第11話【決意】

 ―― ガルイード王国


 サオは夕飯を作り、食卓に並べていた。


「よしと……」


 そしてティグの部屋の方を見ると声を出した。


「ティグー! 夕ご飯出来わたよー!」


 サオがそう呼びかけると少し間を置き、部屋の中から力の無いティグの返事が聞こえてきた。


「うん……いまいく……」


 サオはそれを聞くと暫く待ったが、 ティグが部屋を出てくる気配は一向に無かった。


「ふぅ……」


 サオはため息をつくと椅子に腰を掛け、作った夕飯を一口食べた。


「こんなに美味しく出来たのになぁ……」


 部屋の奥ではティグが窓から外を眺め、この数日で起きたことを思い出していた。

  



 ―― サルバ ――


「君は……兵隊には向いてない、国衛軍に入るのは諦めて他の道を探すんだ」


「駄目だ、国衛軍になる事は他の誰が認めようとも、この私が許さない……」



 ――フィル ――


「さっさと諦めて漁師でも農民でも、他の道を探せばいいんだ!」


「貴様なんぞが兵隊になるなんて一千年早いんだよ!!」


 ――ハナ ――


「わたしは!! 兇獣きょじゅうと殺し合いをしたいから強くなりたいんじゃない!!」


「死に急がないで……焦らなくたっていいじゃない……少しずつだっていいじゃない……一緒に、強くなっていこう…」



 ――サオ ――


「あなたが守りたいと思う人もまた、あなたを守りたいと思っているという事を、忘れないで」


「あなたはお父さんの子供だから、きっと正しい道を進んでくれると信じてる……」




 ――――


「はぁ……」


 ティグは大きくため息を吐いた。




 ――翌日


 学校にティグの姿は無かった。


「コイル!」


「あ、ハナ」


「ティグは? 休み?」


「うん……今日から学校も無事再開したっていうのに……」


「そう……まあ、今日終わったらいつもの練習場所に行ってみましょう、もしかしたらそっちには来てるかもしれないし」


「うん、そうだね」




 ―― 放課後


「やっぱりこないなぁ……」


「……そうね」


 コイルはその場に寝転んだ。


「実際さ、だいぶ焦ってるんだと思うんだよね……」


「焦ってる……?」


「だってさ、あいつ剣に関しては学校に来たところで正直意味ないじゃん、もうあんだけ強いんだし、だけど実際訓練兵ですらあと三年、兵士になんてあと六年は経たないとなれないわけだろ?」


「そうね……」


「学校の訓練じゃたかが知れてるし、軍に入ってもっと本格的な訓練や、強い人たちとの相手をバンバンやって、どんどん強くなりたいと思ってると思うんだよな……」


「…………」


「そんな想いであと六年も過ごすんだぜ? 焦るなってのが無理だよな……その間にもあの感じの悪い奴、フィルって 言ったっけ? あいつは選りすぐりの兵士達と一緒に訓練して、どんどん強くなっていくんだろ? 今でさえ随分差があるってのに、この六年でどんだけ差が付く事やら……」


 ハナは思案顔で俯いていた。


「んでもって実際六年後に兵士になれるかってのも怪しいんだろ? 現に断られてるわけだし、いや、そりゃ焦るよ……でも……かといって俺がなにかしてやれるわけでもねーし……どうしたもんか……」


「…………」

(ティグ……)


 ハナはティグを想い空を見上げた。


 一方、ティグも別の場所で横になっていた。


「…………」


 空では二匹の鳥が自由に飛び回り、ティグはそれをぼんやりと眺めていた。


「はぁ……」


 深くため息を吐くと、ティグは目を閉じた。しかし、目を閉じるとまた、いろんな人の声が聞こえてきた。


 ティグは目を開け、現実から離れるように、ぼんやりと、飛び回る鳥を見続けた。


 すると二羽の鳥は、進路を変え、王国の門の外へと飛び立っていった。


「…………」


 ティグはそれを見ると急に何かを思い、その場から立ち上がった、そしてなにか決意に満ちた目をすると、その場から走り出した。




 ―― 翌日


「ハナ!」


「コイル、どうしたの? そんなに慌てて」


「昨日、ティグから伝言が届いて、今日の学校終わりにいつもの場所にハナと来てくれって……」


「え? ティグから? ……わかった、じゃあ終わったらすぐ向かいましょう!」


「ああ!!」



 ―― 放課後


「ティグ!!」


 コイルとハナがいつもの場所に向かうと、そこにはティグが立っていた。


「コイル、ハナ」


「ティグ……どうしたんだよ、 昨日も今日も学校に来ないで、心配したんだぞ……」


「支度してた……」


「支度……? 支度ってなんの……?」


 ティグは少し歩くと空を見上げた。


「ティグ?」


 ハナはそんなティグを不安げな顔で見ていた。


 そしてティグは口を開いた。


「俺、王国を出る!」


「え!?」


「えええ!?」


 二人は驚き、一瞬言葉を失った。


「え? え? 王国を出るって、なんで急に? てかどこに行くんだよ!?」


「他の王国」


「他の王国!? なんだっていったい!?」


「俺……思ったんだ、この王国にいたら最低あと六年は大した訓練も出来ないし、六年経ったってあの感じじゃ軍に入れさせてももらえない」


「ん、ま、まあ……」


「だったらこの王国にこだわらなくってもいいんじゃないかって、他の王国なら制度だって違うと思うし、もしかしたら俺の年でも兵士になれるような国があるんじゃないかと思うんだよ!」


「ティグ……」


「そもそもこの王国は基本的には兇獣きょうじゅうが襲ってこない分、兵士の育成が緩いんじゃないかって思ったんだよ、他の王国は今なお兇獣きょうじゅうの襲撃を受けているんだ、兵士の育成だって、きっとこの王国より早く考えているだろうし、なにより実践向きだと思う」


「た、たしかに……」


「それにこの王国にいて、この王国の制度で訓練してたんじゃ、いつまでたってもあいつには追い付けない、あいつに勝つことが全てじゃないけど、少なくとも、今の目標ではあるんだ……悔しいけど……」


「…………」


「だからこの王国を出て、今兇獣きょうじゅうと戦っている王国で、実践を積んで強くなりたいんだ!!」


「ティグ……」


 コイルはティグの熱意とその具体的な案に返す言葉もなかった。


 そしてそれを聞いたハナも、なにか決意を決めた様な目をし、口を開いた。


「いいわ、行ってきなさいよ」


「ハ、ハナ!?」


 コイルはハナの言葉に驚いた。


「い、いいのかよ止めなくて!? この王国を出るなんて危険だぜ!? ゆっくりでもいいから、この王国で 安全に強くなった方がいいって!!」


「いいじゃない、どうせ言ったって聞かないし、だいたい、この王国だって安全だなんて言いきれないじゃない、現にこないだ兇獣きょうじゅうの襲撃にあったわけだし」


「そ、そうだけど……」


「ただし、ちゃんと期限は決めて、行ったら行きっぱなしは許さないわ!」


 ハナは真剣な目をしてティグに言った、それを聞くとティグも真剣な目で見返した。


「ああ、俺もそのつもりだ、とりあえず一年を目途に行ってこようと思ってる」


「い、一年……」


 コイルは悲し気な表情を見せた。


「だ、だけど、他の王国ってどこの……? どこにあるのかも分かんねーよ? お前当てあんのかよ?」


「いや……それが全然……ははは……」


「なんだよそれ!? 当てもなくとりあえず王国を出るって!? そりゃ無謀だろ! 外には兇獣きょうじゅうだってウロウロしてんだぞ、せめて行きたい王国まで一直線で行けないと!」


「そりゃまあ、わかるんだけどさ……実際わかんないんだし、しょうがないって」


「しょうがないってお前……それじゃあよその王国にたどり着く前に兇獣きょうじゅうに食われちまうよ!!」


「なんだよ、コイルまであいつみてーな事言うなよ! やってみないとわかんないだろ!」


「いや、俺はお前を心配して!」


 その時、黙って聞いていたハナが口を開いた。


「大丈夫よ!」


「え?」


「ハナ?」


「私の父は兵士よ、前に一度、他の王国へ応援に行く時に、この大陸の地図を持っていたのを見たことがあるわ、その地図があれば、他の王国に迷わず行けるはず!」


「本当か!? 助かる! ありがとうハナ!!」


「ハナ……本当にいいのかよ? そんなの渡したらティグの奴マジで行っちまうぜ」


「仕方ないわよ、言い出したら聞かないんだし、むしろ無鉄砲に出て行かれるよりよっぽどいいわよ」


「それはまあ……確かに……」


 コイルは少し考えた。


「ええい!! もうやけだ!! こうなったら俺も腹決めて応援してやるか!! そのかわり、うんと強くなってこないと承知しないからな!」


「コイル……ありがとう!  絶対! 絶対に強くなってくる!!」


 そんな二人を見て、ハナは少し寂し気ながらも微笑んだ。


「それで、いつ出発するの?」


「ああ、今夜にでも!」


「今夜!? また急なぁ……まあ、おまえらしいか……」


「だろ、それで二人に頼みがあるんだ……」


「なんだよ? もうなんでもこいよ!」


「今回の事……母さんには黙って行こうと思ってるんだ……」


「え……?  許可貰ってんじゃねえの?」


 ハナがコイルの腹を肘で突いた。


「馬鹿……んな訳ないじゃない」


「母さんはそもそも兵士になることすらも賛成はしていないし……そんな中で、よその王国で兵士になるなんて言ったら絶対に反対される……」


「まあ……そうだろうな……」


「だから、母さんには手紙だけ書いて出て行こうと思ってる、卑怯なやり方かもしれないけど……」


「うん……」


 三人は暫く黙り俯いた。


「だから! 二人には俺がいない間、母さんを、母さんを気にしてあげて欲しいんだ、勝手なお願いかもしれないけど、頼めるのはコイルとハナしか考えられなかったから……」


「ティグ……」


 コイルがティグの肩を叩いた。


「ようし! お前の母さんは俺とハナに任せろ!! サオさんには昔っから世話になってるし! 毎日でも通って 飯でも食わしてもらうか! サオさんの作る料理は美味いからな! 兇獣きょうじゅうが攻めてきたって! 俺がすぐ駆け付けて、城まで避難させてやるよ!」


「コイル……」


「そうよ! こっちの事は私たちに任せて、あんたはただ強くなることだけ考えなさい、あんた馬鹿なんだから、 いっぺんにいろいろ考えたって、どうせ空回りしてロクなことにならないわ!」


「ハナ……ありがとう、本当にありがとう、二人とも! 俺、絶対に強くなって帰ってくるよ!!」


 三人は夜の出発に合わせて再び集まる約束をし、その場を別れた。

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