雨宿り

 アズールを連れて帰ってきた日以来のシリンダールーム。街中のシリンダーズが集まってきて、それぞれ所定の繭に収まる。


 彼らは長い眠りのなかで稲妻が過ぎるのを待つ。見送るウィーザーズやマージナルスにとっては数時間の別れだが、シリンダーズにとっては最悪、今生の別れだ。送る側と送られる側には自然と温度差が生まれ、その温度差を埋めるべくどちらともなく抱き合う。


「……あれ、僕もやっていい?」


 他のシリンダーズとその家族の抱擁を見て、アズールが言った。てっきり断るものだとラズリは思っていて、言われなくともやってやるつもりだった。


 だが、いざ声に出されると、どう抱きしめてやればいいのか分からなくなった。昔はどうしてたんだろうかと思いだそうとし、オフェリアとはどうしていたのか考え、やがて諦めて腰をかがめて両手を広げた。


「……僕はブルーに言ったつもりなんだけど」


 その生意気な発言に、ブルーが小さく吹き出した。

 アズールは、ふぅと短く息をつき、躊躇いがちにラズリの腕の中に収まった。ごく微かに震えていた。出会ったときは怖いもの知らずに見えたのに、とラズリは苦笑しながらブルーも手招く。彼女の手袋に覆われた銀腕がアズールの背を撫で擦り、生身の左手がラズリの腰にまきついた。三人の温度が混ざり、震えが止まった。


「もう大丈夫か?」

「僕はいつでも大丈夫だよ」


 はっきりと言い、アズールが躰を離した。セリーヌやキャロラインと一緒になって、死んだ街から回収されたシリンダーに寝そべる。


 ラズリとブルーが手を振ると、アズールはガラス筒の向こうで小さく頷き、瞼を閉じた。


 地下二層にまで浸透する遠雷の轟に、シリンダーとつながる塔の核たる誘雷針が低く唸った。混沌の力を地下に流し、なお溢れる力で筒の時間を停滞させる――。


「――なんか、懐かしくて泣きそう」


 シリンダールームの外周に据え置かれた簡素な椅子に横並びに座り、ブルーが言った。


 ラズリはだらりと両足を伸ばし、椅子からずり落ちかけながら答える。


「わかる。アズール、ちょっと震えてたろ」

「うん。なんかさぁ……なんか、なんだろね」


 ブルーは少し俯いて、腕を組んだ。本当に泣いたりしてくれんなよ? と、ラズリはポケットをまさぐった。小箱に指が触れた。


「……なに? 煙草とか、クッッッッサイのとか、やめたんじゃなかったの?」

「やめたよ」


 ラズリは小箱を掴むとひとつ深く呼吸をし、ポケットから引きずり出した。

 その小箱にちらりと目をやって、ブルーが口元を隠した。


「……すけべ」

「お互い様だろ」


 手で顔の下半分は隠れていたが、ほんのり赤く染まった耳は隠せていない。


「っていうか、このタイミングで出す? しまってよ、恥ずかしい」

「……この稲妻、二時間は空に居座るぜ?」


 ブルーはそっぽを向いたまま言った。


「……まずシャワーかな。ラズリ、ちょっと汗臭いよ?」

「それもお互い様かな」

「――えっ!?」


 慌てて手の甲を鼻に寄せるブルーに、ラズリはくつくつと笑った。

 叩かれこそしなかったものの、脇腹をつつかれた。

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