第11話 「真帆の策略」
「おや。いらっしゃい、林原くん」
日曜日、橘宅。
俺は橘の父に迎え入れられていた。
「あの……いいんですか?」
「うん?」
俺の言葉をよくわからないという表情で見ている彼に、俺は橘母とのやり取りを掻い摘んで説明する。
すると彼は優しく微笑んでみせる。
「気にしすぎだって。うちのママは真帆の気持ちとかは置いておいて、正しいことだけを言うから、ちょっときつい言い方になっているけど……僕は君が真帆と遊んでくれるのは嬉しいよ」
そう言って、橘父は自室の方へ向かう。そして入れ違いのように二階から真帆が下りてきた。
「あ、林原くん。今日はこっち」
「ん、ああ……」
そうすると、彼女は一階のリビングへと俺を通した。
家族の共用スペースである場所だが、そこにはそれなりのサイズの薄型テレビと、ネットで名前をよく見るゲーム機があり……それに電源がついている。
そして真帆はその直線上にあるソファに腰かけて、隣に座るように指示してきた。
「……え?」
「じゃあ、やろっか」
「いや、は?」
俺は困惑する。
てっきり、昨日は休んだから今日はしっかりやるものだと思っていたが……彼女はゲームのコントローラーを1つ手に取り、もう1つを俺に手渡した。
「あ、言ってなかったね。原稿を返してほしかったら、わたしにゲームで勝って!」
「…………」
呆気に取られながら、俺は彼女からコントローラーを受け取った。
そして画面に表示されている、大量のキャラクターを眺めながら茫然とした。
*
真帆に強いられて開始したゲームは対戦ゲームだった。
ダメージを相手に与えると相手が吹っ飛びやすくなり、相手を画面外へ弾き出せば勝ちになる、と説明を受けた俺は、眉を顰めてテレビを眺めている。
その画面には、真帆のキャラクターが勝ち誇った表情をして立っていた。
「いや、まさかここまで林原くんが弱いとは」
既に5戦目。俺は未だに一度たりとも彼女にダメージを与えることができずにいた。
「……仕方ないだろ。ゲームなんて、スマホで出来るのをちょっと触ったことあるくらいなんだから」
「だろうね。いきなりトリッキーキャラ選ぶんだもん。そのキャラ、慣れてないとただただ自爆して終わるよ?」
「ああ、実感してる」
改めて、俺は自分が無趣味であったことを痛感する。
親がそういうものに興味を示さなかったこともあるが、母が好きなドラマなんかも俺には興味がなかったし、そもそも友禅が何を趣味にしているのかは知らない。酒は飲み歩いているようだが……少なくとも、俺が受け継ぐような趣味はなかった。
そのため、ゲームなんかにはとことん疎い。まざまざと力の差を見せつけられてしまった。
「でも、手は抜かないよ? 勝つまで原稿は絶対に渡さないからね!」
画面上のキャラと同じように勝ち誇った顔をしている真帆は、キャラクター選択画面に移動した。
俺は今、多分怪訝な表情をしている。
「橘、君……何がしたいんだ? そもそも、君が漫画を完成させたいんじゃないのか」
彼女主導で始めていた漫画制作を、彼女自身が停めているという現状に、俺は疑問を呈さざるを得ない。
すると彼女は俺を流し目でちら、と眺めた後に画面へと視線を戻した。
「林原くんはね、わたしに気を遣いすぎ」
そして先程まで使っていたものとは別のキャラクターを選択しながら、俺へ言葉を紡いでいく。
「わたしがずっと、原稿見て考えてたのはね、別に林原くんの絵に足りないものがあるって意味じゃなかったんだ」
「え?」
「わたしが脳内に描いていた漫画が、林原くんの絵に負けてるって思ってたんだ」
彼女の意外な内心の吐露に、俺は動揺する。
てっきり真帆は……俺に失望までとはいかずとも、ガッカリしたという感情を抱いているものだと思っていた。
「わたしの書いている話が、林原くんが描いてる絵の綺麗さについていけてないっていう……うーん、伝わるかな?」
話しながら、第6戦が開始した。
また手も足も出ず、めった打ちだ。
「林原くんもたしかに、漫画って言いう描き方に慣れてないのは伝わるけど、躍起になって林原くんが頑張っちゃっても解消しない悩みだから。言葉が足りてなくてゴメンね」
第7戦目。またも一撃も与えられずに負ける。
「わたしね、あのプロット帳……9つ書くのに2年はかかってるんだ」
連続して、初めて聞く内容の暴露に、俺はただでさえおぼつかないプレイがガタガタになる。
「毎日ノートに向かってたわけじゃなくて、書こうって思った時に書いてただけ。その間はこうしてゲームしたり、スマホいじったり、たまーに勉強したり……別に、それ以外の何もしてないわけじゃなかった」
語りながら、真帆は指を高速で動かしている彼女は、俺の後ろへ回り込んで吹き飛ばしてきた。
「だから林原くんも他のこと色々しながら、楽しめる範囲でやろう? 楽しくない漫画作りするくらいだったら、こうして一緒にゲームしてたいな」
……こうして一方的にやられることが、楽しいとは言い難いということは置いておいて……。
俺は彼女に言われた言葉を、はいそうですかと受け取るわけにはいかない理由がある。
「…………俺は、何も積み重ねが無いんだ」
彼女が娯楽を享受しながらも作品作りをやっていけるのは、これまで漫画を読んできたという下地がある。
「だから、必死になって向き合い続けるしか……どうにかする方法が無いんだ」
俺にあるのは、ただ……絵が描ける。それ以外ないのだから。
「じゃあ、頑張ってわたし倒さないとね?」
それでも真帆は、軽くそう言ってのける。
その態度に少しばかり腹が立ってくる。ゲームの腕も、積み重ねが肝要なのはこの何戦かで完全に理解した。その上でそんな条件を提示されてもできるわけが……。
「あは、大丈夫だよ。そもそも、元がわたしのあの絵だよ? 林原くんの絵でどれだけできなかったことができるようになったか!」
……まあ、彼女なりに俺へリフレッシュしろと言いたいことは、十分伝わった。
しかし、俺の腹の中にはまだ暗い感情が未だに居着いている。
「俺の絵には、価値なんか……」
ああ、また内心が溢れ出る。
「もう! わたしが林原くん誘ったんだよ? わたしの審美眼に文句をつけるつもり?」
妙に自信にあふれた一言だが、その内容にははなはだ疑問が残る。
「……だって、君は絵が下手じゃないか」
「ぐ……ひ、評論家が必ずしも上手である必要なんかないよ!」
「今だ!」
「あっ!」
彼女の動揺の隙を突いて、攻撃を放つ。
それはヒットするが、KOには至らず反撃を食らい、逆にやられてしまった。
「危ない危ない……あは、その手には乗らないよ」
「……乗ってたじゃないか。がっつり」
真帆は毅然とした態度をとろうとしているが、どうやら笑いを堪えている。
俺が鼻でふっ、と笑うと、彼女もそれにつられて席を切ったように笑い出した。
「あはは!」
俺もつられて笑う。
また、久々に笑った気がした。
「お腹空いた! ご飯作らない?」
彼女の提案は、乗ってしまえば原稿をとりもどす時間が延びるだけかもしれない。リミットまで、時間はない。
「――――ああ、そうしようか」
それでも俺は、彼女の提案に乗ってみることにした。
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