第10話【命令】

 ―― スクラシア大陸ゲルレゴン王国


 バジムはゲルレゴン城を訪れ、王室へと向かっていた。


「バジム様! お帰りなさいませ!」


 途中、何体かの兇獣きょじゅうがバジムに敬礼をした。


大兇帝だいきょうてい様はいらっしゃるか?」


「はい! 王室にいらっしゃいます!」


 バジムは王室の前へ着くとゆっくりと扉を開いた。


 するとその奥には、王座に座り頬杖をつきながらスクリアを眺めるテツの姿と、その後ろにたたずむアンジの姿があった。


「やあパジム、久しぶり」


「テツ様、お久しぶりでございます」


 バジムは膝を落とし、 敬礼した。


「毎回毎回そんなかしこまらなくっていいって、どうそっちは? たまにスクリアで様子を見てはいたけど、順調?」


「はい、ゼラル大陸のほぼ全土は制圧いたしました」


「へえ……やったじゃん、しかし十年とは随分かかったね、さすがのバジムもあの広い大陸全土を支配するのは骨が折れたかい?」


「お待たせして大変申し訳ありません……兇獣きょじゅうを増やす事もさることながら、七〜八年ほど前から人間のなかにも手練れが増え始め……」


 それを聞いたアンジが反応した。


「ほう……それは興味深いな」


「一つはガルイード王国の軍……奴ら、各国へと兵を応援に出しては、幾度となく我々の攻落を阻んできました」


「へえ、ガルイードが? いいじゃん、残しておいた甲斐があったね」


「それともう一つ、ヴィルヘルムと名乗る集団が勢力をあげ、至る所で兇獣きょじゅうを抹殺して周っております」


「ヴィルヘルム……? そんな奴らがいるんだ? 強いの?」


「グレイブすらも、追い詰めたと聞いているので、人間の中では破格かと……」


【グレイブ】

火山に生息し、古くから人間に恐れられている、 野獣シードからなる兇獣きょじゅう


 するとアンジがまたも反応した。


「ほう……グレイブを……?」


「はい……」


「アンジ、グレイブって二獣兵にじゅうへいだったよね? たしかスカールのところの?」


「はい、このスクラシア大陸の人間では、三獣兵さんじゅうへいであるバルニルドを倒すのでやっとでしたので、 二獣兵にじゅうへいのグレイブを追い詰めた、となるとかなり期待がもてますね」


「そうか、ヴィルヘルム……俄然興味が湧いてきたね……それでバジムはなにか対応は考えてるの?」


「はっ、ヴィルヘルムに関しましては、多少個々の能力が強かろうが所詮は十数名程度の集団、向こうもこちらを狙っている以上、いずれば相まみえる事になるので、対処はその時でよいかと考えております」


「そうなんだ……? そんな面白そうな集団を放っておくなんてもったいない……」


「ゼラル大陸の制圧がここまで進んだので、私としてはそろそろガルイード攻落の許可をいただきたいと考えております、ガルイードさえ落とせば、ゼラル大陸全土は完全に兇帝軍きょうていぐんの手中となります」


「そっか……」


 テツは暫く考え込んだ。


「いや、やっぱガルイードはもうちょっと待って」


  バジムはそれを聞くと、一瞬いぶかしげな表情をした。


「そうですか……ただ、それではいつまでたってもゼラル大陸の支配は完了しないかと……」


「そうなんだけどさ、まあ……それはそれで考えておくから、もう少し待っててよ」


「……承知いたしました」


「それよりもそのヴィルヘルムだっけ? その集団の隊長捕まえてきてよ、そんなに強いなら兇承獣きょせいじゅうにしよう」


「ヴィルヘルムの、ですか?」


「うん、この大陸の支配はとっくに終わってるんだけどさ、結局この大陸に兇承獣きょせいじゅうにふさわしい生物は存在しなかったんだよ、そのヴィルヘルムってのがそんなに強いなら、兇承獣きょせいじゅうにふさわしいかもしれないからね、弱いと駄目ってアンジがうるさいのよ……」


「……承知いたしました、では部下に命を出し、ヴィルヘルムを捕らえてまいります、生死の方は?」


「一番強い奴だけ連れて来てくれば他は殺していいや、いろいろと話しも聞いてみたいから、 一番強い奴だけ生きたままここへ連れてきて」


「承知いたしました」


 そう言うとバジムは立ち上がり王室を出た、しかし扉を閉め立ち去ろうとしたその時、中でテツとアンジの 話す声が聞こえ、足を止め耳をかたむけた。


「ガルイードか……実際そろそろ考えないとね、アンジどうする?」


「そうですね、ガルイードの今の軍事力も気になるところですし、そろそそ動きを見せても良いかと思いますが」


「そう? でもガルイードってサオがいるよ? いいの?」


「サオ……?」


「そう、サオだよ、ほら、アンジの大切な人」


「大切な人……? 私にとって大切なのは大兇帝だいきょうていであられるテツ様のみですが……?」


「ええ……? アンジ、サオ忘れちゃったの?  あんなに仲良かったのに?」


「申し訳ありませんが、兇承獣きょせいじゅうとなる前の記憶は持ち合わせておりません、その、サオという人間は優れた能力を持っていたのですか?」


「んー……いや、 特に強かったわけじゃないけど…」


「そうですか、では特に気にすることもないのではないかと」


「そっか……でもサオといるアンジ、楽しそうだったけどな、 俺も楽しかったし!」


 するとアンジは少し不可解な表情を見せた。


「人間のような…… 事をおっしゃるんですね……」


「そう? まあ、人間にも面白い人間はいるからね」


 扉の外でそれを聞いていたバジムは、黙ってそこから立ち去った。


「まあでもアンジがそういうなら、またバジムがヴィルヘルムを連れてきた時にでもガルイードは許可を出すか、その時にサオを連れてきてもらえば良いだけだしね」


 アンジは思案顔で黙り込んだ。


「ところでアンジ、新大陸はいつ探しに行くの?」


「……あ、はい、明後日、出立しようかと思います」


「そっか、アンジいなくなるんじゃつまんないなー」


「申し訳ありません……兇獣きょじゅう程度では大陸を渡ることが出来ないので、わたしが行くしか……」


「まあしょうがないよね、新大陸で兇承獣きょせいじゅうに相応しい生物がいればいいけど……いい加減増やしたいし」


「この世界はまだまだ広いですから、きっと見つかります」


「ならいいけどねー」




 ―――ゼラル大陸クラスティック王国


 城へと戻ったバジムは王室へ入るなり、サグアを呼びつけた。


「バジムさま、お帰りなさいませ」


「…………」


「あまり、顔色が優れないようですが……」


「すべての兇獣きょじゅうへ命を出すようにと奴らに伝えろ、即刻ヴィルヘルムを見つけ出し、頭を連れてくるようにと、残りのものは殺しても構わん、頭のみ生け捕りにして連れてくるよう伝えろ」


「ヴィルヘルムを……?  即刻……と言っても奴ら神出鬼没です、中々容易ではないかと……」


「いいから全力で探し見つけ出せ! 大兇帝だいきょうてい様のご命令だ!」


大兇帝だいきょうてい様の!? かしこまりました」


 バジムは苛立ちを隠せない様子で王座へと腰を落とした。


「バジムさま……ではまさかガルイードの件は……」


「……ああ、まだ待つようにと言われた……」


「なんと……ここまで支配が進んでいるというのに一体なぜ……?」


 バジムは少し黙り込んだ後、口を開いた。


「サオ……」


「サオ……?」


大兇帝だいきょうてい様がアンジ殿と話されていた……ガルイードにはサオがいると……恐らく、ガルイード攻落を頑なに拒んでいる理由はそれだろう……」


「でしたらそのサオを始末してしまえば?」


「駄目だ! あの感じ……大兇帝だいきょうてい様とアンジ殿にとって、なにかとても重要な人物のように感じた、下手に殺してしまえば、大兇帝だいきょうていさまの逆鱗に触れることになるやもしれん」


「はあ……たかが人間に……」


「ああ……前々から思っていたが、大兇帝だいきょうてい様はたまに人間のようなことをおっしゃる節がある、なぜだかはわからんがな……とにかく、今は大兇帝だいきょうてい様がああ言っている以上、ガルイードよりもヴィルヘルム を捕らえることを優先するんだ」


「は! かしこまりました」


 サグアはそういうと王室を出て行った、そしてバジムは思案顔で口に手を当てた。


「…………」

(サオとは……一体何者なんだ……?)




 ――― ゼラル大陸南東カーガモゥ


 スカールはゼラル大陸南東にある、 カーガモゥという町を拠点にしていた。


「な!? なにい!? チェダー!! 今の話は本当か!?」


「ま、間違いありません、もう間もなく伝令があるかと……」


「ガ……ガルイード攻落をまだ待てだと……な、なぜだ!? あそこは俺様の城だぞ!!」


 スカールは近くの壁を破壊した。


「ど、どうやら、大兇帝だいきょうてい様からガルイードよりも、ヴィルヘルムを優先するようにと言われたようです」


「うぅぐ……ヴィ、ヴィルヘルム!! だったらとっとともっと兇獣きょじゅうを増やしやがれってんだ!!」


 スカールはさらに壁を破壊した。


「だいたい!! なんだよ大兇帝だいきょうてい様ってよ!! 俺はあったこともねえよ!! なんだってバジム様はそんなやつの言うことを守ってんだ!?」


「そ、それは……」


「くそう……」


「ただ、そのあとバジム様が気になることをおっしゃられていたようで……」


「ああん? 気になる事?」


「はい……どうやら大兇帝だいきょうてい様が頑なにガルイード攻落に許可を出さないのは、ガルイードにいるサオという人物が 関係しているみたいです」


「サオ……? なんだそいつは? 人間か?」


「はい、どうやら大兇帝だいきょうてい様とアンジ様、縁の人物だそうで、恐らくその者がいるのでガルイード攻落を許可しないのかと……」


「なにぃ……」


 するとスカールは不敵な笑みを浮かべた。


「おいチェダー、そのサオって人間……さらってこい」


「はっ? そ、そんなことをしたらどんなお叱りを受けるか?」


「大丈夫だ構うな、そんな大事な人間なら兇獣きょじゅうにしちまえば大兇帝だいきょうてい様だって喜ぶだろう? ガルイード攻落を拒む理由がそいつだってんなら、とっ捕まえて兇獣きょじゅうにして差し出しちまえばいい、そいつさえいなくなりゃあ、いよいよもってあの城は俺様のものになる、グアアーッハッハー!!」


「は、はい、かしこまりました、ではスクラード統獣兵とうじゅうへいに出陣の命を出します」


「いや待て、そんな人間一人さらうのにスクラードに行かせるまでもない、第一あいつはやり過ぎる……」


「で、ではグレイブニ獣兵にじゅうへいに……」


「いや、奴は唯一ヴィルヘルムの連中と対峙し、顔を知る奴だ、奴には引き続きヴィルヘルムを探させる」


「左様ですか……で、ではどの兵を?」


「そうだな、 前に送った四獣兵しじゅうへいはやられたからな、三獣兵さんじゅうへいあたりでいいだろう、あまり派手にやり過ぎるなと伝えろ、さらう前にバジムさまに気付かれては止められるかもしれんからな」


「かしこまりました、では伝令してまいります」


(クックックッ……いよいよだ……あの城はこの兇獣軍郡獣士団長きょじゅうぐんぐんじゅうしだんちょうスカール様のものだ! そして城を手に入れた暁には、俺様は更に……)


 スカールは凶悪な笑みを浮かべた。


「クックックッ……グアアーッハッハー!! グアアーッハッハー!!」


 カーガモゥにスカールの笑い声がこだました。

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