第3話 目指すふたつの場所


 翌朝、二人は街唯一だという医者を訪ねた。

 立派な門構えと二階建ての大きな家の、一階部分が診療所になっていて、ルフスは金の持ち合わせはそれほどないことを正直に伝えたが、壮年の医者は治療できるものかどうかもわからないし、ひとまず診てみようと言ってくれた。

 医者はティランにいくつか質問をし、ティランはそれに答えていった。ティランの受け答えに問題は見られず、医者はそれから彼の額に触れ、何か感じ取ったように息を呑んだ。


「なんだろうな、彼には何か、魔法の気配を感じるよ。記憶が欠落しているのは、それが原因かどうかは判別できないけれど、専門のひとにみてもらったほうがいいかもね」


 医者には多少の魔法の心得があった。

 ティランに掛けられた魔法は複雑で、恐らく古代魔法の類だということだった。古代魔法に通じるものは現代に殆どいない。いるとすれば長命であるエルフか魔族か、後はそれを研究している者だけだ。


「ああでもひょっとしたら、メルクーアに住むという魔法使いなら何かわかるかもしれないな。彼はかつてソレイユ王国の、あの王立研究所で様々な魔法の研究や開発をしていたし、古代魔法にも触れていたというから」


 自分の技術では治せないからと、医者は診察代金を受け取らなかった。

 ルフスとティランは何度も頭を下げ、診療所を後にした。

 広場の木の根元に座って話す。晴れているから陽射しがあって、地面の草が温かい。


「これからどうする? 教えてもらった魔法使いのとこ行ってみるか?」

「そうやな……」


 離れた場所に降り立つ鳥を見つめながら、ティランはぼんやりと返す。

 他に宛てはない。

 そうするほか、ティランに道はない。

 ただ問題がいくつかある。

 旅をするには金が必要だが、ティランは無一文だ。金を手に入れる方法も知らない。

 あと身を守る術がない。昨日のように厄介な連中に絡まれて、せめて逃げることができればいいが、自分にはそれすら難しかった。


「メルクーアって、アドラステアの北だよな……」


 何やら腕を組んで考え込む青年を、ティランはそっと横目に見る。

 この青年はどうだろう。

 今のところ悪意は感じられない。どちらかといえば、お人好しであるように見える。だがまだわからない。見た目だけで判断するのは危険だ。一見優しそうな顔をしていても、胸の内にどんな企てがあるかなどわからない。

 悪いやつっていうのは大抵、にこにこしながら近づいてくる。

 弱っている相手に、そうしてつけこんでくる。

 ならば様子を見るか。

 危なそうだと思ったら、隙をついて逃げ出す。相手は一人だ。昨日は複数だった。

 それにこの男は、ちょっとどんくさそうにも見える。


「まあまあまあ、おれのことは一旦置いといて、ね。それはそうとルフスくん。おまえさんはこの後どこを目指す? 伝説の中に出てくる剣なんて不確かなもん、どうやって探すつもりや?」

「王様が持ってた剣ってなら、普通城の宝物庫じゃないか? アルナイルの王城は、もうなくなってはいるけど、その跡地が残ってるっていうから、そこをまず探してみようかと思ってるけど」

「アルナイルの王城があったのってどこ?」

「ええと」


 ルフスは地図を取り出し広げて、指で一点を指し示す。


「この辺りだな。それで今いるのがここ」


 ルフスの指が左に動く。地図上では距離感が掴みづらいが、一日やそこらで移動できる距離でもなさそうだ。

 医者に教えられた魔法使いがいるというメルクーア。ルフスが先刻、アドラステアの北だと呟いていた。ルフスが目指す王城の跡地よりも上。

 確認する。

 メルクーアの文字。

 ティランは口端を上げ、ルフスの肩に腕を回した。


「そうかそうか、なるほどな。じゃ、途中まで一緒に行く? いいよね、旅は道連れっていうし。おまえさんが行きたいんはここ、そんでおれがその上や。ここでお別れして、おれはそっから北に向かう。どう?」


 ルフスはじっとティランを見つめて、それから頷いた。


「いいぞ。ただ、おれも金に限りがあるからな。あんたにも一肌脱いでもらう」

「へ?」


 ルフスに連れられて来たのは、服屋だった。上から下まで着ていた物をぜんぶ剥ぎ取られ、代わりに旅に向いていそうな軽装と風除けの外套を渡された。


「一肌どころか、追剥ぎやないか。このサギ師」

「あはははは、いい値で売れたぞ。店のおじさんびっくりしてた、縫い目や刺繍が珍しくて、見事だって。はい代金。その服の分だけ差し引いてもらってるからな」


 金貨が目一杯詰まった革袋をひったくるように受け取り、ティランはルフスに険しい目を向ける。

 たかれるだけ、たかってやろうと思っていたのに。


「……おまえさん、案外どんくさくないらしいな」

「なんのことだ?」

「まあええわ、それでどうする? すぐ出発するんか? まさかなんにもないこんな田舎に二日も滞在するなんて言わねぇよなあ?」


 ティランにしてみれば冗談のつもりだったが、ルフスは笑顔のまま、しばらく黙り込んだ。

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