第4話 祭りの時間までの過ごし方



「まつり……」


 昨日も泊まった宿の部屋。ぶすくれた顔でティランはベッドに腰かけ、ぼやく。

 部屋は初めから二日間押さえられていたらしい。


「いいだろ、その分の宿代はおれが出すし。リュナの祭り、楽しみにしてたんだ」

「今さらお祭りにはしゃぐ年でもねぇやろ」

「祭りの時にしか出ないっていう料理があってさ。猪をキノコとか野菜とかと、丸々蒸し焼きにして甘酸っぱいソースで食べるっていう」

「食うことしか頭にないんか、おたく。何? 使命感ってやつ? そういう高尚な気持ちとかないの?」

「使命感って言われてもなあ……」


 後ろ頭を掻き、ルフスは同じようにもう一つのベッドに座る。


「大体なんでおれ? って感じだし」

「それよ、ホントそれ。なんで、おまえさんみたいなのが伝説の剣なんてもの探してんの。もっとこう、国随一の剣の使い手みたいな、いわゆる剣聖ってやつ。そういうやつが探し求めるってんならわかるけど」

「だよなー。意味わかんねぇよな。見つけてどうすんのって思うし。とりあえず村に持ち帰るけどさ」

「ふうん、村のお社にでも祀んの?」

「さあ」


 ルフスは言って、肩を竦める。

 ティランは鼻から息を吐き出して、背中の後ろで両手をつく。


「しかし祭りは陽が暮れてからやろ。夜までどないするつもりや」

「うーん、出かけるとか?」

「見て回るようなとこもないやろ。旅支度も済ませた今、買うもんもねぇしな」

「じゃ、」


 ルフスは少しの間考える。


「今のうち寝とく? 祭りは明け方近くまでやるらしいし」

「昼日中から眠れるかよ、赤ん坊やあるまいし」

「ティランの喋り方って変わってるよな」


 唐突に言われて、ティランは一瞬言葉を失う。

 変な顔になる。

 それを見たルフスが続けて言う。


「この辺りじゃ聞いたことのない喋り方だからさ。ティランはずっと遠いところから来たのかな?」

「んなわけあるか、おまえさんと会うたんは、おれが目覚めて一日後のことやぞ」

「そっか、東の方の国の人達はそれこそ黒い髪に黒い目だって聞くから、ティランもそっちの方出身かなって思ったんだけど」

「そりゃあり得る話かもしれんけどな。ここであーだこーだ言うてもただの推測でしかない。やからおれは真相を知るために、はよう先に進みたかったんやけどな」


 棘を含んだ物言いに、気分を害したルフスが鼻に皺を寄せる。


「べつに、あんたがおれに合わせなきゃならない理由はないと思うよ……おれはおれで旅を楽しみたい。あんたが早く出発したいってんなら、そうすりゃいい」

「すまん……ついイライラして。焦りすぎやな、おれ」

「いや、自分が誰かわからない、帰る場所がないって不安だよな。そうなったことはないけど、何となく想像はできるよ。ああ、でもさ。ひとつだけわかってることがある」

「なんや?」


 ティランは腰を浮かして身を乗り出し、ルフスは自信たっぷりに人差し指を立てて言う。


「あんたはきっと、いいとこのお坊ちゃんだってこと」

「ふン? ああ、あの服か?」


 ティランはつまらなさそうに息を吐き、ベッドに座りなおした。

 脇の棚に置かれた本を手に取り、開く。ルフスは構わず喋り続ける。


「もちろんそれもあるけど、たとえば飯の食い方とかさ。きれいっていうか、行儀がいいっていうか」

「ルフスはがっつきすぎなんや。口の中に物を詰め込むな。リスか、頬袋か、越冬でもする気か」

「色んなこと知ってるし、難しい字だって読める。それ、なに?」

「この国の成り立ちとか歴代の王の功績についてとか。いくらなんでもこのくらいはおベンキョーしたやろ」

「ああ、そういえば昔、人形劇で見たな」

「学校とかは?」

「大きな街ならともかく、おれがいたのは辺鄙な田舎の村だからな。それよりも畑の耕し方とか、乳の絞り方とか、そんなことばっか教えられてきたよ」

「そうか……」


 ティランは短く言って、本のページを捲った。

 特に他にすることもなくて、その様子をじっと眺めながらルフスは尋ねる。


「面白いか?」

「いや別に」

「なんか、気になるところがあるとか」

「特にはないな」


 言いながらも、ティランは顔を上げないし、本を閉じようともしない。


「ただ、この中にはおれの知らんことが書かれてある」


 ルフスは棚に並ぶ別の本を手に取ってみた。適当なところで開いてみる。中にはびっしりと文字が詰めて書かれてあって、読める部分と読めない部分があった。

 ルフスはそっと本を閉じると棚の上に戻した。

 それからベッドに背中から倒れ込んで、大の字に寝転がる。


「勉強って大変だよな。おれの村、学校なくてよかったかも」

「まあな、けど自分の好きなことなら勉強かて面白いもんや。それさえ見つけられたら、残りはオマケみたいなもんと思えばええ。その昔見たっていう人形劇はどうやった?」

「どうって?」

「面白かったかどうか」

「ああ、子供だったおれにもわかりやすかったし、今でも覚えてる。騎士がさ、悪いやつばっさばっさやっつけてさ、すげえかっこいーって思って、興奮して帰っておふくろに話したりしたなあ」


 ルフスががばりと起き上がって言い、ティランは笑いながら、そこで初めて視線を上げた。


「そりゃあいい。おまえさんはそうやな、文学とかそっち方面に興味があるのかもしれんな」

「文学かあ……」


 ルフスは呟き、ちらりと棚を一瞥して、それからティランに向き直った。


「なあ、なんかティランが覚えてたらでいいんだけど、面白い話とかなんかないか? できれば、英雄だとか騎士だとかが出てくる話がいいな。祭りまでまだ時間あるんだし、暇つぶしに聞かせてくれよ」

「おい、楽しようとすんな。文字覚えて本読むくらいの努力せえ」


 ティランは思い切り顔をしかめたが、手元の本を閉じると、英雄か騎士なと呟き指先で顎を撫ぜた。

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