11. 熱視線の理由。
暖かい城内と冷えた空気に挟まれて、廊下の窓は酷く結露している。かと思いきや、外は気付けば大雨だった。
雨がガラスを打つ音を聞きながら、ユスティーナとソフィアに温かいミルクティーでも淹れようかとキッチンへ向かう。
道中、住み込みで働く女性の使用人、俗に言うメイドとすれ違った。
執事とメイドと言えども、担当場所が違えば面識はない。新人らしい彼女と言葉を交わしたことはなかったはずだ。……と記憶していたのだが、やけに視線が刺さる。
形式的に会釈して通り過ぎようとしたとき、彼女に「あの!」と声を掛けられた。
自分が引き止められたのか疑いつつ振り向くと、彼女はほうきを握り締めてこちらをじっと見つめている。どうやら自分に用事があるらしい。
次の言葉を待つも顔を赤らめるばかりで無言が続く。
「ええと……どうされましたか? 仕事について何か分からないことがあるのなら質問してくださいね」
痺れを切らして尋ねると、メイドははっとしてほうきを取り落とした。拾う素振りはなく、胸の前であわあわと手を振って言う。
「い、いえ! 何でもないです!」
「なら、良いですが」
ルイは彼女に近付いて取り落としたほうきを拾い、微笑んで手渡した。身長の高いルイを、メイドは熱っぽい瞳で見上げる。
「冷え込んで掃除が大変な季節ですが、気を引き締めて頑張りましょうね。では」
「ひゃい……」
不思議な返事に首を傾げつつ、その場を立ち去る。ほうきを受け取ったメイドは、持ち場の清掃を終えた他のメイドと合流し、きゃあきゃあと黄色い声を上げた。
その声を背中に受けながら、ルイは若干居心地の悪さを感じていた。
エングフェルト家に執事として長く仕えるルイは、セバスチャンらベテランを除くほぼすべての執事、メイドを取り仕切る役割も担っている。それゆえに城内では言うなれば“有名人”であり、一方的に認知されていることも少なくない。
しかし認知のレベルを超えた視線を注がれることがこの頃特に増え、ルイは彼らとの関わり方を未だ掴めずにいる。
なんだろうなあ、あの視線は。
頭を掻いてため息をつくと、いつの間にか隣に並んで歩いていたソフィアが言い切った。
「ルイ、あのメイドに恋されてるわね」
「うわ!」
「うわって何よ」
普段周囲に気を張っているルイがソフィアに気付かなかった。あまりに放心していたということだろう。
「申し訳ございません。ですが、恋、というのは」
「あんなにあからさまなのに気付いてないなんて鈍感すぎる。彼女が可哀想。ルイは執事として結構有能で、背も高いから、元々城の皆から注目されてた」
まあ顔も悪くないし、性格も悪くないし、と小さな声で付け足す。ソフィアに面と向かって褒められるのは初めてで、そう思ってくれていたのかと嬉しくなった。
「それに加えて、夏に二十歳になって、結婚を意識されるようになったでしょ」
「ええ。僕自身は考えていないのですが、結婚を催促されたり、娘はどうだと勧められたりすることがこの一年で増えましたね」
「直接ルイに言うことはないけど、女の子たちもルイのことを結婚相手として意識するようになったってことだからね。そういう目を向けられているんだって自覚はあったほうが良いと思う」
自分に無関係と思っていた“恋”を初めて意識して、思わず顔をこわばらせて頷いた。
ソフィアは、祖母であるミシェルの部屋に続く廊下に着くと、「それじゃ」と軽く手を挙げて離れた。
ミシェルとチェスでもするのだろう。ミシェルは紅茶の茶葉にこだわっていて、自分で紅茶を淹れる。恐らくミシェルはソフィアにも紅茶を淹れるだろうから、彼女にミルクティーを持って行く必要はなくなった。
ベンジャミンと話してからずいぶん時間が経ってしまった。ユスティーナのミルクティーを淹れるため、少し早足でキッチンへ急ぐ。
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