嘘つきラズリ
アズールは小さく頷き、絞り出すように言葉を継いだ。
「あの筒を乗せられるトレインも、ドライバーもいる。あとはウィーザーズがいれば行けるんだ。僕は家に帰れる」
「それで俺を呼んだって? 俺とブルーを銃で脅して家まで帰るって?」
「あ、あの! 怒んないであげて!?」
慌てたように言うブルーに、ラズリは小さなため息をつきながら首を縦に振る。腹の底に重いものが溜まっていく。怒りよりもずっと静かで、もっと重い何か。
私は大丈夫だから。平気だよ、お兄ちゃん。私は――。
ベッドの上で無理に笑うオフェリア。同じじゃない。同じじゃないが、似た気配。変に気を回して言えないでいる感じ。どう考えてもダメなのに言わないでいてくれた。
頼りにできる唯一の人が、気づかないふりして空虚な言葉を重ねるから。
アズールも、それだけは同じだ。
「……そんなにキツいか? 三四三番で暮らすの」
まただ、とラズリは思う。答えはでているのに誤魔化しを重ねる。
アズールは瞳を揺らし、吼えるように言った。
「無理だよ! 無理なんだ! みんな言ってる!」
「みんなって誰だ? どいつが言った? 俺が――」
「違う! 街のみんなじゃない!」
アズールが身を乗り出した。ライフルを床に下ろし、銀色の拳銃に目を向ける。
「セリーヌも、キャロラインも、フルールも、僕だってそう思う! 僕みたいな奴はこの街にいらないんだよ! こんなところにいちゃいけないんだ!」
アズールの目から涙が溢れた。泣いているのは、フルールという少女の躰のうちにいる少年だけだろう。ドクの仮説通りなら、街にいる限りアズールはなにをやっても痛みを覚えてしまう。自分ひとりでは何もできない少年を救おうというのなら。
ラズリは両手を下ろし、ゆっくりとアズールに歩み寄る。
「落ち着け、アズール。いちゃいけないなんてことあるわけねぇだろ?」
アズールは首を左右に振った。
「……でも……だって……僕は街に必要ない! いらないんだよ!」
「だから、落ち着けって。逆だよ」
ラズリはアズールの前で膝をつき、手を伸ばした。アズールは手とラズリの間で視線を往復させ、逃れるようにバックハッチいっぱいまで後ずさった。
「逆!? 逆ってなにさ!」
「街に必要な人間なんていないんだよ」
アズールが一瞬肩を震わせ、顔を隠すように首をたれた。
ラズリはためらいなく後ろ頭に手を置いた。髪の毛が少しキシキシしていた。目覚めてからはずっとブルーと一緒に風呂に入っていたのに。
「……いいか? 街にいらない人間なんていないとか言うのは簡単だ。だけどな、そんなの嘘だ。全然違う。街に必要な人間なんて最初っからいないんだよ。街はそんなたいしたもんじゃない。ここは三四三番で、隣は三四二番と三四四番。最初はきっと一番で、最後が何番なのか誰も知らない。なんでそんなにいっぱいあると思う?」
「……なんでさ」
「簡単だよ。逆なんだ。俺たちに街が必要だったんだ。街に俺たちが必要なんじゃない。俺たちに必要だから街がある」
アズールはしゃくりあげながらブルーに目をやった。
「嘘だ。そんなの。ブルーも、ラズリも、みんなに必要とされてる」
「役割はあるさ。でも俺じゃなくたっていいし、ブルーじゃなくたっていい。嘘だと思うなら街の誰かに聞いてみな。ラズリは街を出る気かもしれない。どう思う? ってな」
「それでなにがわかるのさ……」
ラズリはブルーに目配せし、アズールの手からキャロラインを取り上げるように促した。
「俺がどんだけ街にとっていらないやつで、俺にとってどんだけ街がいるのかわかる。もしかしたらどっちもないかもしれないし、どっちもあるかもしれない。聞いてみなけりゃわからない。どうだ? とりあえずでいい、街に戻って、みんなに聞いてみないか?」
「聞いたって無駄だ!」
もう少しで銃を奪えるというとき、アズールが叫びながら銃口を上げた。
命を狙う深淵。人に向けてはならないと教わってきたが、アズールは違うのだろう。眠りにつく前の生業を思えば、むしろ積極的に向けるよう教わっているはずだ。
ラズリは自分の眉間を狙うキャロラインに手をかけた。
「家に帰りたいっていうなら、連れてってやるよ」
もちろん、嘘だ。嘘のつもりだった。けれど、言葉は淀みなく流れる。
「連れてくよ。約束する」
「でも、でも――」
「やりかたをミスったな」
ラズリは違和感をおぼえない自分に苦笑しながら、アズールに銃口を下げさせた。
「三年前、俺がやらかしてから、トレインには安全装置がついてるんだ。な? ブルー」
「う、うん。発信機がついてるし、そんなに遠くないとこなら強制停止できる……」
たしかめるように呟くブルーの、呆けたような瞳の奥に、微かな歓喜が見て取れた。
そんな目で見るなと思いつつ、ラズリは穏やかに言った。
「大丈夫だ。俺が街のみんな説得して、絶対アズールを家まで送ってってやる」
「……本当に?」
「ああ。約束だ。指切りしよう」
ラズリが小指を一本立てて差し出すと、アズールは指と顔を見比べて言った。
「……指切りって?」
「知らないか? 昔の風習だって聞いたんだけどな。小指同士を絡めて約束するんだ。指切りげんまん、嘘ついたら~ってな」
「げんまんってなに?」
アズールは目に涙を溜めたまま微笑し、ラズリと小指を絡めた。
「ゲンコツが一万発だったかな? 嘘をついたら針を目にさす、とかそんなん」
「『痛そうですね』ってフルールが言ってる」
「そうだな。じゃあ俺に合わせて言ってみてくれ。指切りげんまん、嘘ついたら――」
ラズリは小指を絡めた手をゆすりながら歌うように言った。まぁ嘘なんだけどなと胸のうちに思い、どういうわけか、そう思ったこと自体に強い抵抗を感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます