第4話【傷心】

 ―― 訓練場脇個室


 部屋に入ったサルバは、椅子に座り考え込むフィルに話しかけた。


「あの子は家に送り届けたよ」


「……」


「珍しく、随分と熱くなっていたじゃないか……」


「……」


「ただ……いくらなんでもあれは……」


「あいつは!!」


「フィル……」


「あいつは……父さんを殺した裏切り者の息子だ!! あんな奴が国衛軍……? 冗談じゃない!! また父親アンジと同じように兇獣きょじゅうに寝返り、王国民を殺すに決まってる!!」


「……」


 サルバもまた神妙な表情を浮かべていた。


「とにかく……これであの子も兵士になろうなんて気にはもうならないだろう、母親と二人、ひっそりと暮らしていくだろうさ……このことはもう忘れるんだ」


「……はい……」


「お前はあのメダイ隊長の息子だぞ! いずれこの国を背負って立つべき男なんだ! 前を向け! 胸を張れ!」


 サルバはフィルの背中を叩いた。


「サルバさん……サルバさんには本当に感謝してます……父が亡き後、自分をまるで息子の様に接してくれて……剣術や勉強や……いろんな事を教えてくれた……自分はサルバさんを隊長であり、父親と思ってます!!」


「……」


 サルバは複雑な表情を浮かべいた。


「この国を背負って立つべき人は、自分ではなくサルバさんです!! その為ならなんだってします!! もっともっと強くなって、サルバさんの力になれるように!!」


「フィル、もういい……ありがとう……でもな、私ではないんだよ……」


「サルバさん……?」


「君の父上は素晴らしい隊長だった……まさにこの国の平和を背負って立つ男だった……私も生前、大変お世話になったよ……いろんな事を教わった、私はただそれをお前に教えているに過ぎない、お前の父親はやっぱりメダイ隊長なんだよ……」


「……」


「お前にはそのメダイ隊長の血が流れているんだ、今はまだ若いが、いずれ立派な隊長になる! その時はお前がこの国の兵士達を引っ張って行くんだ! それくらいしてくれないと、私がメダイ隊長にどやされてしまうよ!」


「でも……」


「それに……私にはやらなくてはならない事がある……」


「サルバ隊長……?」


 サルバは外を見上げた。


(そう……あの時、私は弱く未熟だった……その為、メダイ隊長や国王、多くの兵士を犠牲にした。フィルを立派な隊長にするのは言わば罪滅ぼしだ。そしてフィルを立派な隊長にした後は、あの兇獣きょじゅうを……あれから十年、死に物狂いで訓練をした、あの頃の私ではない。メダイ隊長や国王、多くの兵士を殺したあの兇獣きょじゅうを今度こそ……私の命と引き換えに、刺し違えてでも息の根を止めるんだ、あの兇獣きょじゅうさえ倒せば、あとはきっとフィルがこの国を平和に導いてくれる、だから必ずやるんだ、もう死ぬ覚悟は出来ている!! 必ず……あの兇獣きょじゅうを!!)


 サルバの目は固い決意に満ちていた。



 ―― 学校


「あー……であるからしてぇ……」


 コイルはティグが学校に来ていない事を、気になっていた。


(ティグ、今日休みか……? 珍しいな、ティグが休むなんて……なんかあったのかな……? まさか、本当にサルバ隊に入隊して、今日からさっそく訓練とか? ま、まさかね……とにかく今日、学校終わったら家に行ってみるか……)


「あー……であるからしてぇ……」


 そして放課後になり、コイルはティグの家へと走った。


「コイル!」


「あ、ハナ」


「今日ティグ休み? 具合でも悪いって?」


「いや、俺もわからないんだよ、だからこれからティグの家に行ってみようかなって」


「そう……んじゃ私も行くわ」


「ん、ああ、わかった」


 二人は揃ってティグの家へと向かった。

 

 そしてティグの自宅の前へと着くと、コイルは扉を叩いた。


「あら、コイルくん、ハナちゃん、こんにちは」


「おばさんどうも! ティグ、今日学校来なかったんですけど、どうしたんですか? どっか具合でも悪いんですか?」


「うん……それがねぇ……」


「え? なんか重病なんですか……?」


「昨日、サルバさんの所に挨拶に行ったんだけど……怪我をして帰ってきて、それから部屋に閉じこもっちゃって、何も話してくれないの……」


「ええ!? 怪我って、なんで……? そんなに酷いんですか?」


「一応、手当はしたから大丈夫だと思うんだけど……それよりも気持ち的な部分で塞ぎ込んでしまっていて……何度も話を聞こうとしたんだけど、部屋に鍵を掛けたまま、出て来てくれなくなっちゃったの……」


「えぇ……?」


「……」


 するとそれを聞いていたハナは、少し考え口を開いた。


「おばさん! ちょっと上がらせてもらいます!」


 そして勢いよく家の中へと入って行った。


「え? あ、ええ……」


「あ! ちょ! ハナ!?」


 コイルは驚きながらもハナを追った。


「す、すんません、失礼します!」


 ハナはティグの部屋へと真っ直ぐに向かい、扉の前で仁王立ちした。


「ちょっとティグ!! いるんでしょ!! 開けなさいよ!!」


 ハナは激しく扉を叩いた。


「お、おいハナ! やめろって!」


「うるさい!!」


 ハナは静止させようとしたコイルを押し飛ばし、再び扉を叩いた。


「ティグ!! 聞いてんの!? 開けなさいよ!!」


 シーン……。


「な? ハナ、とりあえず、なんか落ち込んでるみたいだし、また日を改めようよ……」


「うー……こら!! 馬鹿ティグ!! 開けなさい!! 何があったかしらないけど、男のクセにウジウジしてんじゃないわよ!! そんなんで兵士になろうなんてちゃんちゃら可笑しいわよ!! 聞いてんの!? ティグ!! あーけーろー!!」


 ハナは扉を叩き続けた。


 その時、扉の向こうから、力の無いティグの声が聞こえた。


「もう兵士目指すのやめる……」


「?!」


「はあ?!」


 コイルが優しく問いかけた。


「お、おいティグ? どうしたってんだよ? 何があった?」


 シーン……。


「…………」


「なあハナ、やっぱり今日はもう出直そう……なんか相当参ってるみたいだし……また気持ちが落ち着いたら話してくれるって……」


「むぅー……」


「ハ、ハナ?」


「いい加減にしろーー!!」


 ハナは扉を蹴り開けた。


「うをおおぉおいっ!! ハナー!?」


 すると部屋の隅には、膝を抱えてうずくまるティグの姿があった。


「ティ! ティグ!!」


 コイルがティグに駆け寄った。


「大丈夫か? 怪我は痛むのか?」


「…………」


「ティグ……」


 その時、ハナがティグの前に仁王立ちした。


「お、おいハナ……あんま無茶な事すんなよ……」


「ふんっ! なによ! 大した怪我じゃないじゃない! そんなんで学校休むなんて軟弱な男ね!」


「ハナぁ……」


 コイルはオロオロしている。


「どうせサルバさんに剣の腕でも見てやるって言われて、コテンパンにされたんでしょ!! そのくらいの事でウジウジしてんじゃないわよ!! あの伝説と謳われたメダイ隊長の右腕だった人よ!! あんたが歯が立たないのなんて当たり前じゃない!!」


「……」


「あー!! もう!! あんた馬鹿なの?! サルバ隊長直々に相手してもらった事自体、光栄な事なのよ!! あんたが大会で優勝したからこそ、実力を認めて相手してくれたって事じゃない!! あんたの歳でそこまでしてもらえるなんてあり得ない事なのよ!! なにも悩む事じゃないじゃないのよ!!」


「そ、そうだよティグ! 凄い事だよ!! ティグの歳では、少なくとも同年代じゃティグはズバ抜けてるよ!! もっと訓練すればいつかサルバ隊長をも、超える剣士になれるよ!!」


「……違う……」


「え……?」


「違うんだ……」


「違うって、何が?」


「俺が負けたのは、サルバ隊長にじゃない……」


「え……? じ、じゃあ誰に?」


「腕章の色から見て、多分入隊したばかりの一新兵……」


「え……?」


「大会で優勝出来たのは、兵士も練習生も参加できない素人だらけの大会だったからだって……俺には兵士の素質なんてないから、諦めて農民でも漁師にでもなれって……」


「一新兵……に?」


「なんにも… 手も足も出せずに……一方的にやられた……」


【ガルイード国衛軍初階級】

一新生 訓練兵 十三才

二新生 訓練兵 十四才

三新生 訓練兵 十五才


入隊

一新兵 十六才

二新兵 十七才

三新兵 十八才


以下昇級制度




 ハナとコイルは黙った。


「…………」


「…………」


「俺には剣の才能なんてなかったんだ……井の中のカエルが、井の中で調子に乗って、その気になってただけなんだ……」


「ティグ……」

(カワズ……って読むんだぞ……)


「頼むよ……もう帰ってくれ……ほっといてくれよ……」


「……ハナ……今日はもう帰ろう、また時間が経てばっておおぉぉい!!」


 ハナはティグの頭を思いっきり叩いた。


「いってえ!! なにすんだい!!」


「カエルのなにが悪いのよ!! 調子に乗ってどう悪いのよ!! 同世代に負けたからなんだってのよ!! 相手が兇獣きょじゅうで殺されちゃったっとか!! 腕一本食べられたとか!! 足がもげたとかならともかく!! この程度の怪我で帰ってこれたのよ!! また頑張って特訓して!! 次は勝てばいいじゃない!! 一回負けたくらいで兵士やめるなんて軟弱な事言ってんじゃないわよ!!」


「うぐぐぅ……で、でもサルバ隊長は俺には素質がないって……」


「なんでサルバ隊長にあんたの素質を決められなきゃなんないのよ!! サルバ隊長がなんだってのよ!! サルバ隊長が強さのすべてじゃないわよ!!」


「お、おい、ハナ……」


「んもう!! ちょっと来なさい!!」


 ハナは強引にティグの腕を掴み、部屋を出た。


「おばさん!! ちょっとティグ借ります!!」


「え? あ、はい」


「と、扉すいません……おーい、待てよー!」


 三人は家の外へと出て行った

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る