貴重な娯楽品

 ラズリは息を継ぐと、ブルーのうなじに手を回した。


「ん、ちょ――ラズリ――んぅっ……!」


 息も絶え絶えにブルーが上半身を起こそうとした。しかし、ラズリはすぐに躰の向きを入れ替え、ブルーをソファーの背もたれに押し込むようにして半ば強引に唇を追った。


「――んんん~~~~っ!」


 ブルーが受け入れてくれるのを感じながら、ラズリは瞼を開く。


「はっ、あっ……ブルー……」


 名を呼びながら唇を離すと、きらきらと光る細い橋がわたった。ラズリは熱に浮かされながらも、できるかぎり優しくブルーの右胸に五指を這わせる。


「はぁ……はっ、ぁっ……!」


 ブルーの微かな嬌声が理性を剥がす。ラズリは手のひらから溢れるブルーの胸を、形を確かめるように揉んだ。薄手の布一枚がもどかしく、唇を合わせながらブルーのシャツをまくる。日焼けした肌の先で、白肌がほんのりと色づき、汗ばんでいた。


「んんぅ、はぁ、はっ……ラズリ……!」


 ブルーは銀腕を伸ばしてラズリのズボンに指をかけ――たところで。はた、と止めた。愛撫をつづけるラズリの手に、自身の生身の手を重ね、ぐっと押す。


「…………ブルー?」


 つい数瞬前まで自分よりも積極的に思えたブルーの変化に、ラズリはいくばくかの冷静さを取り戻す。ブルーはちょっと待ってとばかりに左手を見せ、銀の手で口を隠し、なにかを考えるようにパチパチと瞬いた。そして、


「……ごめん。考えてみたら、切らしてる、かも」


 切らしてる? なにを? ……もしかして。


「……ぅん……ごめんね?」


 ブルーの申し訳無さそう声と恥ずかしそうな上目遣いに、ラズリはがくんとなった。別にないならないでも、と思う。むしろ無いほうがいいとすら。はじめてのときはつけていなかったし、なんだかんだ思い返してみるとはじめてが一番よかった気がする。


 が、アレはお互いに初めての経験だったから許されたようなものだ。

 厳密には許されたわけでもない。

 現に、今は要求されているのだから。

 ラズリは微苦笑しながらブルーを抱きしめた。熱っぽかった。


「ちょ、ちょっ、あの、ラズリ――ッ?」

「わかってるよ……てか、ほんとにない?」


 我ながらなんて情けない声を出してるんだろうかと苦笑する。

 ブルーはぽんぽんとラズリの背中を叩き、後ろ頭を撫でた。


「ご、ごめんね? その気にさせといて、その、ごめんだけど……」

「マジかぁ……」


 頭を撫でる手の感触に慰められながら、ラズリはちょっと真剣に考えた。一回、家に帰って探してみるべきだろうか? すぐに思い直す。最後にいつ買ったか思い出せない。たぶん切らしてる。というか、いったん断ち切れたムードを立て直すのは至難の業だ。


 ならば買ってくるしかない、のだが。

 三四三番の商店――より正確に言えば商取引のシステムを学ぶため商店という形式を標榜する配給所は、夜になれば当然シャッターを下ろす。担当者の家に押しかければ開けてもらえるかもしれないが、夜分遅く家を訪ねて避妊具くれとか、蛮勇にすぎる。


 だいたいにしてゴムは貴重品だ。生産設備がない三四三番では、三五〇~六○番代あたりと物々交換によって得るか、探索で見つけてくるしかない。


 前者はともかく、後者は機能を十全に果たせるのか不明である(ときにその場で実地的に製品機能が失われていないか確かめることもある)。


 その貴重品を使用してまで愛し合うというのは、相当にお盛んでアツアツなのだ。言葉の意味は不明だが。まして商店で『切らしちゃって』と漏らそうことには――。


「――ら、ラズリ……ちょっと、重い……」


 腕のなかで、ブルーが苦しそうにもぞもぞ動いた。


「あ、ごめ……」


 ラズリはソファーの背もたれに腕をつき精神的に重くなった躰を起こす。


「……私、買ってこようか?」


 じゃあお願い、なんて軽く言えない。

 もちろん、ブルーなりの特別なルートがあるのかもしれないが、その人物のなかでラズリはケダモノになる。愛されすぎて困っちゃうんだよ、なんて言うかも。最悪だ。だいたい、盛り上がっていた気分もゆっくりながら静まってきている。


「……俺が持ってくりゃ良かったんだ。うん。しょうがない。今度にしとこ」


 ラズリは鋼鉄の鎖もかくやという未練を引きちぎり、ブルーの髪に頬ずりした。


「……えっと……その…………手とか……」


 と、照れながらぎこちなく口を開くブルーに、


「――どっちがすけべなんだよ」


 ラズリは思わず笑ってしまった。

 ブルーはムッとした顔になり、笑うラズリの下腹を突く。


「かわいそうだと思ったから、気を使ってあげたんだけど?」

「ハハッ」


 ラズリは肩を揺らした。


「んじゃ、そういうのいいから、添い寝してくれ」

「……それだけでいいの?」

「……もっとすごいことしてほしいとか?」


 ラズリが尋ねると、ブルーは素早く彼の胸を手押した。


「ちょっとだけね。でも、いい。私も我慢だ」

「んじゃ、こっち来いよ」


 ラズリはブルーの腕を引いてカーペットに寝転んだ。腕のなかに抱え込むようにしてブルーの躰を包み、額にキスして笑いあう。


「なんか、懐かしいとは違うけど、なんだろうな」

「なんだろね。ほんとに」


 ブルーはラズリの左腕を枕に、脚を絡めた。


「なんか普通にするよりドキドキするかも。ちゃんと寝れるかな?」

「寝れるだろ。……たぶん、俺は明日の朝、左腕が痺れてる」

「ばーか。……おやすみ、ラズリ」

「ああ。おやすみ、ブルー」


 ラズリはブルーの鼓動を感じながら瞼を閉じた。が。


「……ちょっと触ったりしたら怒る?」

「……いいけど、触ったら私も触るよ?」


 ブルーの悪戯っぽい声音に、そんな夜もいいなとラズリは手をのばした。

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