ホームシック

 手を振ってやると、二輪はまっすぐ突っ込んできて目の前で土埃を立てた。


「ああ良かった! いてくれた! 後ろに乗ってくれ!」

「なんだよ、どうした? なんかあったのか? アズールか?」

「そうだよラズリ! あのガキ、ブルーを人質にして立て籠もりやがった!」

「立て籠もり!?」


 ラズリとジルコは揃って叫んだ。失敗を繰り返しても怒るつもりはないが、ブルーを人質にとったとなれば話は違う。


「あんの恩知らずが……次から次に……」

「いいから早く乗ってくれ! あいつパンパカパンパカ撃ちやがって手がつけられない!」

「ああ、ああ、乗るよ! 今すぐ行くよ! ふざけやがって!」


 ブルーもブルーでなにやってんだ、とラズリは苛立ちを隠さず二輪車のタンデムシートにまたがった。すぐに運転手が反転を始める。


「おい! ラズリ! やりすぎんなよ!? あの子だって必死なんだ!」


 背中に投げかけられたジルコの声に、ラズリは歯を軋ませながら親指を立てた。

 二輪車はあぜ道を走り抜け、街の通りに入り、まっすぐ操車場を目指す。ラズリはモーター駆動の車体に触れないように運転手の腰に腕を回し、運転手に尋ねた。


「それで!? 立て籠もりってのはなんだ!?」

「あのガキ、ブルーに叱られて、ブチ切れたんだよ! 意味わかんねぇ! いきなしブルーに銃を向けて元の場所に返せとかなんとか言いだして、断ったら撃ちやがった!」

「――クソが……っ!」


 このままじゃ危ないかもしれない、とドクは言っていた。銃や躰が衝動を司り、アズールが痛みや苦しみを引き受けるのなら、少年の心が耐えられなくなったときには――、


「おい! ブルーは無事なんだろうな!?」

「一発目は威嚇だった! すぐに仲間が止めにいって撃たれたんだ! そのあとブルーを人質に車両に立てこもって、ラズリを呼べってよ!」


 猛然と駆ける二輪の先に、人の集まり始めた操車場が見えてきた。どけどけどけ! と叫びながらホーンを鳴らして人を散らし、車両は操車場の前に横滑りしながら止まった。ラズリは二輪車から飛び降り、ブルーのトレインに走った。


 ふざけやがって! なんで、なんで諦めて――、


 そこまで思った瞬間、なにを諦めるって? と疑問がよぎった。足だけは止めず、駐機場の入り口に身を隠す作業員の後ろにつく。


「待たせた! 状況は!?」

「膠着状態って言えばいいんかね? ふたり怪我したかな」

「怪我!? あいつ――」

「や、ひとりは逃げる途中ですっ転んだだけだよ。もうひとりはブルー。あんまりパンパカぶっ放すから前に立って肩に食らった……みたいだ」


 これまで自分を殺してやりたいと思ったことは何度もあるが、他人を、しかも子どもをぶっ殺してやりたいと思ったのは初めてだった。

 そんなラズリの思考を見透かすように作業員は言った。


「大丈夫だよ。さっき医療器具を寄越せって言ってきたからな。トレインの中に放り込んどいた。ブルーも普通に喋ってた。安心しろ」

「安心できる要素がねぇよ」


 ブルーはどんなときでも大丈夫だと笑う。ラズリは自分の頭を吹き飛ばしたくなった。

 俺の馬鹿げた提案に巻き込まれて、腕を失くして、目を失くして、それでも大丈夫だと笑っていたんだ。大丈夫なわけ、ないのに。

 ラズリは遮蔽物から顔を突き出し、真っ青なトレインに向かって叫んだ。


「俺だ! ラズリだ! 来たぞ! いまからそっちに行くからな!?」

「おい!?」


 作業員は小声で叫んだ。


「下手に近づいたらなにされるか――」

「ちょうどぶっ殺されたい気分なんだよ。頭をふっ飛ばしてもらってくる。だいたいあいつがぶっ殺す気なら俺らなんて一瞬だ。さっき、その証拠も見てきた」

「ちょ、お前……っ! いいから、まずは話し合いで落ち着かせて――」

「こっちに来い! ラズリ! 他の奴は邪魔するな!」


 作業員の声を遮るように、アズールの怒鳴り声が響いた。こころなしか、怯えているようにも思えた。少なくとも彼らしい辛辣さは鳴りを潜めている。

 ラズリは作業員の肩をポンと叩いて、感情のおもむくままに口を開いた。


「どう転んでもブルーだけは助けっから、安心しろ」

「安心できるか! 自分のことも心配しろ!?」


 投げられた声は無視し、ラズリは両手を肩の高さに躰を出した。あるのは点々と残る小さな血の赤色と、真っ青なトレインだけだった。


「いまからそっち行く! 入るからな!? 撃つなよ!?」


 ラズリは車両に乗り込み、首を振った。開きっぱなしになっているカーゴの気密扉の前に医療器具の入ったバッグが転がっていた。


「俺だ。ラズリだ。ブルーは無事か? 跳弾を食ったってきいたぞ」

「平気だよー。かすり傷だから――」

「ブルーは黙ってて!」


 緊迫感に欠けたブルーの声を遮り、アズールが鋭く言った。


「そこの医療バッグをこっちに投げて!」

「わかったから、ちょっと落ち着け」


 ラズリはカーゴから見えるように空の両手を突き出し、ゆっくりとバッグを拾った。


「いいか? 顔を見せるから、撃つなよ?」


 言って、ラズリはカーゴとの連結部に入った。

 カーゴの最奥、隅のあたりで、バックハッチを背にアズールが座っていた。右脇に挟むようにしてもつライフルは立て膝を銃座代わりにこちらを睨み、銀色に輝く拳銃は少し離れたところであぐらをくむブルーに向いている。

 ラズリは医療用バッグを放った。一瞬、ライフルの銃口が揺れた。


「なぁ、銃を下ろしてくれよ。生きた心地がしねぇ。つかブルー、本当に大丈夫か?」

「ダイジョブ、ダイジョブー」


 と、おどけるような調子でいいながら、ブルーは医療用バッグから、消毒、ガーゼ、包帯を取りだし左肩を顔の正面に向けた。スッと入った横一本の傷。血は黒く固まりかけている。消毒で洗い流してガーゼを当てて、包帯を巻いて。全然たいしたケガではない。

 誰だよ弾を食ったって言ったのは、とラズリは苦笑し、歯を剥いた。


「アズール。俺はめちゃくちゃ怒ってるぞ。畑のは行き違いだが、こいつは――」

「待ってラズリ。私のせいなんだ」


 ラズリは、いまにも泣きそうな目のアズールと、困ったように笑うブルーを見比べる。


「あのね? アズール、やっぱり家に帰りたいんだって」

「帰りたいって……んなの」

「待って。あのね、私も言ったの。きっとアズールの家はずっと遠いところにあるから連れてくのは難しいって。たぶん軌条を離れて探さないといけないから探索に強いウィーザーズと、シリンダーを乗せられるトレインがないとって、ね?」


 ブルーが同意を求めるように首を振った。

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