第12話 ルフス、預かり物をする
グルナと別れ、ルフスとティランは今度は北に向かって街道を進んだ。
目指すメルクーアは、このビルヘンと呼ばれる盆地を抜けた先にある。
空は雲が広がっていて、重い灰色だ。風が冷たく、落葉樹の色鮮やかな葉は地面に落ちている。そろそろ冬も近い。
「ティラン、なあティランって。そんな急いでも今日中にメルクーア行くのは無理だって」
大股で、早足に歩くティランに後ろから追いながら、ルフスが声を投げかける。
ティランは無視して歩を進める。
「てかいっかい休憩しよう、おれ喉乾いたし腹も減った」
「…………」
「なーティラン、ティランってばー」
「………………」
「ティラーン!」
「あ―――! うるっせぇなもうこの食い助! 腹が減ったなら干し肉でもその辺の草でも齧りながら歩いたらええやろうが!」
めげることなく訴え続けるルフスに、とうとうティランが切れた。
ルフスは拗ねたみたいに唇を尖らせる。
「なんでティランが怒ってんだよ。さっきからずっと感じ悪いよ」
「あん?」
「ほらイライラしてる。腹減ってると余計にそうなるんだよ。ほら食えって、リゲルでビスケット買ったんだ。高かったからちょっとだけだけど。チョコレートが挟んであって美味いぜ」
「やめえアホ。ガキやあるまいし」
甘い匂いのする菓子を強引に口の中へ入れようとするルフスの手を払い除け、ティランが怒鳴る。
「おまえはなんでそう能天気なんや!」
「だって気持ちばっかり焦っても仕方ないじゃん」
「だから、危機感足りなさすぎやろ! それか状況を理解してないだけか? その呪いは刻一刻とお前の体を蝕んでいくもんやって、あのうさんくさい女が言うとったやないか!」
ルフスは拒絶されたビスケットを自分の口に放り込み、咀嚼して飲み込んでから、立ち止まってるのをいいことに水筒を取り出し水を飲む。蓋をしようとしたところで、ティランが無言で引ったくる。
ティランは自分でも水を飲むと、ルフスに押し付けるようにして水筒を返してきた。
そうしてまた、無言で歩き始める。その後をルフスがついていく。
「ビスケット食わない?」
「いらん言うとるやろ」
「意地になんなってばー」
朝食べたきりだから、絶対に腹減ってるはずなのに。
またしばらく歩いて行くと、街道の脇に座り込む人の姿を見つけた。旅装ではなく、農業に従事する人のような装いで、老人だった。初め体調でも悪いのかと思ったが、彼の前には十字に組んだ木が地面に立てられているのが見えて、祈りをささげているのだと知れる。
老人がルフス達に気づいて立ち上がる。
会釈して通り過ぎようとすると、老人の方から声を掛けてきた。
歯が抜けていて、不明瞭で、少し聞き取りづらい声だった。
「おまえさん達、旅人かい?」
「あ、はい、どうもこんにちは」
「この方角に向かってるってことは、メルクーアに行く予定かね?」
「そうですけど……」
「ひとつ使いを頼みたいんだがね」
「すみません、実はおれたち急いでて」
ルフスは、露骨に嫌な顔をして口を開きかけたティランの前に出て言う。だが、老人は耳が遠いのかルフスの言葉を聞きもせず、墓に掛けられた鎖を外して差し出してきた。
老人の皺だらけの手の中にあるのは、古い懐中時計だ。
「すまんがこの時計、持ち主の家族へ届けてやってくれんかの?」
「いえ、あのおれたちが目指してるのは街ではなくて、森の方で……」
「この間な、ここでな、一人の男が死んでおったのよ。高齢の男でな。儂よりももう少し上かそこらじゃったかな。そんでその男がよ、大事そうに握りしめていたのがこの時計でな。ほれ、ここにな、息子に見てもらったらメルクーアの有名な職人の名前が彫っておるらしくて。気の毒に、故郷に戻る途中で息絶えたんじゃねぇかと思うてな。さぞ無念だったろうなぁ、そう思うといたたまれなくてな。そういうわけでな、頼んだぞ若いの」
老人はルフスの手を取り時計を握らせると、ゆっくりとした足取りで去って行った。向こうの方に小さな民家が見える。おそらく、そこの住人なのだろうと思う。
ティランが振りむかずに言った。
「このアホ」
「いやだってさ、聞いてくんねぇんだもん……」
「そこ戻しとけ」
「ええー、でも……」
ルフスは手元に視線を落とす。古いあかがね色の懐中時計は色がくすんでしまっていて、錆びもあった。
蓋を開けてみると、針は止まり、時計盤は色褪せている。
「おまえな、まさか寄り道するとか言うなよ。さっきも言うたけど、時間が限られとるんやからな」
「わかってるって。でも魔法使いさんに頼んでさ、上手くいくかもしれないだろ。呪い解いてもらって。そしたら、別に時間とかも気にしなくていいし」
「あのな、上手くいかなかった場合はどうするんや」
きつめの口調で言われて、ルフスはぐっと身を引く。それでも頭を捻って考える。
「でも……それはそれで、また呪い解く方法もおまえの記憶も探さなきゃだろ? また旅するなら食料とか色々買い足さなきゃじゃないか?」
「………勝手にせぇ」
ティランは脱力して言い、横を向く。ルフスは預かった懐中時計を、腰に下げた小さな革袋の中に入れた。
空は相変わらず濃い灰色の雲に覆われている。
見上げながら、雨にならないといいなと考える。
心の中で祈って、ルフスは再びさっさと歩きだしたティランの後を追いかけた。
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