お節介
立て籠もり事件が終わったからといって、『ああよかったね』ですむはずがない――と、思っていた。
さすがは三四三番の住民たちというべきか、生存可能な領域に限りがある小共同体ゆえというべきか、アズールを連れて頭を下げて回ったら『もう大丈夫なのか?』と、『もう落ち着いたのか?』と、却って心配される始末だった。
納得いかない。不始末は不始末。許されたとしても罰はいる。三四三番には牢獄なる施設は存在しないが、悪戯がすぎれば物置に閉じ込められるのが相場だ。
そんなわけで――、
「――銃本体はアズールを落ち着かせるのに必要だろうから、弾とマガジンだけ回収してブルーの家の金庫に保管してる。それと、当分は自宅謹慎――まぁ、俺とブルーの家で交互に面倒を見るっていうか……監視するというか――」
ラズリはブルーやアズールとともに立てた決め事を、ボスボスに報告した。
なんやかんや終えたら時刻はすでに昼過ぎ。大した傷ではなかったが、ブルーはアズールの監視も兼ねて自宅で待機。ラズリだけが報告と遅れた仕事を片付けに塔へ来た。
話を聞いていたボス・ボッサールは腕を組み、背もたれを軋ませながら息をついた。
「――あらましはわかったが……与えた罰というのがな……」
ボスボスは腕を解きパソコンを操作する。
「仮に交代で面倒をみるとして、仕事場に同行させるべきなのか……自宅待機も不安がないわけじゃないが……たとえば、ひとりにしておいて――」
「金庫を破って銃弾を回収、トレインの強奪、とか?」
「……ラズリ、いきなりウィーザーズの基準を持ちださないでくれ。びっくりする」
「……むしろマージナルス基準でも甘すぎないかと思うんだけどな?」
ラズリが顔をしかめると、ボスボスは難しい顔をして画面から目を背けた。
「まぁ、甘いと思ってくれてもいいが――それよりはを信用してるが近い」
「よせよ、俺を信用とか――」
「そっちこそよしてくれ」
ボスボスはラズリの言葉を遮るように言って画面に目を移し、キーボードを叩いた。
「とりあえず報告は受け取った。それで――仕事に戻るのか?」
「? そりゃそうだろ。ゴタゴタのせいで不足も出てるだろ?」
「……まぁ、出てるが……いや、いい。仕事に戻ってくれ。体調に気をつけてな」
「ああ? ……まぁ、わかったよ。ほんじゃ」
言って、ラズリはボスボスの部屋をあとにした。
まったく、時間を無駄にした。
そう思った途端に、答えどころか問そのものがわからない疑念が湧いた。正体は不明。とにかく遅れのでた通常業務――探索で回収された呪具らしきものの検査や塔に施された『魔術的』な回路の点検――を処理していく。
しかし、そこは三四三番という狭い街、顔を合わせる同僚ウィーザーズは示し合わせたように「今日は家に帰って一緒にいてやった方が良いんじゃないのか」だの、「子どもの調子が悪いんだろ? なんで仕事してんだ?」だの、心温まる(皮肉だ)ことを言ってきた。
去り際に「家族サービスしてやれよ」とのたまった規定時間を越えて働いていた同僚のひとりを見送って、ラズリは虚空に呟いた。
「……ブルーと結婚したつもりはねぇし、アズールは俺の子どもじゃないんだが?」
「時間の問題だろうし養子でいいんじゃん?」
「どぅわっ!?」
突然、背後から投げかけられた声に驚き、ラズリは椅子ごと倒れそうになった。背後にいた人物が悠々と支え起こし、苦笑しながら言った。
「ビビりすぎっしょ。注意散漫? 昼間の騒動で疲れたーって?」
ネリーだ。アズールの立て籠もり騒ぎがあった頃は探索に出ていた。帰ってきて、拾得物を整理して、顛末を聞いて、それからわざわざ戻ってきたのか。
「……なんでいんの?」
「電話もメールも使えない、不便な不便な我らウィーザーズのメッセンジャーになりにきたってわけさー。ほめたたえてくれてもいいと思うんだけどねー?」
「ウィーザーズがメッセンジャーとかどうかしてるだろ。ここのマージナルスに――」
と、首を巡らせて、ラズリは息をついた。
「うん。誰も残ってないからだね。まぁ本当の理由は違うんだけどねー」
「……本当の理由ってのは?」
「ほい。今日の探索のお土産を進呈しよう」
ネリーはラズリの胸に高級感溢れる薄い小箱を押し付けた。煙草の箱のようにも思えるが、シックなデザインと箱の表で踊る『リアルスキン』という文字列がそれを否定する。
なんで? とラズリが顔をあげると、ネリーはニッと笑ってピースした。
「今日の探索でドラッグストア見っけてねー? しかも中身いり! そいで医療用のナントカ素材ってのが残ってたから、ついでにもってきたわけよー。ほめてほめてー?」
「いやまぁ、そりゃ、すごいとは思うけどよ……?」
意図がまったくわからず、ラズリは指のあいだで箱を遊ばせる。
ネリーは近くの椅子を引っ張り寄せて腰を下ろした。
「なんか大変だったって聞いてねー? ブルーのとこにお見舞いに寄ったんさー」
「……だったらブルーに渡せばよくね?」
同性同士でやりとりするほうが気安いだろうに、なぜ俺に――と思考を巡らせたラズリは、まさか、とネリーに目をやった。
「違うわ。殴るよ?」
「だ、だったらなんで……」
「だったらなんでじゃないだろー!? 自意識かじょー!」
叫ぶように言って、ネリーは呆れたとばかりに腕を組んだ。
「ブルーから伝言! 仕事終わったら展望台に来てくれってさ! だからでしょーが! それをこの男は……せっかく気を利かせてやったってのに……」
「いや、気の利かせかたがおかしいだろ!?」
「おかしかないっしょー。昔っから揉めてるなーと思ったら次の日には仲直りしてたし? どう仲直りしたのかなんて、ブルーを見ればお姉さんにはわかっちゃうからねー?」
「……だからって……」
「まぁ、いまんとこ私はいらないしねー。それにほら、お家にはアズールくん? がいるわけだから仲直りもしにくかろうと思ってね?」
粘っこいネリーの視線に、ラズリは唇の両端を下げ『リアルスキン』の小箱を見つめる。
別にケンカしたわけじゃな……って、待て?
「なんでそこでブルーの家が出てくる?」
「大丈夫。二時間は誰も展望台に入ってこないから」
ぐっと親指を立てるネリー。
「――あのな、そこまでくるとお節介になるって言ってんの」
しょうがねぇなと机に頬杖をつきながらも、ラズリはくっくと肩を揺らした。
「先輩のご厚意ですから、ありがた~くもらっときますよ。使う使わないはともかくね」
「いや使え?」
「……場所の話だよ」
ネリーの冗談とも真剣ともつかない表情に、ラズリはかくんと肩を落とした。
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