稲妻
ラズリは尋ねた。
「……もしかして、借金なんて最初っからなかった?」
「ああ、ない。大人になるうちに忘れたか? 街の商業区は、商取引って文化を忘れないための施設だ。仕事にあぶれる奴をなくすって意味もある」
「……俺はなんのために必死になってたんだろうな」
笑けてきた。言い出しにくかった話題があっさりと消し飛んだ。笑わずにいられなかったし、そんなことに気づけないくらい参っていたのかと、可笑しくてしかたなかった。
「なんのため、か」
ボスボスははっきりと言った。
「間違いなくブルーのためだ。お前は責任を取ろうとして、責任を取った。ただ、他にも責任を負うべきだった人間がいたのに、お前は全員から責任を取り上げちまった。それが俺の失敗だな」
「全員から……?」
「あの失敗はみんなのモンだ。関わったやつ、関わらなかったやつ、全員の責任だ。なのに罰を与えたせいで、お前はみんなから責任を取り上げちまった」
「俺のせいか?」
「ああ。それと、原因をつくった俺と、責任を取りあげられてほっとしたバカどもと……関係ないのは三四三番に住んでないやつくらいだろうな」
ハッハと軽快に笑い声をあげ、ボスボスは椅子を軋ませた。
「その、お前の傲慢に、ブルーは真っ先に気づいた」
「……ブルー?」
「お前の借金の話を聞いて、マチェーテ片手にこの部屋に来た」
あんぐり口を開くラズリに、ボスボスは懐かしそうに頷いてみせる。
「『だったらこんな腕いらない! ここで返す!』だとさ。それが無理なら自分に借金を乗せろといいやがる。こっちの気も知らないで……まぁ、理由をいうわけにもいかないからな、必要なことなんだと一時間もかけて説得したよ。ラズリには話してないか?」
「いや。そんな話は一度もしてくれなかった」
ブルー、あいつ……と、ラズリは苦笑いする。手を引っ張ってやっていたつもりが、気づけば横に並ばれ、追い抜かれ、引っ張られるのはこっちになって。
「……なんでああいう感じになっちゃったかね……」
「それは惚気か? 決まってる。お前に惚れてて、お前に惚れられたかったからだよ」
「……告ったときは本好きでおとなしい……いや、もう違ったかな」
ラズリは吹き出すように笑い、許可は出たということでいいのかと首を振った。ボスボスが苦笑いで首肯するのを見て、ラズリは頷く。
「……そんじゃあ、街をでる準備をしないとな」
「そうしてくれると助かる。こっちもシフトを調整する時間が欲しい。まったく、ブルー・トレインは優秀すぎる。つい頼っちまうし、あてこんで計算しちまう」
ボスボスの自嘲気味な笑みに、ラズリは胸を張って答えた。
「ラッキーナンバー背負ってるからな。組み合わせると――」
「七七七になる数字だろう? 知ってるよ」
ぐるんと椅子を半回転し、ボスボスは机に頬杖をつき、窓の外を見やった。つられてラズリも目をやって、息をついた。
「ボスボス」
ラズリは窓の向こうを睨みながら言った。
「予報表、どうなってる? 稲妻が近づいてる。もうすぐ、くるぞ」
「なんだと?」
ボスボスは弾かれたようにモニターに向き直り、すぐにキーボードを叩いた。
「昨日だした予報だと昼過ぎになってるんだがな」
「ああ、なるほど……俺――や、俺らとみんなのお節介のせいだな」
アズールが来てから増えた仕事量、昨日のの昼間に起きた騒動、夕方から夜にかけての展望台封鎖。すべてが積み重なった結果だ。
予報の精度はウィーザーズの能力が左右する。単純な適性だけでなく、体調や精神状態も重要だ。それに読もうとしたときの空。天候が荒れていれば読み難くく、時間が遅くなればなおのこと難しい。夜間、とくに深夜ともなれば――。
最悪の状況に、ちょっとした偶然が重なる。あのときと、同じだ。
ラズリは空を睨みながらボスボスに言った。
「ボス、ウィーザーズを集めて展望台に。それから街のシリンダーズを――」
「言われんでもやるとこだよ」
ボスボスは机の電話を取って番号を押し始めた。
「まったく、ラズリがいなくなると思うと、今後が不安になってくるな!」
「なるったけ早く行ってくるさ」
「ああ。そうしてくれ」
ラズリが背を向けると、ボスボスはその背に言葉を投げた。
「お前の読みが当たってたら、どのみち今日は出発できんだろ。こっちも何日か準備期間が欲しいし、アズールを説得してくれ」
「そいつは一番の難題だな」
振り向くと、ボスボスは受話器を耳に押し当て、親指を立てていた。
黒服たちと入れ替わりで廊下に出ると、ブルーとアズールは和やかな雰囲気で子どもと話していた。以前サッカーゴールの設置について相談しにきていた子どもだ。
子どもはラズリに気づくと驚いたように席を立ち、ブルーと視線を往復させ、
「……ども」
と、居心地悪そうに小さく頭を上下した。
「よお、なんの相談にきたのか知らねえけど、いまは無理そうだぜ? 稲妻がきてる」
「――えっ? ちょっ!」
子どもより早くブルーが血相を変えた。
「なにそれ!? だって昨日の予報じゃ――」
ラズリは立ち上がろうとするブルーの肩に手を乗せ、座らせた。
「いまボスボスの部屋の窓で読んだ。これからウィーザーズ集めて確認するとさ。腕利きのウィーザーズが間に合ってよかったな。あのまま出発してたら大変だった」
「……それ、本当なのかしら? ってキャロラインが」
やや高い声色で言い、アズールは胡乱げな目つきになった。
「いまさら嘘ついてどうすんだよ。許可とってきたばっかだぞ? 俺は青い空の写真を撮りに行きたい。アズールたちは家に帰りたい。目的は別でも手段は同じだ。協力しよう」
「……なんか、ちょっとフインキ変わったね」
「でもない。ラズリ様は昔っからこんなだ」
ニッと笑って見せると、アズールは退屈そうなジト目を虚空に向けた。
「なぁ、それ、ホントか」
子どもがラズリに呼びかけた。
「稲妻がくるって」
「そうだよ。ちらっと読んだだけだから正確じゃねぇけど……まぁ昼前には――」
ラズリの話を遮るように、塔内のスピーカーがボスボスの警告を運んだ。
稲妻雲が接近中。到着予想は二時間と二五分後、現時点での推定誤差は約三十分――
子どもは口を半開きにしてスピーカーとラズリの顔を見比べ、ブルーに向き直った。
「あの、オレ、行かないと……」
「例の子?」
ニマっと口元を緩めたブルーに、子どもは照れくさそうに頬を掻いた。
「――や、それとはまた違うんだけど……とにかく、行くよ! ありがとう!」
駆けていく少年の背中を見送って、
「ブルー、例の子ってなんだ?」
「好きな子にカッコイイところを見せたがってのさ、ってセリーヌが」
さらりと答えるアズールに、というかその肩にかかるセリーヌにジト目を送り、ブルーが先を継いだ。
「いくら褒めてもらえても自分の得意なものを見せてたんなら、ただその子が優しいだけだよって教えてあげてたんだよ」
なんで言っちゃうかな、と言わんばかりにブルーが憮然と腕を組む。彼女がまだおとなしかったころで、自分がまだガキだったころを思い出しながら、ラズリは言った。
「優しさを見せてくれたんなら脈アリだな」
「そんなの自分に都合のいい勘違いでしょ」
「勘違いでもしてなきゃ攻めらんねえの。繊細なんだよ、男ってのは」
言って笑うと、アズールが口の両端を下げた。
「なんか、ほんとにフインキ変わったね。ちょっとキモチ悪い」
「まだ試運転中でね。ほら、行くぞ。お前らもシリンダーに入っとかねぇと」
ラズリはブルーとアズールを引き起こした。
「それと、フインキじゃなくて雰囲気な」
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