第22話【ロッド・クランドル】

「え?」


「おお……」


 ワラミルが凍りつくと、ティグの右腕を覆っていたワラミルの一部はただの水と化し、地面へと落ちた。


「こ、これは……?」


 ティグは凍ったワラミルをマジマジと見た。


「な、中までしっかり凍ってる……」


 そして剣で切り刻むと、ワラミルは粉々に砕け散った。


「ティグ! 油断するな! まだ他にも兇獣きょじゅうがいるやもしんねえぞ!」


「え、あ、ああ……」


 その時、遠くの方から声が聞こえた。


「もうこの辺に兇獣きょじゅうのオームは感じられないよ! もう大丈夫! 安心して!」


 二人が声のした方を振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。


「あれは……?」


 その時、隣にいたラフターが手を振り声を出した。


「おおー! ロッドー! お前かー! ありがとー!」


 そういうとラフターはロッドの方へと駆けて行った。


「ラフターさん、大丈夫だった?」


「おう、平気平気、 大したことねえって、助かったよ!」


「ロッドお兄ちゃーん!」


 その時、難を逃れたレナが駆け寄ってきた。


「レナ! よかった、大丈夫だった? 恐かったろう……ごめんなぁ、遅くなって」


 ロッドはレナを抱き上げ頭を撫でた。


「うん、恐かった……恐かったよー……」


 ロッドは何度もやさしくレナの頭を撫でた、すると母親のエリザもロッドに声を掛けた。


「ロッドくん……本当にありがとう、ありがとうねぇ……」


「エリザさん、いえ、僕は少し遅かったくらいです、むしろ彼のおかげですよ」


 ロッドはティグの方を見た、するとラフターが反応した。


「おお、そうだ! 紹介しなきゃな、おおーい! ティグー! こっち来てくれー!」


 ティグはみんなの方へと歩み寄った。


「ティグ、ほれ、彼がさっき話してた男だよ」


 するとロッドはレナを地面に降ろし、ティグへと手を出した 。


「初めまして、僕はロッド、ロッド・クランドル、よろしくね」


「ティグ・ミナルク……よ、よろしく……」


 ティグも手を出し、 二人は握手をした。


「んまあ、こんなところで長話もなんだ、一旦俺ん家行くか? おめえさんも村へ来たんはどうせ食料がなくなっちまったからやえ?」


「うん、実はそうなんだ」


「んじゃ、俺ん家さ来て、俺んとこの野菜もってけぇ、たっぷりあっから!」


「本当? 実は期待してたんだ!」


「おうおう! おめえさんにはいつも助けられてっからなぁ、こんなことくれえお安い御用よ!」


「ありがとう!」


 三人はラフターの家へと向かった。




 ――――


「おう、入ってくれ入ってくれ、今野菜持って来っから少し待ってろ」


「うん、ありがとう」


 ティグはロッドが気になるのか、横目でチラチラと見ていた、ロッドはそんなティグの目線に気付き声を掛けた。


「ティグはどうしてこの村に?」


「え? あ、ああ、母さんを探しに……」


「え? お母さんを? この村にいるのかい?」


「いや、兇獣きょじゅうにさらわれて、どこにいるかは分からないんだけど……適当に探していたら偶然ここにたどり着いたっていう……」


兇獣きょじゅうに……? そっか……それは大変だね……当てはあるのかい?」


「いや……」


「そっか……僕になにか力になれることがあったら、なんでも言っておくれ」


「ああ……うん、ありがとう……」


 すると奥から大量の野菜を抱えて、ラフターが来た。


「よっこらしょっと、ほらロッド、好きなだけ持ってけ」


「うわぁ、こんなに、ありがとうラフターさん!」


「いいってことよ、それよかロッド、ティグはあのガルイードから来たらしいぞ」


「え? そうなの?」


「あ、うん……」


「へぇー、僕も一時期行っていたんだ、素敵な王国だよね、軍もしっかりしているし」


「武者修行……だよね?  魔法士の? いずれは魔法士になるの?」


「んー、その頃はそう思っていたけれど、今はそうでもないかな……」


「そうなんだ……あんなに凄い魔法が使えるのに……」


「そんな大したことはないよ、ティグは、剣士だよね? いつか国衛軍に?」


「まあ、うん、そうだね」


「へえ、ティグなら良い剣士になりそうだね」


「そう?」


「うん、実はさっき、少し前から見てたんだ、いい太刀筋をしている、きっといい剣士になるよ!」


「ありがとう……ロッドは魔法、誰に教わったの?」


「父さん……父さんはもともとガルイードの国衛軍で魔法士をしていたんだ、だけど僕が小さいこ頃に辞めて、この村に引っ越して来たんだよ」


「そうなんだ? 昔ガルイードに……だから……」


「ああ、一時期ガルイードで修行させてもらっていたのは、父が昔、所属していた隊の隊長が快く受け入れてくれたからなんだよ」


「そういうことか、じゃあ今はお父さんと二人で森で修行を?」


「お、おい、ティグ!」


 その時、ラフターが焦りながらティグを肘で突いた。


「いいよ、ラフターさん」


「ん、あ、ああ……」


「父は……亡くなったよ……」


「え!?」


「僕がガルイードに行っている時にね、村を襲って来た兇獣きょじゅうから、村のみんなを守ろうとしたんだけど……力及ばず……」


「そ、そうなんだ……ごめん……」


「いいよ、もう過ぎたことだしね、それに、今の僕にはこうしてラフターさんや、この村の人達がいるし」


「ロッド……おめぇ……」


「だからこの先も、兇獣きょじゅうからこの村の人達を守れるように、森で魔法の訓練を続けているんだ」


「そっか、ロッド程の魔法士いがいればこの村も安心だね!」


「そんなことないよ、今日みたいな兇獣きょじゅうなら大したことは無いけれど、中にはもっともっと強い兇獣きょじゅうもいる……どんな兇獣きょじゅうが来ても守れるように、もっともっと強くならなくちゃ……」


「もっと強い兇獣きょじゅう……」


 ティグは先日ガルイードを強襲した兇獣きょじゅう達を思い出していた。


「ねえロッド……ロッドは言葉を話す兇獣きょじゅうと戦ったことはある?」


 そのとき、ロッドはラフターと顔を見合わせ、少し俯いた。


「僕はまだない……けど、三年前……僕がガルイードに行っている間にこの村を襲い、父を殺した兇獣きょじゅうが、そうだったらしい……」


 続いてラフターが重い口を開いた。


「ああ……とんでもねえ奴だったよ……常に他の兇獣きょじゅうを操り、自分は高みの見物をしていた、ロッドの父親の実力を知ると、平気で村人を人質に取り……それで……くそおっ!!」


 ティグは何かを察した。

(そうか……ラフターさんはその時ここに家族で……)


「後にも先にもあんな兇獣きょじゅう見たことねえ……あんな卑怯で残忍で……」


 三人は暫く黙り込んだ。


 そんな中ロッドが口を開いた。


「と、とにかく、ティグも兇獣きょじゅうと戦う時はくれぐれも気を付けて、 クラーケルのように知恵のある兇獣きょじゅうも中にはいるわけだから」


「ああ…………え!!?? 今なんて??」


「え……? 知恵のある兇獣きょじゅうには気をつけてって……」


「いや、兇獣きょじゅうの名前!」


「あ、ああ……クラーケル……」


「な!?」


 それを聞いたティグは驚愕し震えた、それをみたラフターは心配そうに声を掛けた。


「ど、どうしたい……?」


「お、俺の……俺の母さんをさらった兇獣きょじゅうも……そのクラーケルって奴だ……」


「な!? なんだって!?」


 ロッドとラフターもまた驚いた、ラフターは怒りに震え拳を握った。


「あ、あんにゃろうぅ……」


「二人はなにか! なにかクラーケルについて知ってる情報はない!?  どこにアジトがあるとか、どこかで見かけたとか、どんな些細な情報でもいいんだ!」


「……ごめんティグ……三年前に一度現れて以来……村の住人でクラーケルを見たって人はいないよ……」


「そ、そうか……でもまさかロッドのお父さんの仇だったなんて……」


 そんな二人を見ていたラフターは、意を決して言った。


「ロッド……一緒に行ってこい!」


「え?」


 ロッドは驚いた。


「ティグと二人で、クラーケルを探しに行くんだ、ティグだっておめえさん程の男が一緒なら心強えだろうし、一緒に行って、親父の仇を取って来い!」


「で、でも……」


「だって、こんなことなんてあるかい? こりゃ運命だよ、三年前に父親を殺されたおめえさんと、今、 母親をさらわれているティグの共通の敵があのクラーケルで、互いに腕を磨いた剣士と魔法士が今日ここで出会うなんてよ! ここで手を組まねえでいつ組むってんだ!」


 ティグは戸惑っていた。


「お、俺は助かるけど……でも……」


 ティグがロッドの顔を見ると、ロッドは難しい顔をしていた。


「なあに、俺や村の人間なら大丈夫だって! 今日はたまたまあんなことになっちまったけど、兇獣きょじゅうに見つからんように、ひっそりと身を隠して暮せばきっと何とかなる!」


 それでもまだロッドは厳しい顔をしていた。


「なあロッド……クラーケルに殺されたのはオメエの親父だけじゃねえ、俺の……サナと……コークスも……それだけじゃねえ! エリザの旦那だって! ストッツの息子だって! ハリスも! ストアも! みんなみんな! あいつに殺されてんだ! 村のみんなだって! きっと仇をとってほしいに決まってる!!」


「ラフターさん……ううぅ……」


 するとおもむろにティグが立ち上がった。


「お、おい、ティグ? どうした?」


「ロッドはこの村にいるべきだよ、大丈夫、母さんは俺の手で助ける」


 それを聞いたラフターは驚いた。


「ティ、ティグ……な、なんで……」


「仇を討ちたい気持ちもわからなくはないけど……俺は、死んでいった人達は、そんなことを望んでいないと思う……死んでいった人達は、ロッドやラフターさん達が、幸せでいる事を願っていると思うんだ……」


「そ、それは……」


 ラフターは俯いた。


「だったら敵討ちなんて危険なことをするより、ロッドはこの村にいて、この村の人達を守りながら、暮らしていくべきだと思う……」


「うう……」


 ラフターはぐうの音も出なかった、ロッドはそんなティグに声を掛けた。


「ティグ……ごめん……ありがとう……」


「ううん……大丈夫、母さんの受け売りなんだ」


「お母さんの?」


「ああ……あなたが守りたいって思っているその人もまた、あなたを守りたいと思ってるって……幸せだって同じことだろ?」


 ロッドは微笑み、立ち上がった。


「ああ、そうだね……素敵な、お母さんだね……」


 そしてロッドはティグに手を差し出した。


「絶対に……お母さんを助け出して、そして、また会おう!」


「ああ! 必ず! 約束する!」


 二人は強く握手をした、そしてその後ティグは、ロッドとラフターに別れを告げ、村を出た。

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