第34話【過去】

 ティグ達はシサの谷を目指し岩山を歩いていた。


「ねえアミ、今回の任務って?」


「うん、今回の標的であるグレイブが、この先にあるコワルド火山に根城を置いてるって情報を掴んでいるの」


「コワルド火山……」


「そう、んでね、今から行くそのシサの谷って、地形的にコワルド火山を見下ろせるのよ、 だからそのシサの谷から安全にグレイブの存在を確認し、根城の情報を収集し、作戦を立てて、確実に仕留めるってという寸法よ!」


「なるほど……」


「だから実は見に行くだけって言っても結構重要な任務なのよ、見つかっちゃまずいしね」


「うん……ところで、ウィザード隊長が四日で戻らなかったら任務失敗で、その時はわかってるな、って言ってたけど、あれはどういう意味なの?」


「あれは……もし敵に見つかって捕らわれたりしても、助けには来ないって意味、作戦を変更して、その為の行動に移すって事」


「ええ?! 助けに来ないって? そんな、作戦が失敗したなら、その時はもう総出で攻め入ればいいじゃんか、ウィザード隊長やウォルなら二獣兵にじゅうへいくらい余裕でしょ? 仲間を見捨てるなんて!」


 それを聞いていたシムが反応した。


「ちっ! 馬鹿が! つくづく感情でしか物事を考えられねえ小僧だな」


「な、なに!?」


「もし仮に俺らが捕まったとして、奴らがその後、仲間を呼ばないとでも思ってるのか? 罠を張らないとでも? そんな俺らを助けに仲間が来て、さらに強力な兇獣きょじゅうや、大勢の兇獣きょじゅうや罠に、なんの策も無く突っ込めと? それこそヴィルヘルム全滅に繋がるぞ、そして俺らヴィルヘルムが全滅したら、この先誰が兇獣きょじゅうからこの世界を守るんだ? くだらない仲間意識だけで突っ走り、俺らを感情で助けに来た結果、この世界を滅ぼすってのか?」


「ぐっ! だ、だけど!」


「いい加減、その正義感ぶった考えはやめろ、お前の様な考えの奴ほど仲間を死なす」


「くっ!!」


 ティグはその時、以前フィルにも同じことを言われた事を思い出した。


 そしてアミが声を荒らげた。


「もー! なんであんた達はいっつもいっつも! クムル! いちいちティグに突っかかるのやめなさいよ! 隊長命令よ!」


「ふんっ!」


 フィルは先を歩いて行った、すると悔しがるティグにリラが優しく話しかけた。


「ごめんなさいねぇティグ君……」


「あ……い、いえ……」


「……ヴィルヘルムもね、本当はもっと他に仲間がいたの……」


「え?」


兇獣きょじゅうと戦う中で、私たちは多くの仲間を失いここまで来た……」


 リラは悲しげな表情で話を続けた。


「あの子もね、昔はかなり猪突猛進型で、私の言う事はもちろん、隊長の言う事すらも聞かずに突っ走ってしまう事も良くあったの……」


「クムルが……」


「ええ……そのせいで危険な目にも沢山遭ったわ、おかげで私の回復魔法の腕は上がったけどね」


 リラは少しはにかみさらに話を続けた。


「でもね、そんな、クムルにも……師と慕う人がいたの」


 するとアミが呟いた。


「レイル……」


「うん……師としてはもちろん、まるで我が子のように接してくれて、クムルもまた師として、父親として、レイルを慕っていたわ」


「…………」


「そんなある日、クムルは偵察の任務を任された……当時、仲の良かったディズという子と一緒に……その時、クムルは命令を破り、兇獣きょじゅうに手を出した……力をつけて、気が大きくなっていたのね……」


 ティグはまるで、ガルイードで初めて剣を持った時の自分と同じ様に感じた。


「二人は捕まったわ……当時、任務に期限はつけていなかったけど、レイルは任務失敗を悟った……レイルはすぐさま仲間を集めて隊を作り、クムル達を助けに行ったわ、しかしそこには想像以上の数の兇獣きょじゅうがクムル達を人質に取り待ち構えていた……」


「そんな……」


「そして隊は全滅した……クムルは何度も何度も戦ってくれと叫んだらしいけど……最後までレイルは兇獣きょじゅうに手を出さなかった……人質になっているクムル達に手を出させない為に……」


 リラは少し……眉をひそめた。


「その後、全滅した隊はクムルの目の前で……兇獣きょじゅう達に食べられたの……」


「なっ!?」


「クムルは恐怖でどうしようもなくなって、震え、泣きながら兇獣きょじゅうに懇願した……助けてくれ、食わないでくれって……」


 ティグは愕然としていた。


兇獣きょじゅうはクムルに聞いた、食うのはディズとクムル、どっちかにしてやるって……」


「そ、そんな……」


「そして……ディズは食べられ、クムルはこの恐怖を人間達に伝えろと言われ、開放された」


 ティグはクムルの背中を見た。


「そ、そんな事が……」


「ええ……だから今、ティグ君を当時の自分と重ねているんだと思う……誰よりも、あの時の自分を許せないのは、あの子自身だと思うから……」


 アミは遠くを見つめながら、拳を握りつぶやいた。


「仲間を、世界を救いたいなら余計な感情は捨てて、非常に、冷静にならないといけないの……」


「アミ……」


「まあ、ティグのそういう熱い気持ちを持ったところ、私は嫌いじゃないけどね!」


 アミはティグの背中を叩いた。




 ――――



 ティグ達はしばらく岩山を歩き続けると、シサの谷へとたどり着いた。


「ティグ、ここからは慎重に、絶対に兇獣きょじゅうに私たちの存在がバレないように気を付けて」


「わ、分かった」


 四人は慎重に、周りを警戒しながらシサの谷を進んだ。


 暫くするとアミが手を挙げ、身を伏せて谷底を覗いた。三人も身を伏せてアミの方へと寄ると谷底を覗いた。


兇獣きょじゅうよ……」


 谷底からは火山の麓が見え、そこには無数の兇獣きょじゅうがいた。


 クムルはアミに言った。


「グレイブの姿は見えないな……まさか、いないのか……?」


「いや、まだ分からないわ、ところどころ岩肌に穴が掘られている、きっと中にいるんだ……」


 四人は暫く観察を続けた、するとティグが何かに気付いた。


「あ、あれは人間じゃないか?」


 そこでは数十人の人間が奴隷として働かされていた。


 アミが呟いた。


「きっとどこかの町や王国で捕らわれた人達ね……男しかいない……女性や子供たちは? まさか……」


 ティグはその言葉に反応した。


「なんだって……?  くっ!」


 クムルがティグに声を掛けた。


「おい、落ち着け、まだそうと決まったわけじゃない、あの穴の中に捕らわれているだけかもしれないだろう」


「だけど…………!?」


 その時、ティグが何かの気配に気付き振り向いた。


「みんな! 何かいるぞ!」


 三人も一斉に振り向くと、何者かが飛びかかって来ていた。


「ちいっ!!」


 その時、クムルは地面に手を着いた。


「フリズヘルム!!」


 すると目の前に分厚い氷の壁が立ち上がり、何者かはその壁にぶつかり跳ね返された。


 それを見たアミはつぶやいた。


「野獣、シード……」


【 野獣シード】

火山に生息し、古くから人間に恐れられている伝説の人獣、白い毛で覆われ、頭もよく、片言なら言葉も話せる。


 クムルははアミに問いかけた。


「な、なぜこんなギリギリまで気付けなかったんだ?!」


兇獣きょじゅうじゃないからね……オームを感じなかったんだ……ティグ、よく気付いたね……お手柄よ」


「あ、ああ……野獣シードって?」


「この辺りの火山に生息する人型の獣よ、古くから人々に恐れられてきた伝説の生き物、獣のなかでも頭が良くて、片言なら喋れるし、簡単な意思の疎通も取れる」


「で、伝説? つ、強いの?」


「そうねぇ、グレッグより少し、弱いくらい」


「グレッグより少し弱いくらいか……」


 ティグは生唾を飲んだ。


 するとアミはティグの前に立った。


「そこで見ていて、すぐ片づける」


「え? すぐって? みんなで戦った方が!?」


 アミは飛び出していった。


 シードもアミに飛びかかると、爪を三十センチ程伸ばし振りかざした。


 ティグはそれを見て驚いた。


「つ、爪が伸びた!?」


 しかしアミはそれを難なく躱し、バク転しながらシードへとナイフを投げた。


「ギャオ!! ガアア!!」


 シードは顔に飛んできたナイフは弾くも、お腹と太ももにはナイフが刺さった、しかしシードは構わず再び突撃してきた。


 シードはアミの腕と肩を掴むと大きな口をあけ、牙を剥きアミに噛みつこうとした。


 それを見たティグが叫んだ。


「アミ!!」


「ふっ!」


 しかしアミはシードの肘を外から押し、さらに足を払うと宙に持ち上げ、かかとをで頭から地面に蹴り落とし、すぐさま喉にナイフを突き刺した。


「ギ、ギャギャ……」


 シードは倒れた。


 アミは三人に向け親指を立てニッコリ笑った。ティグは安堵の表情を浮かべた。


「アミ……」


 アミはその後、倒れたシードを見て少し考えた。


(しかしなぜこいつらがこんなところまで……? 生息は火山の麓なはず……兇獣きょじゅうに追いやられた……?)


 クムルがアミに問いかけた。


「どうした? なにか気になることでもあるのか?」


 アミは集中して考えた。

(いやまて……こいつらは意思疎通が取れるんだ……もし仮に兇獣きょじゅうに従わせられていたとしたら!?)


 アミは三人に叫んだ。


「みんな気を抜かないで!! きっとまだいる!!」


「え!?」


 その時、岩の陰からもう一匹のシードが飛び出しティグの肩を切り裂いた。


「うわ!!」


「ティグ!!」


 アミは急いでティグの元へ駆けつけた。


 するとさらにもう一匹、二匹と、計六匹ものシードが現れた。


「ギャギャギャ!! グレイブサマへ、ツレテク」


 クムルが呟いた。


「こ、こいつら……なんだってこんなところにこんなに沢山……それに、こんな群れになって行動する獣じゃないはず……」


 アミが応えた。


「こいつらは頭のいい獣、きっとグレイブに力で制圧され、手下として従わされてるのよ、つまり、ここへたまたま現れたわけじゃなく、この辺りを見張っている……」


「そういうことか……てことは、ここにいるこいつら、任務の為には一匹たりともここから逃がすわけにはいかねえってわけか……」


「そういうこと……しかも派手なドンパチも禁止、下の奴らに気付かれる」


「ちっ! やっかいな事になったぜ、大体こいつら本当にこれで全部なんだろうな?」


「さてね……とにかく、素早く、静かに、やるしかないわ……クムルもリラも、あまり派手にアークや魔法は使わないで」


「ええ、わかったわ」


 シードは三人を囲むように陣を取り、次の瞬間。


 襲い掛かってきた。


「ギャギャギャ!!」

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