第19話【あきらめない心】

 ―― ガルイード城訓練所


 フィルはサガネや防具などの手入れをしている最中であった。


「!!??」


 その時、何者かの気配に気付いた。


「この気配、オーム!! 兇獣きょじゅうか!?」


 フィルはすぐさま表へと飛び出すと空を見上げた。


「くっ!!」


 バジムを発見したフィルは、その姿を見て動きを止めた。


「なっ……」


 フィルの周りでは、他の兵士達が慌ただしく動き回っている。


兇獣きょじゅうが現れたぞ!! 襲撃に備えろ!! 武器を取るんだ!!」


 そんな中、フィルは上空のバジムを見て動けずにいた。


「な、なんだあいつは……? き、兇獣きょじゅう……なのか……? な、なんて凄まじいオームを秘めているんだ……ぐう……」


 フィルは微かに震えていた。


 一方で上空のバジムはガルイードを見回していた。


(ここがガルイード……なんてことはない、取るに足りん王国だな……)


 するとバジムは手を下に向け、サオをガルイードへと降ろした。


「え? あ!」


 サオは何か言いたげながらも、なにも言えず、ガルイードへと降り立った。


 そして次の瞬間、バジムは消えた。


 フィルはそれを見て、どこか安堵の気持ちが芽生えていることに気付きながらも、それを認めたくない気持ちと葛藤していた。


「ぐ……ぐううぅ……」


 王国へ降り立ったサオが暫く茫然と空を見ていると、数人の兵士がそこへ駆けつけた。


「動くな!! 王国には手出しをさせんぞ!!」


 兵士達はサオに剣を構えたが、すぐにサオが人間であることに気付いた。


「?? に、人間!? な、なぜ今兇獣きょじゅうと?」


 するとサオは我に返り、急に何かに気付いたかのように立ち上がり走り出した。


「あ! お、おい!! 君!!」


(ティグ!! ティグ!!)


 サオは自分の家へと猛然と走った、そして家へ到着すると扉に手を掛けた。


「!!??」


 家には鍵が掛かっていた、サオは何も持たずに飛び出していた為、鍵を持っていなかった。


「ティグー!! ティグー!! 母さんよ!! 開けて!!」


 サオは扉を叩き叫んだが、中には何の反応もなかった。


 するとサオは近くに転がっていた石を拾い、窓をたたき割り、窓から家の中へと入った。


「ティグ!! ティグ!!」


 家中を探し回るも、 ティグの姿は無かった。


「ティグ……そんな……どこに……?」


 サオはその場に力無く座り込み考えた。


「はっ!! まさか!?」


 その時何かを思い、家を飛び出した。


(ティグ!! ティグ!!)


 サオが向かったのはガルイードの大門であった、しかし大門には門番が立ちはだかり、サオを止めた。


「おい! 待て!! 止まれ! 止まるんだ! なんだお前、裸足じゃないか!?」


「止めないで!! 行かせてください!! お願いします!!」


「駄目だ!! 最近、城の周りの兇獣きょじゅうが増えている!! 今出て行ったら、たちまち兇獣きょじゅうの餌食になるぞ!!」


「息子が!! 息子が私を探して出て行ったんです!! 探さなきゃ!! お願いします!! 行かせてください!!」


「駄目だ! どんな理由だろうと! 今、王国からは国民を外に出さないようにと命が出てる! 出すわけにはいかん!」


 サオと門番が押し問答していると、そこに十数人の兵士を連れた一人の男が現れた。


「あ、クラル大臣!?」


「え?」


 門番は背筋を伸ばし、敬礼した。


「サオ・ミナルクさん……ですね?」


「ど、どうして私の名を……?」


「あなただけではありませんよ、息子のティグ・ミナルク、そして……その父親である、アンジ・シミーザー」


「!!??」


「あなた達親子は、なにかといわくつきでねぇ……」


「い、いわく……?」


 十年前のあの一件以来、忽然と姿を消したアンジ・シミーザー……そして、数日前から同じく姿を消した、息子のティグ・ミナルク……」


「そして今、兇獣きょじゅうと共に忽然と現れたお前……」


「!!??」


 急にクラル大臣の目つきが変わった。


「お前には色々と聞きたいことがある、一緒に来てもらおうか 」


「そ、そんな!! 待ってください!! 私は兇獣きょじゅうに捕まっていただけなんです!!」


「ならなぜ無事に帰ってこれた?」


「そ、それは……」


「詳しい話は城で聞かせてもらおう、おい!  捕らえろ」


「はっ!」


 数人の兵士がサオを取り押さえた。


「待ってください!! 息子を!! ティグを探しに行かないと!!」


「ええい!! おとなしくしろ!!」


「ティグ!! ティグー!!」


 サオは国衛軍によって捕らわれた。




 ―― ガルイード王国訓練場


 他の兵士が訓練を終える中、フィルは一心不乱に一人でサガネを振っていた。


「ふっ! ふっ! ふっ!」


 そこへサルバが現れた。


「サルバ隊長……」


「相変わらず、熱心だな……」


 フィルはサルバを見ると俯いた。


「……どうした……?」


「サルバ隊長……国衛軍は……人間は……兇獣きょじゅうに勝てるのでしょうか……?」


 サルバはその場にゆっくりと腰をおろした。


「どうして? そう、思ったんだ?」


「今日……昼間現れた兇獣きょじゅう……とんでもないオームを感じた……」


「……そうだな」


「恐らく……隊長のアークよりも数段上をいっている……」


「……ああ……」


「あんな奴が親玉だなんて……せめて……せめてもっと近いところにいるのかと……手を伸ばせば届きうるものだと……しかし……あの兇獣きょじゅうは……そんな次元にはいない……」


「…………」


「これじゃあ、いくら手下の兇獣きょじゅうを倒したところで、あいつがいる限り……人間は一生あいつの陰に怯えながら暮らしていかなければならない……あんな奴……倒せっこない……」


「そうか……」


「そ、そうかって! 隊長はどう考えているんですか!? 隊長も見たでしょう!? 今日現れた兇獣きょじゅうを!!」


「あいつは……親玉ではないよ……」


「え?」


兇獣きょじゅうの親玉は、あいつじゃない……」


「な、なんだって……? あ、あいつより上が……? そ、そんな!!」


 フィルは驚愕していた。


「十年前、お前の父親、メダイ隊長が倒された時、私はその男と会っている……当時はまだ奴は少年だったが、今はもう青年くらいにはなっているだろう……お前とそんなに年も変わらない……」


「な、なんだって……?! お、俺と変わらない年!? い、一体何者なんです!? そいつは!?」


「わからない……人間ではない、突如現れた未知の生物……としか言いようがない……」


「なっ……?」


「名は、テツ……この世を統べる、大兇帝だいきょうていとなる男だと……」


「だ、大兇帝だいきょうてい……?」


 サルバは立ち上がり、 サガネを一つ手にした。


「当時……私は彼の力を前に、恐ろしくてね……恐ろしくて……恐ろしくて……あまつさえ、みんなを置いて自分だけ逃げだしたよ……」


 サルバはフィルの方を振り向き、両手を広げて笑った。


「笑っちゃうだろ!? 今でこそ、国衛軍最強の隊長だなんてもてはやされているけど、なんっっっにも出来ずにみんなを置いて逃げ出した、ただの臆病者だったんだからなあ!!」


「た、隊長……?」


「当時のみんなが今の俺を見たら笑っちゃうよ……みんな……その時に死んでしまったがね……」


 フィルは掛ける言葉もなく、話を聞いた。


「俺は後悔したよ……何年も何年も……なんであの時、逃げ出さずにみんなと戦って死ななかったんだって……」


 サルバはサガネを持ち上げ強く握った。


「だけど、だけど今は後悔していない!! あの時、逃げ出せたから今があるんだ!! 逃げ出す事は恥じかもしれんが、負けではない!! 問題なのは最後の最後まで、あきらめないという心を持つことだ!! その心は必ず継承され、実を結ぶ!! たとへ俺が倒せなくとも、人間があきらめない心を持ち続けている限り!! 人間は……人間は絶対に負けない!! いつか必ず、かならず奴を倒す男が現れる!!」


 サルバはサガネを強く降ろすと、フィルをやさしく見た。


「俺にとって……お前もその中の一人なんだ……」


「サルバ隊長……」


 サルバはフィルに近づき、肩に手を置いた。


「人間だからな……弱気になる時もある……だけど、どんなに弱気になって、逃げだして、後悔しても……こうして前を向いて頑張ってる男もいるんだ……あきらめない心だけは持ち続けて欲しい……」


「あきらめない……心……」


 サルバはフィルの背中を叩いた。


「お前は根詰め過ぎるところがある、真面目なのは良い事だが、たまには息抜きも必要だぞ!」


「ええ……」


「お前もいい年だし、好きな子だっているんだろう? たまには誘って羽を伸ばしてこい!」


「そ、そんなのいませんよ!」


「お、そうか? 若いのにもったいない、じゃあ、たまには俺と飲みにでも行くか!?」


「たまには、たまにはって……」


「ははは、いいじゃないか、たまにはは必要だぞ! じゃあ先に外行ってるから、早く着替えて来い」


「は、はい……」


 そう言うとサルバは訓練所を出て行った、フィルはそんなサルバの背中を見ていた。


「あきらめない心……か……」

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