第30話【郡獣士団長】

「あたしが教えてあげたいのはやまやまなんだけどねぇ……あ、でも、今だったらガルイードに着くまでの間、分からないことがあれば教えてあげられるよ! なにかない? なんでも聞いて!」


「え、ああ、じゃあ……右手でアークを燃やした時、左手でも燃やそうと思って集中するんだけど、左手に集中すると、右手のアークが切れちゃうんだ……なんかコツとかあるのかな?」


「お! いいねえ! それはね! とにかく右も左も、アークを燃やす特訓を何度も何度もやって! もう、意識しないでも燃やせるくらいになれば、そんなのお茶の子さいさいよ!!」


「あ、ああ……何度も何度も訓練ね、確かに……」


「他は? 他は?」


「うーん……じゃあ、アーク孔を開くまでは良いんだけど……持続出来ないんだ……特に戦闘中なんて、すぐに閉じちゃって……」


「まっかせなさーい! それはね! もう、四六時中、アーク孔を開け続ける訓練をするのよ! ご飯の時も! 読書の時も! お風呂の時も! なんなら寝てる時も! そんだけやれば開くのがあたりまえになるわ!!」


「あ、ああ……ご飯の時も、お風呂の時も、訓練、訓練ね……」


「あとは? あとは?」


「え、いや、あーっと……アークのコツは?」


「よしきた! コツはね! コツを掴むためにひたすら訓練するの! 朝も昼も夜も! 何なら寝ずに訓練するの!!」


「あ、ああ……く、訓練ね……大事よね……」


「どう!? あたし役に立ってる!?」


 アミは爛々と目を輝かせ聞いた。


「あ、ああ……非常に、役に立ったし、ウィザード隊長との特訓が少し、垣間見れた様な気がするよ……」


「本当に!? あたし教える才能あるのかなー!? 先生とかなれちゃうかなー?」


「う、うん……そうだね……」

(アークの事はロッドに教わった方が良いかもしれない……)


 ティグはふと空を見上げた。


「でも、一回だけアークを飛ばせたこともあったんだけどなぁ……」


「え? そうなの? 凄いじゃない、アークを放つなんて、かなり上級者の技術よ」


「うん……母さんをさらったクラーケルって奴と戦った時、無我夢中だったからあまり覚えてはいないんだけど……あの時は確かにクラーケルに向けてアークを放ってるんだ……」


「そう? なら見込みがあるじゃない! とにかく特訓すれば、一回は出来たんだから! 絶対に出来るようになるって!」


「うん! とにかく訓練だね! やってやってやりまくるよ!」


「その調子! それにしても……十年前の事件以来、兇獣きょじゅうがガルイードを襲う事なんて一度としてなかったのに……なんでまた今になって襲撃をしてきたんだろう……?」


「うん……そうなんだよね……もしかして、ガルイードにだれか探している人でもいるのかな……?」


「ええ? 兇獣きょじゅうが探してる人ってだれよ? そんな、兇獣きょじゅうと接点のある人なんていないでしょ?」


「そうだよね……」


「例えば、クラーケルがサオさんを連れて行った時に、なにかヒントになりそうな事は言ってなかったの?」


「うーん……なにかヒントかぁ……スカールって奴の命令で来たみたいだけど……スカールって奴が何者なのかもわかんないし……」


「!!??」


 その時、アミは足を止めた。


「アミ……?」


 うっすらとアミからアークの蒸気が溢れ出すと、周りの木々が揺れた、アミは俯いたまま、少し震え、口を開いた。


「スカール……そいつは、兇帝軍群獣士団長きょうていぐんぐんじゅうしだんちょう……残虐で冷酷な、時には子供ですら容赦なく食い殺す……兇獣きょじゅうの中でも最も非道なやつ……」


「え? 兇帝軍きょうていぐん? 群獣士団長ぐんじゅうしだんちょう……?」


「そして……」


 アミの顔は、鬼気迫る表情となった。


「十年前、あたしの目の前で、父を殺した兇獣きょじゅうよ……」


「ええ!? なんだって!?」


「サオさんをさらったのはスカール……」


 アミは怒りに溢れ、拳を握った。


「ア、アミ……?」


 ティグはアミのあまりの迫力に言葉を失った。


「……ティグ……」


「え?」


「来て!」


「え? ア、アミ!?」


 アミはティグの手を引き走り出した。




 ――――



 一方洞窟では、ウィザード達が支度を済ませ、洞窟を出るところであった。


 するとシムがウィザードに問いかけた。


「隊長、あんな小僧、アミに送らせる必要あったんですか? あんな身勝手な死にたがり、放っておけば良かったのに」


「……まあ、そう言うな」


「隊長は変に優しいってか、甘いとこあるからなー、んで編成どうします? アミがいないとなると、機動力、だいぶ落ちますけど……」


「イグナで船に乗り、カブスまで行った後、お前達は予定通り、リラとローガンの三人でタミルへ向かえ」


「え? 隊長は? シサの谷はどうするんですか?」


「シサの谷へはわたしとウォルで行く」


「ええ? 大丈夫なんですか? あそこへは機動力のあるアミを連れて行った方が……まあ……要らぬ心配か……わかりました、じゃあ予定通り、俺達はタミルへ向かいますね」


「ああ……」


「じゃあ、とっとと行きますか!」


 ウィザード達は洞窟の出口へと向かった。


「?!」


 そしてウィザードが外へ出ると、そこにはアミとティグの姿があった。


 アミは真剣な顔でウィザードを見ている。


「ウィザード隊長……」


 ウィザードは冷たい目線をアミへ送った。


「どうした……? そいつをガルイードに送り届けるよう命じた筈だが?」


「ウィザード隊長……この子を……ティグも一緒に連れて行って下さい!」


 それを聞いたシムが口を挟んだ。


「おいおい、冗談だろ? そんなガキ連れて行ったって、足手まといにしかなんねーぜ? だいたい、そんなガキに構ってる暇が無えのはお前だってわかってんだろ?」


「シムは黙ってて!!」


「っと……おぉーこわ……」


 するとウィザードが口を開いた。


「駄目だ」


 そう言うとウィザードは歩き出し、アミとティグの間を抜けた。


「ティグのお母さんをさらったのはスカールです」


 ウィザードの足が止まった。


 アミはウィザードの方へ振り返り、声を上げた。


「ティグの目的とあたし達の目的は一致しているんです! スカールを倒すって! だから、だからお願いです! ティグも一緒に連れて行って下さい!」


「……そいつの目的が我々と一致しているのはよく分かった……だが、連れて行く理由にはならない……母親がスカールに捕まっているのなら、我々が助け出せばいいだけの事だろう」


 それを聞いたシムが少し小さな声で言った。


「そうだよ、なんでわざわざあんな足手まといを連れて行かなきゃなんねーんだっつうの……」


 アミは構わず続けた。


「ティグは誰よりも、強くなりたいって気持ちを持ってる、あたしにはわかる……確かに、今は弱いかもしれないけど、あたしだって最初は弱かった……でも、ウィザード隊長のおかげで強くなれた! ティグだってこの想いがあれば絶対に強くなる! ティグの、母親を救いたいって気持ちと、強くなりたいって気持ちは本物です!」


「今は状況が違う……兇帝きょうていの討伐は目前だ、お前の時のように育てている時間は無い、兇獣きょじゅうに対抗しうる戦士ならともかく、未成熟の子供を連れて行く訳にはいかない……」


 シムはまた小声で言った。


「そうだそうだー!」


 ウィザードは続けた。


「連れて行ったところで、ここから先の相手は生半可な相手ではない、三獣兵さんじゅうへいごときに後れを取るようなレベルでは、奴らに餌を与えるようなものだ」


「そ、そんな言い方!」


 その時、これまで黙って聞いていたティグが口を開いた。


「もし食われたら……兇獣きょじゅうの腹を食い破ってでも出てきてやるよ……」


「ティグ?!」


「あんた達は確かに強いんだろう……あんた達に任せておけば、確かに母さんを助け出してくれるかも知れない……」


 ウィザードは黙ってティグの話を聞いた。


「だけど俺にとって……母さんが助かれば良いってだけの問題じゃない……」


 またシムが口を出した。


「はあ? なに言ってんだあいつ?」


「シム……」


 それをリラが静かにするように促した。


「俺は……元々、国衛軍の兵士になりたかった……兵士になって、王国の、大陸の人々を兇獣きょじゅうから護れる男になりたかったんだ……」


 アミもまたティグの話を真剣に聞いていた。


「なりたいと思ってたし、なれるって、なるんだって思ってた……実際に王国の大会で優勝も出来て、俺にその素質もあるんだって思えた、だけど……歳もそんなに変わらない、国衛軍の兵士にボコボコにされ、目の前でなす術なく母さんをさらわれ、グレッグには殺されかけた……」


「…………」


「自分が弱いのは、誰よりも俺が痛感してる……仲間にも、母さんの事は国衛軍に任せろと言われ、一度は納得もした……だけど、俺が目指した自分は……自分が勝てない敵がいたら、人に任せてただ待っているような人間じゃない! 目の前の人を! 王国の人々を! 大陸の人達を護れる人間だ! 自分の母親の事すら他人に任せてのうのうと待ってるような人間が! この先多くの人々を護れるなんて俺は思わない!!」


 ウィザードは振り返り、ティグの目を見た。


 ティグもまた、ウィザードの目を真っ直ぐに見つめ、話を続けた。


「別にあんた達の力は借りない、母さんは俺が助け出す、兇獣きょじゅうに食われようが、腹を食い破り助け出す! 殺されたって何度でも蘇って助け出す! 俺は、俺の運命は俺に託す!!」


 辺りは静まり返った。


 するとウィザードはティグに背を向け歩き出した。


 ティグもまた、ウィザードとは反対方向へ歩き出し、アミはティグに手を伸ばした。


「ティグ……!」


 その時、ウィザードがアミに声を掛けた。


「アミ……」


「え? あ、はい?」


「あいつの面倒は、当面の間はお前が見ろ、だがあくまで自分の任務が優先だ、あいつが兇獣きょじゅうに食われそうになったとて、任務を疎かにする事は許さんぞ……」


 そう言うとウィザードは先へと進んで行った、そして他のメンバーもそれに続いた、リラは通りすがりにアミの肩を叩き、ニコリと優しく笑った。


「……え……」


 アミは一瞬呆然とするも、正気を取り戻し、ティグへと叫んだ。


「ティグー!! 隊長の許し出たよ!! 一緒にサオさん助けに行ける!!」


「え……?」


 ティグが立ち止まり振り返ると、アミはティグに抱きついた。


「うわわ! アミ!」


「やったね! ティグの熱意が通じたんだよ!」


「そ、そうなの……? なんか、終始不機嫌に見えたけど……?」


「ああいう人なんだって! とにかく、これで一緒にサオさんを助けに行ける! ティグの想いとあたしたちの力があれば、絶対に助けられるよ!」


「あ、ああ……は、ははっ! なんか、よかった……」


「うん!」


 アミは一歩前へ進み、先を指差した。


「さあ、行こう!」


「……ああ!!」


 アミとティグは仲間を追って走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る