第2話 リュナ
結局、リュナに到着したのは陽が傾き始めた頃のことだった。
街は思っていたとおり、祭りの準備の最中で、多くの人で賑わっていた。
ルフスは店先や、道行く人をつかまえて、ティランのことを尋ねて回ったが、彼のことを知る者は誰一人としておらず、僅かな手掛かりすらつかめなかった。
そのうち辺りが暗くなり、通りを歩く人の姿もまばらになってきて、宿を確保しようということになった。
空いている宿を探して部屋を取り、一息ついたところで腹が減っていることを思い出す。
宿に食堂はないから、外で食べることになり、宿の主人にお勧めの店を教えてもらった。
ちょうど食事時ということで店は満席だった。
外で待っていてくれと言われ、どうするか迷ったが、どこも同じような状況だったので、大人しく店の前に設置された木のベンチに並んで腰掛ける。
ティランは先程から何やら落ち着きがない。
縮こまって、ちらちらとルフスの方を横目に見やりながら言う。
「なあ、今更やけど……おれ、金やこう持ってへんぞ?」
「知ってるよ。いいよ今日の晩飯と宿代くらいどうにかなるし。それより腹減ったなー」
「なんでや?」
ティランの声が急に低くなり、下からじろりと睨みつけるように見上げる。
「なんでそんな親切にする? まさかおまえも何か魂胆があるんやないやろうな……」
「魂胆? あー、さっきの奴らみたいになんかどっかに売ったりとか? ないない。おれそういう伝手とか全くないし。そもそも男って売れんのかな?」
「え、いや、そりゃまあ……」
「そういうのってさ、大体女の人だろ。よく聞くの。昔の話を聞いたことくらいしかないけどさ」
「ああ、まあな。けど物好きがおるんや。それに人間売り買いするのは男だけとは限らんからな」
「え、そうなのか?」
邪気のないルフスの態度に毒気を抜かれて、ティランは頷く。
短く切りそろえられた赤髪の、同色の目をした恐らく同じ年頃の青年。武術でもしていたのだろうか、体つきがしっかりしている。背もでかい。羨ましい。これなら見くびられるようなこともあまりなさそうだ。
それでも顔つきを見ると、まだ少しあどけなさがある。
目の形が丸く、かわいらしい。眉は太めだ。笑うと八重歯が目立って、いたずらっぽい少年のようだと思う。
「けど変だよな」
ルフスが店の壁にもたれかかって呟く。
「ティランは自分のことは名前も覚えてなかったのに、そういう世の中の色んなことは知ってるわけだろ」
「抜け落ちてるとこは他にもあるけど、概ね、な……」
「なんかよっぽど忘れたいことでもあったのかな?」
「はあ?」
「ほら、忘れたくなるほど嫌なことがあったから、忘れたんじゃないか?」
「……ま、そうかもな」
ルフスの見解には一理ある。
だとしたら思い出すべきではないのかもしれない。
思い出すことが恐ろしくなるが、何も覚えていないのもまた不安だ。
「けど、思い出さなきゃあんたは帰るとこもなくて困るわけだし。とりあえず明日、医者に診てもらおっか」
「あ、ああうん……」
店のドアが開き、客が何人か出て行って、呼ばれる。四人掛けのテーブル席に案内され、飲み物と料理をいくつか注文する。
ルフスとは対面の椅子に座って、ティランはふと疑問を口にする。
「そういえば、おまえさんはなんで旅しとるんや? 物見遊山ってわけでもないんやろ」
「ちょっとな、探し物があって」
「探し物って?」
「剣だよ」
「剣?」|
「英雄王の剣」
ティランは僅かに首を傾ける。
確かにさっき、その体格の良さからルフスは武術でもしていたのだろうかとは思ったが、ルフスは今剣を携えていない。だから嗜んでいるとしても、それは体術だと思っていた。
それに英雄王って。
あれ?
何か引っかかる気がする。頭の奥が疼くような痛みを覚える。
「ティラン」
訝しむような、或いは心配してくれているのだろうか、覗き込んでくるルフスの目。
赤の双眸。
瞳孔と虹彩の色は銀だ。
「それも忘れてしまったのか? それとも元々知らないだけか?」
「わからん」
小さく頭を振る。
唾を呑み込んで、乾いた喉を潤す。
ルフスが言う。
「伝説だよ。大昔、この辺り一帯を治めていた王様の。闇を祓い、邪を封印したとされる、
「アルナイル、大国、アルナイル……光の王」
「あ、それそれ。思い出したか?」
ルフスが明るく笑った。大きく開いた口から、八重歯がのぞく。
「その伝説の王様の剣を、なんでおまえさんが探しとるんや? まさか金持ちの道楽とかいうなよ、べつに金持ってるようにも見えんけど」
「それがおれもよくわからないんだけどさ、神託がどうのって言われて……」
「神託?」
「村でさ、この前祭事があって、それでえらい巫女様がなんか月の神様の声を聞いたんだとかで、なんでかおれが選ばれて。おれはただの牛飼いで、剣とかそんなの触ったこともないし、正直それ見つけてどうすんのって感じなんだけど、長からほい旅の資金って金渡されるし、近所の子供たちからは兄ちゃんかっけーってキラキラした目で見られるし。そんでなんか流されるままに?」
「なんやそれ」
大事な役目を与えられながら、全くやる気の感じられない言い草に、ティランは噴き出してしまう。
そこへ両手と腕の上に、器用に皿を乗せた店員がやってきて、料理が置かれ、ルフスは笑いながら続けた。
「でもさ、こうやってのんびり旅してたら、うまいもんもたくさん食えるし、それはそれでいっかって思ってさ。ほらほら冷める前に食おうぜ。取り皿貸して、こっちの方のとってやるから」
「じゃ、おまえさんのも貸せ。こっち側のはおれがとったる」
待たされた分、余計に腹が減っていた二人は話も忘れ、夢中で食べた。
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