第11話 滅びの呪い

「服脱いで、ちょっと胸のとこ見せてみなさい」


 翌朝、ルフスらの部屋を訪ねてきたグルナが真っ先に言った言葉がそれだった。

 戸惑うルフスだったが、グルナは問答無用とばかりに服の裾を掴むと、ためらいもなく引き上げる。それから思いきり顔をしかめた。


「やっぱり……」


 嘆息と共に言われ、ルフスはつい目を逸らす。

 ティランが何事かと覗き込み、眉をひそめる。


「なんやそれ」


 ルフスの胸にあったのは奇妙な形の痣だった。小さな種から双葉の芽が出たような、そんな形をしていた。

 ルフスは目を逸らせたまま、ぼそぼそと言う。


「なんか、あの時多分何かされて、でもその後から痛みとかもなかったし別にそんな大したことじゃ……」

「何言ってんのよ大したことよ! 戻ってくる時なんか妙に胸の辺り気にしてるし、何かあるんだろうなとは思ってたけど、まーあたしもあの時かなり疲れててすぐに確認しなかったから責任あるわけなんだけど、ほんっともー」

「すみません……」

「それで一体なんなんやこれ」


 ティランが不安そうに痣とグルナを交互に見やり、グルナは目を細めて告げる。


「呪いよ。それも強力な」


 ルフスとティランは息を呑む。


「対象を跡形もなく消し去る、滅びの呪い。それもじわじわ時間をかけて殺してやろうって趣味の悪いやつよ」

「解く方法は? というかなんならあんたなら解けるんやないか?」


 ティランがルフスを押しのけて言った。

 昨夜のことは既に聞いていた。どうやら眠っている間に操られていたらしく、ティラン自身に一切の記憶はなかった。

 だが、前回もそして今回も怪異を招いたのは自分だ。

 自分が妙な連中に目をつけられたことで、ルフスが巻き込まれ、そのせいで呪いを受けたのだと思うと、居ても立っても居られなかった。

 掴みかからんばかりの勢いのティランに、しかしグルナは無情にも首を横に振る。


「ごめんなさい……あたしには無理」

「なんでや。呪いを解くのも祓い屋の仕事のうちだったはずやろ!」

「軽いものなら、そりゃあたしでもどうにかできるわよ。でもその子のそれは……」


 グルナは中途半端に言いかけて、口を閉ざす。

 その意図を、聡明なティランは瞬時に理解する。

 原因はまた自分だ。ティランの内に在るという、何かの力。自覚はない。それ故に、狙われやすいのだという。

 今回もその隙をつかれ、力を利用された。

 ルフスに掛けられた呪いが強力なのは、そこにティランの力が加わったせいだ。

 ぎりと奥歯を噛む。怒りのあまり、頭がぐらつく。

 片目の下に皺が刻まれる。

 宥めるように肩を叩かれた。ルフスだった。

 ルフスはグルナに向かって言う。


「今ここでどうにかできなくても、呪いを解く方法自体は、探せばどこかにあるんでしょうか?」

「………神様方か、或いは神に近い存在であれば可能かもしれない」

「神に近い存在っていうのは?」

「そうね……たとえばその力を分け与えられたか、後は神々に仕える人々なんかはそう呼ばれるけど」

「それだったら、おれの村にも巫女様がいたけど……」

「……悪いけど、そんじょそこらの巫女さんじゃその呪いはどうにもならないと思う」


 言われて、ルフスは首を傾げる。


「でも、神様の声を聞くってすごいことじゃないんです? 少なくともふつうの、おれたちのような人間にはできませんよ」

「それはまあそうなんだけど、それって結局あちら側の声を一方的に聞くだけじゃない、あの人たちは基本的に。巫女さん側からの神様へのアクセス権はないわけよ。そうなると巫女さん頼って神様にあんたのことをお願いしてもらうってのもできないわけで」

「そしたらどないせぇ言うんや」


 苛々と、吐き捨てるティランの目を見つめ、グルナは真剣な顔で言った。


「あのね。ルフスの呪いのことも、もちろんそうなんだけど、あんたの力もできるだけ早くどうにかした方がいいと思う。でないとまた昨日みたいに付け込まれて、もっと悪い事態を引き起こす可能性だってある」

「わかっとる、けど……」


 ティランはちらりと横目にルフスを見る。

 巻き込んでしまったことはもちろんのこと、自分の力が使われたというのが何よりきつい。

 できれば呪いを解く手立てを自分が見つけて、どうにかしてやりたいと思うが、自分の力のことも放置するわけにはいかないから、そうすると同時進行する方法を考えなくてはいけなくなる。

 ティランが頭を悩ませていると、隣でルフスが声を上げた。


「そっか、そうだ。なあティラン。おまえが訪ねようとしてるメルクーアの魔法使いに、おれのことも相談してみるってのはどうだろ。ねねグルナさん、どうですか? いい案だと思いません?」


 明るく言われてグルナは目を瞬かせ、その後で小さく唸った。


「そうねえ、あたしは魔法のことはわかんないから、何とも言えないけど……確かにまあ呪術も魔法も術の一種ではあるといえばその通りなんだけどさ」

「いいよ、行ってみる価値はあると思う。ソレイユの王立研究所にいたっていうし、なんかすごい人っぽいだろ。なあ、おれもおまえのことは気になってたとこだし、ちょうどいいや。一緒に行けば二人まとめてどうにかしてもらえるかもしれないぜ?」

「おまえ……」


 ティランはぐっと眉間に皺を寄せる。

 気を使われているのだとわかって、腹立たしさが増す。腹立たしいのは自分自身に対してだ。

 その様子を見ていたグルナが短く息を吐いて言った。


「そうね、それもいいかもしれない。まだ呪いが完全になるまで時間はあるし、あたしも他になにか手だてがないか調べておくわ。もしね、その魔法使いの所に行って、どうにもならなさそうだったらあたしのとこにいらっしゃい。ホオシンってここからずっと東の村にいるから」

「はい、ありがとうございます」


 ルフスはもう一度、ティランの肩を軽く叩く。

 ティランは何も言わず、黙って俯いていた。

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