなんじゃ駄目だ! こんなんじゃ……)


 フィルは血豆だらけの自分の手を握ると、なにか決意めいた表情をした。






 ――数日後



 フィルは城の隊長室へと足を運んだ。


「フィル・ダラグレットです……入ります」


 フィルが中に入るとそこにはサルバがいた。サルバは立ち上がりフィルを迎えた。


「おおフィル! 聞いたぞ、ジルに勝ったんだって? すごいじゃないか、他の隊の隊長達もみんな驚いていたよ、一等穂兵いっとうほへいのジルに勝ってしまうなんてなあ、ついには一新兵いっしんぺいからきなり穂兵ほへいに昇格とは、とんでもない勢いで出世したなあ!」


「…………ガリル隊長の隊はそもそも大した実力者のいる隊でもないので……」


 それを聞いたサルバは何かを察した。





【ガルイード国衛軍階級】

一新生いっしんせい 訓練兵 十三才

二新生にしんせい 訓練兵 十四才

三新生さんしんせい 訓練兵 十五才

入隊

一新兵いっしんぺい 十六才

二新兵にしんぺい 十七才

三新兵さんしんぺい 十八才

三等穂兵さんとうほへい 昇級制

二等穂兵にとうほへい 昇級制

一等穂兵いっとうほへい 昇級制

三等衛兵さんとうえいへい 昇級制

二等衛兵にとうえいへい 昇級制

一等衛兵いっとうえいへい 昇級制


以下試験制度






「……そうか、ところで今日はどうした?」


「…………」


 言い辛そうにするフィルを見てサルバは気さくに話しかけた。


「なんだ、どうしたぁ? ほら遠慮するな、言ってみろ」


 フィルは重い口を開いた。


「隊を、移動させてください……」


 サルバの顔色が変わった。


「どの隊に移動したいんだ?」


「……オルト隊長の隊へ」


 サルバは静かに椅子に座った。


「ワケを聞こうか?」


「父が亡くなってから十年間、サルバ隊長のおかげでここまで強くなれた、正直、生半可な隊の兵隊になら、負ける気はしません」


「ふむ、それで……?」


「でも今は、本当にこのままでいいのだろうかと悩んでいます……」


「前に見た兇獣きょじゅうか?」


「……はい……サルバ隊長の元でこのまま訓練していれば、きっとそれなりに強くはなれる……でも、それなりでは駄目なんです……あの兇獣きょじゅう、これから迫りくる兇獣きょじゅうと戦っていく為には、王国内で人間相手に訓練していても限界がある! 外へ出て! より実践で兇獣きょじゅうと戦い強くなりたい!!」


「なるほど……それで、オルト隊に?」


「はい、オルト隊長の部隊は各国への援軍部隊、実戦で常に兇獣きょじゅうと戦っている、実際にあの部隊の兵士達は精鋭揃いです、俺も、その部隊に入り実戦で兇獣きょじゅうと戦い、もっともっと強くなりたい!!」


 サルバは頭を抱え、ため息をついた。


「……はあ……まさか、自分からあの隊に入りたいと志願する奴がいるとはなぁ……しかもそれがお前とは……」


 サルバは決意に満ちたフィルの目を見返した。


「あそこの隊は国衛軍の数ある隊の中でも、一番兵士の出入りの多い隊だ……その意味は分かっているか?」


「はい……それだけ、死者が多い……もとより覚悟の上です……それで死ぬなら、 それまでの男だった、というだけのことです……」


「そうか……」


 サルバは立ち上がると窓際へと移動し外を見た。


「来週、オルト隊長がラス砂漠から帰還する、その時にお前の話をしてみるよ」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ……」


「あ、ありがとうございます!! 失礼します!!」


 フィルはそう言うと部屋を出て行った。


 サルバが窓から王国の空を見上げると、一羽の鳥が王国の外へと飛び立っていくのが見えた。


(いつかは考えなければならないと思ってはいたが……こんなに早く、それにまさか自分から言い出すとはな……)


 サルバは少し微笑んだ。


(メダイ隊長……あなたの息子は、確実にこの王国を担う男へと成長していますよ)






 ――ガルイード城内地下



 サオはガルイード城の地下牢獄に幽閉されていた。


 そこへクラル大臣が現れた。


「サオ・ミナルク、中々強情な女だな、いい加減話したらどうだ? お前ら親子は兇獣きょじゅうと結託しているのだろう? 夫のアンジ・シミーザーは今どこにいる?」


「知りません……」


「嘘をつくな!! 息子のティグ・ミナルクも親父を追って王国を出た!! この王国の状況を裏で兇獣きょじゅう達に知らせているのだろう!? この人間の裏切り者め!!」


「違います!! 息子は、ティグは私を追って王国を出たんです!! 私が兇獣きょじゅうに連れ去られたと思い!! 私を助ける為に!!」


「じゃあなんでお前は兇獣きょじゅうの元から無傷で生還出来たんだ!? 兇獣きょじゅうに脅され!! この王国の情報を送るように言われたからだろう!?」


「違います!! 私は!! …………」


 その時、サオはバジムの言葉を思い出した。





 ――――



「あなた様は大兇帝だいきょうてい様がご厚誼になされているお方です」


「この世を支配し、統べるお方……大兇帝だいきょうてい……テツ様でございます」


「アンジ殿も一緒にいらっしゃいます……」



 ――――




 そしてサオは言葉に詰まった。


「んー? 私はなんだ? 言ってみろ! やっぱり何か隠しているな?」


「…………」

(アンジ……あなたは一体テツくんと何を……?)


 サオは顔を伏せた。


「ちっ!! まあいい……じっくりと時間をかけて話を聞き出してやる!!」


 クラル大臣はその場を後にした。






 ――――数日後



 フィルはガルイード城から西にある、オルト隊屯所を訪ねていた。


「ガルイード国衛軍こくえいぐんサルバ隊三等穂兵さんとうほへいフィル・ダラグレットです!!」


 すると敷地の奥から一人の兵士がやってきた。


「オルト隊のドリルだ、入れ」


「はっ!!」


 フィルはドリルの案内で中へと入っていった、そしてある一室へ入ると一人の男が座禅を組んでいた。


「隊長、来ましたよ」


「ん? おお、来たか……」


 男は立ち上がるとフィルの元へと来た。


「君がフィルか、サルバ隊長から話は聞いているよ、私がこの隊の隊長をしているオルト・ファレンスだ」


 オルトはフィルに手を差し出した。


「フィル・ダラグレットです、よろしくお願いします」


 フィルも両手を差し出し握手をした。


「ドリル、しばらくはお前がいろいろと教えてやってくれ」


「えー? 俺っすか?」


「いーじゃんかよ、お前じゃないとさー、ほら、な?  頼むよー」


「もーわかりましたよ……ったく、こんな役回りばっか俺に……」


 フィルは二人のやり取りを見て呆気に取られていた。


「んじゃそういうことで、俺は城に行って次の援軍先の話ししてくるから、あとは頼むねー!」


 そういうとオルトは屯所を出て行った。


「ったく……」


 ドリルはフィルを見た。


「よう、こっちだ」


「あ、はい」


 フィルは敷地内の一室へと案内された。


「ここがお前の部屋だ」


「え……?」


 その部屋は随分と広く、豪華な家具が置かれた部屋であった。

 

「こ、ここが? いったい何人の共同部屋なんです?」


「共同? いや、お前一人の部屋だよ」


「俺一人の?!」


「ああ、防具なんかは一通りその奥の部屋にあるから、出陣のときはそれ着て」


「あ、はい……あ、あの……他の兵士達は?」


「あん?  殆どの兵士はみんな自分の家に帰ってるか、遊びに行ってる、援軍先が決まったらまた招集される、それまでは自由だ」


「自由って……あの、訓練は? 訓練はいつやるんですか?」


「訓練? ははっ! ねえよそんなの」


「え? ない?」


「援軍が決まって一歩外へ出た瞬間から兇獣きょじゅうと命を懸けた戦いが始まるんだぞ、せめて王国へ帰ってきた時くらい、ゆっくりさせてくれよ」


「はあ……では援軍には?  援軍にはいつでるんですか?」


「んんー……まあ、二〜三週間後ってとこじゃねえか? なんだお前、そんなに援軍に出たいのか? 随分と物好きと言うか、命知らずというか……」


「二〜三週間後……」


「とにかく、援軍先が決まれば否が応でも忙しくなる、お前もそれまではゆっくりしてな、俺はどうせ家族もいねえし、たいがいこの敷地内にいるから、何かわからねえことがあれば聞いてくれ、じゃあな」


 そういうとドリルは部屋を出て行った。


(二〜三週間後……)


 フィルは部屋で一人黙々と訓練を始めた。






 ――三週間後



 ドリルがフィルの部屋を訪れた。


「おい、招集がかかったぞって……むわ!! なんだこの部屋!? 汗臭えな!!」


「あ、ドリルさん」


 フィルはサガネを振っている最中だった。


「なんだお前、全然出てこねえと思ったら、ずっとここで訓練してたのか?」


「あ、はい……」


「よくやるねえ……んまいいや、とにかく隊長様からの招集だ、援軍先が決まったんだろう、すぐに支度して広間に来い」


「援軍先が? はい!」


 フィルは大急ぎで支度を済ませると広間へと出た。


「こ、これは……」


 広間には三十名程の兵士が集まっていた。


 そして奥で隊長のオルトが台の上に立った。


「あー、諸君、束の間の休息は如何だったかな? ゆっくりと羽を伸ばせただろうか?」


 すると一人の兵士が野次を飛ばした。


「隊長ー! つまんねえ挨拶は良いって! 早く次の援軍先を教えってくれよ!」


「おいブレッド、俺一応隊長だぞ、たまにはかしこまった挨拶くらいさせろー」


 さらに他の兵士も野次を飛ばした。


「らしくねえことすんなって! こちらと三週間も休んで身体がなまってんだ! とっとと俺の愛剣に兇獣きょじゅうの血を吸わせてやんねえといい加減錆びちまうよ!」


「そうだそうだー!!」


「ったく、落ち着きのねえ奴らだ……まあいいや、んじゃ発表するぞ!」


 すると騒いでいた兵士達は一斉に静まった。


「こっから東にあるモラルという町に、キリザミア王国の国王が隠伏しているらしい、その国王を助ける、以上!」


 それを聞いた兵士達は一斉に声を上げ、騒ぎだした。


「うおーっし!! 東のモラルだな!!」


「誰か俺と行くやついるかー?!」


兇獣きょじゅうを狩って狩って狩りまくるぞー!!」


 そんな中オルトがもう一声かけた。


「あー、それから、聞くとこによると大分強い兇獣きょじゅういるみたいだから、気を付けろよー」


 それを聞いた兵士達は、より一層騒ぎ立てた、フィルはその熱気に圧倒されていた。


「こ、この人達は……」


 するとドリルがフィルの肩を叩いた。


「お前は俺と一緒に行くぞ」


「え? あ、はい……他の人達は、何か決まった組や班などがあるのでしょうか?」


「いや? なんも?」


「え?」


「特になんも決まってねえよ、好きなやつと組んで、中には一人で、とにかくさっき隊長が言ったことが全てだ、あとは好きにやるだけ」


「は、はあ……」


「まあ、焦ってもしょうがねえし、俺たちは明日出立するぞ」


「お、俺は今すぐにでも!」


「お前はまず今日一日で体力を戻しとけ、特訓ばっかし過ぎなんだよ、ったく……いいか、外の世界はお前が思っている以上に甘くはねえ、舐めてかかるとあっという間に兇獣きょじゅうの餌んなっちまうぞ」


「そ、そんな、俺は舐めてなんか!」


「わかったよ、とにかく出立は明日だ、今日中に体力の回復と準備しとけ、これは命令だ、いいな?」


「は、はい……」

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