第15話【無力】

「死んだら死んだでもう構いやしねえ!!」


 クーラケルは小石を弾く指に力を込めた。


「!!??」


 その時、数人の兵士がその場に駆け付けた。


兇獣きょじゅうがいたぞ!! あそこだ!!」


「チイッ!!」


 クラーケルは小石を弾こうとする指の力を解いた。


(目的はあの女だ……折角目の前にいるってのに、奴らとやり合うのは得策じゃねえ……)


「おい! バルニルド! あの兵士達を止めろ!!」


 バルニルドは兵士の方へと歩を進め、そしてクラーケルは右拳に力を込めた、すると黒い、いばらの様なオームが拳の周りを覆った。


「カアッ!」


 クラーケルはサオに向けいばらのオームを放った、するといばらのオームはサオへと延び、サオの身体に巻き付いた。


「あああっ!!」


「母さん!!」


 クラーケルが右手を引くと、サオは上空に高く持ち上げられ、クラーケルの元へと引き寄せられていった。


「ティグ!!」


「母さん!!」


「クエーッヘッヘ!! 女は手に入れたぞ! おい! バルニルド! ワラミル! もういい! 引くぞ!!」


「待て!! 母さんを返せ!!」


 ティグは立ち上がり、クラーケルを追った。


「ケヒャーッハッハ!! 空も飛べない無能な人間が何をほざいていやがる!! 悔しかったらここまで来てみやがれ!」


「うをおおおお!!」


 ティグは強く地面を蹴り高く飛んだ、しかし高さが全然足らず、サオには届かなかった。


「ケヒャーッハッハ!! それみたことか!! 所詮は人間よ!! あわれだなあ!!」


「うおあああああ!!」


「!!??」


 その時、ティグはまた剣にアークを込め、いばらのオームに向け放った。


「なっ! に!?」


 ティグの放ったアークはクラーケルのオームを切り裂き、サオは地面へと落下した、ティグはサオを受け取ろうと手を伸ばした。


「母さん!!」


 ティグがサオを掴もうとしたその瞬間。


 下から無数の石がティグへと飛んできた。


「うががあああ!!」


 ワラミルであった、ワラミルがティグへと向け、石を飛ばしたのであった。


「ケヘッ! あの野郎! 役に立たねえと思っていたが、やるじゃねえか!!」


 クラーケルは再度いばらのオームをサオに伸ばし捕まえた、そしてティグは顔から地面へと落ちた。


「あぐああ!!」


「ケッケッケ!! 今日の目的はこの女だがら引き上げてやる!! だがてめえにはこの左腕の借りがある!! その顔覚えたからなあ!! 覚悟しておけ!! 絶対に殺しに来てやる!!」


「ぐっ! か! 母さん!!」


「ティグーー!!」


 そう言うとクラーケルは空の彼方へと高笑いをしながら消えて行った。


「母さーーーーん!!!!」


 ティグの叫び声が虚しく響いた。




 ―― 国内東部


「はあはあ……」


 一方、ガルトと戦っていたフィルは、体中に深くはないが無数の傷を負っていた。


「ヘッヘッヘ、大分動きが鈍くなってきたんじゃないか? そろそろお前のその美味そうな身体、食わせてくれよ」


「ふんっ、調子に乗るな、この王国を傷つけないよう加減してやっていただけだ」


「グヘァアアーーハッハー! 苦しまみれにデタラメこきやがって!! 人間てのは馬鹿で哀れな生き物だなあ!!」


「ふんっ……なら見せてやる……」


 フィルはそう言い、構えると集中した。


「はあああ……」


 するとフィルの全身からアークの光が輝きだした。


「ムッ?!」


 ガルドは身を深くかがめ、戦闘態勢を取った。


 その時、ガルドは何かを察知した。


「チイッ! くそっ! クラーケルの奴に持っていかれたか!?」


「なに!? 何を言っている!?」


 ガルドは戦闘態勢を解いた。


「おい、今日のところはここまでだ、だがお前は必ず俺が食ってやる、覚悟しておけよ」


「なに!? 待て!!  逃げるのか!?」


「ケッケッケ!! そう焦るな!! またすぐ会えるさ」


 そういうとガルドは姿を消した。


「……ちっ!」


 フィルは苦虫を噛み潰したような表情で剣を鞘に納めた。


 この兇獣きょじゅうの襲撃で、今回ガルイード王国は多くの負傷者と死者を出し、改めて今後の兇獣きょじゅうへの対応を見直さざるを得ない結果となった。




 ―― ガルイード王国診療所


 兇獣きょじゅう襲撃の後、意識を失っていたティグは、ガルイードの診療所へ運ばれ手当てを受けていた。


「う、うう……はっ!! 母さん!!」


 ティグは目を覚ますと、勢いよく身体を起こした。


「え……? こ、ここは……?」


 ティグが辺りを見回すと、そこには複数のベッドに負傷した人々が横になっており、その中にはハナとコイルの姿もあった。


「ハナ、コイル……ぐっ……くそ……くそぉぉ……」


 ティグは眠っているハナとコイルを見て、助けになれなかった自分に悔しさを感じていた。


「ふんっ、貴様、また性懲りもなく兇獣きょじゅうと戦ったのか」


「!? フィル!!」


「そんな無謀な事をぜず、とっとと仲間を連れて逃げればよかったものを……貴様のその傲慢な考えのせいで、仲間とやらもその様だ……」


「くつ!! ……!?」


 ティグがフィルを見ると、腕には包帯が巻かれていたり、顔に切り傷が付いていたりと、戦闘の形跡が見て取れた。


(あ、あいつも随分と怪我をしている……や、やっぱり、今回の兇獣きょじゅうは今までの兇獣きょじゅうとはレベルが違ったんだ……)


「いい加減その浅はかな考えを改めんと、いずれ本当に大切な仲間を殺すことになるぞ……」


 そう言うとフィルは診療所を出て行った。


「くそう……」


 その時、ハナが目を覚ました。


「う、ううぅ……」


「ハナ!?」


「ティ……ティグ……!! おばさんは!? あばさんはどこに!?」


 ティグは俯いた。


「そ、そんな……ま、まさか……」


「母さんは……母さんは奴らに連れて行かれた……」


「え?  つ、連れて行かれた……?」


 その時、ハナはクラーケルがサオに用があると言っていたのを思い出した。


「確かに……奴ら、おばさんに用があるって言っていた……」


 それを聞いたティグはハナに詰め寄った。


「なぜ!? なぜあいつらは母さんを!?」


「ティグ、落ち着いて、理由はわからないわ、だけどあいつら、おばさんに用があるって言っていたわ……」


 ハナは少し考えた。


「前に来た兇獣きょじゅうは、私たちをスカールって奴の貢物として、さらおうとした……でも今回のクラーケルってやつは、用があるって言っていた……」


「あ、ああ……」


 ティグはハナの話を食い入るように聞いた。


「なら……もしかしたら、その用っていうのが終わらない限り、殺されたり食べられたりすることはないのかも……」


「!! なら早く助けに行かなくちゃ!!」


 ティグは勢いよく、ベッドから飛び降りた。


「ティグ!?」


「うぐあ!!」


 ティグはダメージが完全には回復しておらず、その場に腰を落とした。


「馬鹿!! こんな身体でどうしようっていうのよ!? だいたい、やつらのアジトもわからないのに、どうやって探すつもりなのよ!?」


「うぐ……外にいる兇獣きょじゅうを捕まえて! スカールってやつかクラーケルがどこにいるか聞きだす!!」


「そんなの無理に決まってるじゃない!! あれだけコテンパンにされたのに、まだ分からないの!? 今、あんたが行ったって!! みすみす殺されに行くようなものよ!!」


「だからって放っておけるかあ!! いつその用が終わって殺されるかもわからないんだぞ!!」


 診療所は静まり返った。


「……お願い、落ち着いて……ここは一旦、国衛軍に事情を話して、国衛軍に任せましょう……あんたはまずはその身体を治す事を考えて……」


 ハナは真剣な目で、真っすぐティグの目を見て、冷静に話し始めた。


兇獣きょじゅうの強さは痛いほどわかったでしょう……? 気持ちだけじゃどうしようもない現実があるの……今のあんたが闇雲に外に出たって、たちまち兇獣きょじゅうに殺されるだけよ……気持ちはわかるけど、あんたが今無理をして兇獣きょじゅうに殺されでもしたら、おばさんが生きて帰ってきた時に、どれだけ悲しむと思っているの!?」


「けど!! だけど!! ぐっぐうう……」


 ティグは床を強く叩いた。


「くそうっ!! なんで!! なんで俺はこんなに弱いんだ!! ちきしょう!! ううぅぅ……」


「ティグ……」


 ハナはしばらくの間、うなだれるティグの背中をさすり続けた。

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