第28話【ヴィルヘルム】

「う……ううぅ……」


 ティグが目を覚ますとそこは、岩肌で囲まれた洞窟内であった。


「こ、ここは……?」


 するとティグが目を覚ましたことに気付き、一人の女性が駆け寄って来た。


「あ! 目を覚ました!」


 ティグは身体を起こした。


「ううぐぅ……」


「ああん、まだ無理しない方がいいって、傷は大分治したけど、毒はまだ完全には抜けきってないんだから」


「くぅ……き、君は?」


「あたしはアミよ! 君ぃ、グレッグなんかとなんで戦ってたの? ああいう時は逃げないと駄目じゃない!」


「グレッグ……あ、あいつか……あいつは? 君が倒したのか?」


「うん! まあね! 君に気を取られてたから、楽なもんよ!!」


「き、君は一体……?」


「あたしって言うか、あたし達は……兇獣きょじゅうを倒す者、ヴィルヘルムよ!」


「ヴィルヘルム……あいつが言ってた……」


 ティグが洞窟内を見回すと、そこにはアミを含め、六人の男女がいた。


「因みに、君の毒や怪我を治してくれたのはあそこにいるマダムよ」


 アミが差した方を見ると、そこには女性と青年が座っていた。


「彼女はリラ、すんごい回復魔法でどんな傷だってすぐ治しちゃうんだから!」


「あ、ああ……」


 ティグは自身の身体を見ると、確かにあれ程のダメージを受けたにも関わらず、傷はほとんど癒えていた。


「あ、ウィザード隊長!」


 その時、金色に輝く長い髪で、背の高い美しい隻腕の女性がティグの前へと立った。


「お前……あんなところでなぜグレッグと戦っていた……?」


「あ……ああ……か、母さんが兇獣きょじゅうにさらわれて……助ける為に、言葉を話せる兇獣きょじゅうを探していたら、あいつを見つけて……」


 それを聞いたアミは驚いた。


「ひぇぇ……君、なかなか無謀なことするねぇ……」


 更にウィザードが問いかけた。


「国は……?」


「ガ、ガルイード……」


 またもアミが反応した。


「ガルイード!? あたしも! あたしもガルイードだよ! 同郷だね!」


「え? あ、ああ……」


 ウィザードは少し眉をひそめ言った。


「ガルイードはここ十年、兇獣きょじゅうの襲撃を受けていない国なはずだ……そんな国の人間がなぜさらわれる?」


「確かに……ガルイードはなぜか兇獣きょじゅうの襲撃を免れていた……だけど……ここ数ヶ月の間に二度も襲撃を受けたんだ、母さんはその二度目の襲撃でさらわれた……あの……クラーケルって奴に!!」


 ティグは拳を強く握った。


「クラーケル……三獣兵さんじゅうへいか……なるほど……三獣兵さんじゅうへいに襲撃されたとなると、ガルイード程の王国の国衛軍でも、国民を守るほどの余裕はないか……あながち嘘でも無さそうだな……」


三獣兵さんじゅうへい……?」


 するとアミがまた話しだした。


兇獣きょじゅうの等位だよ! 奴らも軍だからね、各兇獣きょじゅうには等位があるんだよ、下から五獣兵ごじゅうへい四獣兵しじゅうへい三獣兵さんじゅうへい二獣兵にじゅうへい ってな具合にね! ちなみに一獣兵いちじゅうへいってのは無くて、その代わり、統獣兵とうじゅうへいって言うらしよ、そしてさらに上に士団長ってのがいるらしいよ! すごいよね!?」


「なっ……そ、そんなに……?」


「うん、あ、ちなみに……さっき君が戦っていたのは三獣兵さんじゅうへいのグレッグ、 クラーケルと同じ等位だね! 三獣兵さんじゅうへいって言ったら、軍の隊長ですらやられちゃう人がいるくらいだってのに、君よく突っかかっていったねぇ……」


「だって……そんなの知らないし……」


 するとウィザードがまた口を開いた。


「ならもうこれに懲りて無茶な真似はするな、今回、たまたまアミが見つけたから良いものの、次は無いぞ……折角母親からもらった命なんだ、大切にしろ……」


「くう……だ、だけど……」


 うなだれるティグにアミが優しく声を掛けた。


「そうだよう……君みたいなまだ小さな子が、兇獣きょじゅうに挑むなんて無謀すぎるよ……」


「だ、だけど! それじゃあ母さんが……」


 ティグは更に強く拳を握った。


「!! ……じ、じゃあ、あんた達が母さんを助けてよ! 強いんだろう!? グレッグが言うには母さんはまだ生きているんだ!! 頼む!! お願いだ!! 母さんを助けて!!」


 アミは一瞬ウィザードを見るも、すぐに目を伏せた。


 そしてウィザードは冷たく言い放った。


「駄目だ」


「え? な、なんで!?」


「我々には成すべき事がある。この大陸でやるべき最後の仕事を終えたら、早々にこの大陸を出る予定だ、悪いが一国民の私情に構っていられる程の余裕も時間もない」


「な……こ、この大陸を出るって……? そ、それは一体……?」


「この大陸を出て、兇獣きょじゅうの元凶を倒すのだ……十年越しの約束もあるのでな……悪いが諦めてくれ、その傷が癒えたら早々に国へ帰れ、国まではアミを護衛に付けてやる、頼むから下手に兇獣きょじゅうを刺激して、我々の積み重ねた作戦の邪魔をしないでくれ」


 そう言うとウィザードはその場を離れた。アミは気まずそうにティグの顔を見た。


「ご、ごめんね……隊長も悪気があって言ってる訳じゃないから……君の事を思って……」


 その時、ティグは立ち上がろうとした。


「うぐっ!! ぐう……」


 しかしダメージはまだ深く、立ち上がれなかった。


「ちょっと! なにしてんのよ! まだ毒が抜け切れてないのよ、おとなしくしてないと駄目よ」


「あんた達が手を貸してくれないなら構わない!! 俺一人で助けに行く!!」


「何言ってんのよ! 無茶よ! グレッグにも勝てなかったのよ!? クラーケルは同じ三獣兵さんじゅうへいでもグレッグより強いの! あんた一人でどうにかなるわけないじゃない!」


「うるさい!! そんなの知るか!! もうあんた等には関係ないんだ!! 放っておいてくれ!! あんた達なんかに俺の気持ちは分からないんだ!!」


「ちょ、ちょっとー……!!」


 その時、奥で座っていた青年がティグに近寄り話しかけた。


「男のくせに……自分一人、悲劇のヒーロー気取りかよ……」


「な、なにい!!」


「ちょっとシム! 焚きつけないでよ!」


「母親がさらわれた……? ならまだ生きている可能性があるだけマシじゃないか……そこでお前を気にかけてくれているアミは……十年前に、自分の目の前で兇獣きょじゅうに父親を殺されているんだぞ」


「え!?」


 ティグはアミの顔を見た、するとアミは苦笑いをしてごまかした。


「いや、ははっ……まあ、もう随分と昔の事だけどねぇ……」


 シムは更に話を続けた。


「俺の父親も、今なお別の大陸で人質となっている……今、この世の中はそんな人間ばかりなんだ、自分だけ特別だと思うなよ」


「くっ……そ、そんなことお前なんかに……」


「ウィザード隊長はそんな人間がいなくなるように、兇獣きょじゅうの元凶を倒そうと大陸を渡ろうとしているんだ、お前一人のわがままでそれを遅らせるつもりか? お前一体何様なんだよ?」


「ぐ、ぐううう……」 


 ティグは反論できずに歯を食いしばっていた。


「ちょっとシム! そんな言い方ないでしょ! もう、興奮させるだけだからあっちいって!!」


 そう言うとアミはシムをその場から離れるよう手で押した。


「ご、ごめんねぇ……あいつ、本当は悪い奴じゃないんだけど、たまに口悪くなる時があって……」


 ティグは下を向いたまま黙っていた。


「と、とにかく! 君はあたしが責任もってガルイードに送り届けるから安心して!」


 アミはそう言ってティグの肩を叩くと、一旦その場を離れ、またすぐティグの元へ戻った


「ほらこれ飲んで、温かいわよ」


 そういうと湯気の立ち上るスープをティグへと差し出した。


 ティグはそれを受け取らず、頷いたまま何かをつぶやいた。


「……ごめん……」


「え?」


「さっきはごめん……お父さんの事……知らなかったから……酷い言い方をしてしまって……」


 アミはそれを聞くと少し驚き、その後ニコリと微笑み、ティグの手を取りスープを持たせた。


「いいのよ、知らなかったんだし、実際……君だって大変なのは事実だしね、さあ飲んで、温まるから」


「う、うん……」


 ティグはスープを一口飲んだ。


「う、美味い……」


「でしょ!?  今日このスープはあたしが作ったの! 美味しいでしょ? 我ながら上出来だったんだから!」


 ティグはそのスープをゆっくりと味わいながら飲み干した。


「あ……そういえば君、名前は?」


「あ、ああ……ティグ……ティグ・ミナルク……」


「へえ……ティグって言うんだ? ティグ……ティグ・ミナル……ミナルク……? え? えええ!?」


 アミは急に驚き、立ち上がった。

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