7. アメトリンの瞳。
到着した宝石店は、街並みの中で異彩を放っていた。太陽光を吸収して静かな印象を与える黒い壁、そしてすべての窓に施されたステンドグラス。その静と動の対比が洒落ていて、店内の宝飾品への期待が高まる。
店へ立ち入ると、慌てた様子で店主が駆け寄って来た。白髪の彼自身が身に付けているモノクルにはきらびやかな宝石がたくさん埋め込まれている。
「いらっしゃいませ、レオナルド殿下。お出迎えに上がらず申し訳ございません」
「いや、こちらこそ連絡もせず、すまない」
二人が話している間、ソフィアは店内を見回していた。品数は多くないが選りすぐられた商品がガラスの奥に並べられている。
ステンドグラスを通った光が色を纏って、店内の床を様々に彩る。そっと指を伸ばすと、色を纏った光は遮られ、くっきりと指の影を床に落とす。
影で遊ぶ彼女を横目に、レオナルドが店主とどのようなアクセサリーが良いか話し合う。
「ソフィアさまがお好きな宝石は何でしょう?」
「……シトリン」
「それではシトリンのみを用いたこのようなデザインはいかがでしょう」
「うーん、やっぱり、こちらの宝石も加えてくれないだろうか」
店主が紙にさらりと描いたデザイン画を見て、レオナルドは満足した。僕が彼女に贈りたいアクセサリーはこれだ、と。
奥の工房へと籠り、金属に模様を彫る店主を待つ間、ひとりショーケース内のアクセサリーに釘付けになっているソフィアを眺めていた。まだほとんどアクセサリーを所持していない彼女は、見るものすべてに目を輝かせた。
ネックレスを見て首元をさすったり、指輪を見て手をさすったり。時折鏡に視線を遣るのは着けた自分を想像しているのだろう。
幼い彼女に、アクセサリーへの無邪気な興味が芽生えたのを目の当たりにし、レオナルドは胸がきゅんとする感覚がした。
そっと近寄って声を掛ける。
「それが欲しいのか」
ソフィアはびくりと肩を震わせて振り返り、
「そういうわけではないけれど」
とぶっきらぼうに答えた。これが良い、なんて言って、そんなものを欲しがるのか、と馬鹿にされるのを恐れる気持ちが彼女の言い方に表れていた。
レオナルドは少し淋しさを感じつつも、アクセサリーを注文したことを伝えると、彼女は驚いた。
「えっもう? なんで、どんなものを、どうやって?」
「僕がソフィーにアクセサリーを贈りたかったから。ソフィーに似合うと思うものを。ソフィーがショーケースを見ている間店主と相談して」
すべての質問に的確に答える彼に怪訝な目を向けて、
「……あたしに似合うアクセサリーって、どんなの?」
と尋ねると、レオナルドは顔を背けた。
「もう少し待てば完成品が見られる。気に入らなければ遠慮なく返してくれ」
彼の耳が赤らんでいることに気が付いて、顔を覗き込もうとする。しかし彼は上手く回って顔を見ることは出来ない。
照れてる? そう聞こうとしたとき、店の奥から杖をついた老女が現れた。おぼつかない足取りでこちらに歩み寄り、曲がった腰をぐいと伸ばしてちらと視線を合わせると、途端にその瞳に涙を溜めた。
両手で杖に体重を掛けて腰をさらに曲げ、深く礼をする。
「ああ、レオナルド殿下、ソフィア妃殿下……私が生きている間にお二人が並んでいらっしゃるお姿を拝見出来るとは……」
あまりに慇懃な挨拶を受け、ソフィアは動揺した。思わずレオナルドのほうに視線を彷徨わせると、彼は堂々と老女に手を差し伸べていた。
「お久しぶりです、エミリーさま。最近お手紙をくださらないので心配していましたよ」
エミリーと呼ばれた彼女は、レオナルドの手をしかと掴み、泣き崩れる。
覚えてくださったのですかと繰り返す彼女に、
「当然です。ようやく直接お会い出来ましたね。そんなに泣かないでください。ほら、アクセサリーが出来上がった」
と店の奥を指してみせる。
白い手袋をして小さな箱を持った店主が、丁寧な足取りでレオナルドのそばに寄る。泣き崩れたままのエミリーを見ると、彼までもほろりと泣き始めた。
「母さんは殿下を一度で良いからこの目で見たいとよく言っていました。母さんの心の支えになったのは王族の皆さまの存在そのものです、本当にありがとうございます」
「僕たち王族は、国民の皆さんのためだけに生きています。そう言っていただけると嬉しいですよ」
店主は涙をぐいと袖で拭いて、小箱を開けた。
そこには銀色に輝く腕輪。波や雫を描いた彫刻が施された銀の中心には、黄色と紫色の宝石が散りばめられるようにいくつも埋め込まれている。
ソフィアは目を輝かせて感嘆の声を上げた。
「わあ、まるで……」
「僕の思っていた通りの腕輪です。ありがとうございます」
レオナルドが彼女の言葉を遮って感謝を伝えると、店主とエミリーは見つめ合って嬉しそうに笑った。頬を紅く染めた二人を見ているうち、ソフィアはレオナルドを見る目を変えていた。
彼はソフィアと似ている。王族として威厳を保った振る舞いをするべきであると考えているから。それはすでに知っていた。けれども同時に、彼はユスティーナとも似ている。国民との手紙を介した交流を大切にしているから。
自分の冷たさと、密かに憧れている姉の温かさを併せ持つ彼は、悔しいけれど偉大な王になるのだろうと思った。尊敬の念が募る一方で、彼のことを以前よりも理解出来なくなってしまった。
腕輪を着けて帰りの馬車に乗り込むソフィアたちを、店主とエミリーは揃って見送る。繰り返し礼をする彼らに、ソフィアはレオナルドに
二人きりになった馬車の中で、ソフィアは腕輪を見つめる。レオナルドが頬杖をついて窓の外に視線を遣ったまま、
「腕輪を見たとき、何か言おうとしていたな。どう思った?」
と尋ねた。
ソフィアは自らの腕を胸に大切そうに寄せる。
「……あたしとユナの瞳にそっくりな宝石だと思った」
「ふふ、僕から二つのことを教えておこう。その腕輪に埋め込まれたシトリンとアメシストは、アメトリンという一つの石から出来ている。そしてアメトリンの石言葉は“調和”だ」
再び腕輪に視線を落とすと、ユスティーナがこちらを見ているような気がした。そして一瞬、にこりと笑んだように見えた。
好きな音楽も考え方も違う、どちらかと言えば反りの合わない姉妹だけれど、“調和”出来る日が来るのかな。
ソフィアは姉と調和する日を夢想した。
ドレスの裾をぎゅっと掴みながら、レオナルドのほうを真っ直ぐ見る。
「腕輪、すごく気に入ったわ。ありがとう……ございます」
彼はシトリンのような瞳から逃げるように、鼻を鳴らして顔を背けた。
「ソフィーは僕の妻になる女だ。それくらい身につけているのがマナーってものだよ。アメトリンの知識も常識の範囲内だと僕は思うけどね」
「何よ、その言い方! コーレイン王国の王子と比べたら庶民で、馬鹿で、悪かったわね!」
このときレオナルドの耳や首元が紅くなっていることに、怒り心頭に発していたソフィアは気付かなかった。
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