子どもの中身
やらかしてなきゃいいんだが。
最悪、やらかしていても素直に頭を下げられれば問題は怒らないのだが。
と、思いながら、仕事合間にラズリが診療所に足を運ぶと、
「……なんだ、おい。今度はどうしたんだ……?」
「……また失敗した……」
アズールは待合室の長椅子で両足を抱え、この世の終わりのような声で言った。少しくらい落ち込んでくれたほうが勉強になるとは思っていたが、想定よりも重症そうたった。
「……なにやった?」
「……薬棚を倒した。セリーヌがでっかいのが悪いんだ。引っかかって」
常に背負ってるお前が悪いというのは簡単だ。ただのライフルなら指摘した。セリーヌは別だ。彼の人格のひとつといっていい。寝るときまで抱えたがるので薬室から弾を抜かせたくらいだ。手放すのは心細いのだろう。だが、
本当にそれだけか? とラズリはアズールの正面で腰を屈めた。膝を抱える手の先が黒く汚れていた。油か埃の汚れか、いずれにしても機械をいじっていたのだろう。
「……他に言うことは?」
「……直せると思ったんだ。単純な配線だったし、キャロラインも分かるって言ったし」
「なにか壊したのか?」
アズールはぎゅっと手を握りしめ、膝に顔を押しつけて隠した。
「そんなに厳しくしないでやってくれ」
ドクがやってきて、くしゃっと笑った。
「もともと壊れかけてたんでね、見れるかもっていうから、頼んだんだよ」
「で、壊したと?」
ラズリは腰をあげ、黙っているアズールにため息をつく。
ドクは苦笑しながら腕を組んだ。
「そう頻繁につかう機材でもないからね。放置してたのが悪かった。必要になったら塔の施設でも対応できるし、そんなに気にしなくていいって言ったんだけど……」
「――だ、そうだぞ? アズール?」
「……キャロラインは直せるって言ったし、フルールだって頑張ったんだ」
「じゃあなんで――」
ヘコんでんだよ、と続けようとするラズリを止め、ドクが奥へと手招いた。
ラズリは鼻で息をつき、アズールに言った。
「そこでちょっと待っててくれ。ドクと話してくっから」
アズールの手が膝を強く引き寄せる。
ラズリはドクにつづいて診察室兼書斎に入った。
「悪いな、ドク。面倒かけて」
「いや、困ったときはお互い様さ。それよりアズールのジョブ・オリエンテーションだ。ちょっと順序を見直したほうがいいかもしれないよ? これを見てくれ」
ドクは紙のファイルを出した。アズールが受けた適性検査の結果だ。ラズリに見せるために印刷しておいてくれたのだろう。内容は、
「……ひっでぇな……」
「最高でもCプラスだからね。平均でいったらDってところかな」
「……いやまったく別の仕事ならべて平均とったってなんの意味もねぇだろ」
販売・接客に対する適性と、食料生産装置の操作技術者の適性、評価軸が違うものを一列に並べる意味はない。子どものころなら騒げるが、真剣にアズールの将来を――
ん? とラズリは首を傾ける。
「もう完全に俺が保護者になってねぇか?」
「そうだね。なってる。まぁ、そこはいいじゃないか。それより次のページをみて」
「いいかどうか決める権利は誰の――なんだこりゃ」
ページをめくったラズリは表題に書かれた名前に思わず顔をしかめた。セリーヌとある。数枚まとめてめくるとキャロラインの名があり、フルールと書かれたページがつづいた。
「適性検査には知能検査と性格検査もあるからね。アズールに頼んで試してみたんだ。もちろん、本人『たち』に許可は取ったよ」
「ふーん……?」
冗談ばかりのセリーヌは医療・教育・接客にA判定、キャンキャンうるさいらしいキャロラインは意外にも機械操作系に軒並み適性があり、フルールは……
「兵士……かっこ、スカウトスナイパー? なんだこりゃ」
「技能拡張検査の結果だね。セリーヌとキャロラインは銃だから自発行動はできないだろ? けどフルールなら運動能力を検査できる。だからついでにやってみた」
「ついでって……こんな仕事、三四三番にはねぇだろ?」
「いやぁ、三四三番で言えば探索者に該当する職能だよ」
「つってもシリンダーズに探索者は難しいだろ」
ドクは眼鏡を外し、ふーっと長く息を吐きながら目頭を揉んだ。
「適性検査は統計に基づく推測でしかない。わかってるよね?」
「もちろん。俺を誰だと思ってるんだよ? 元・ジョブ・ウォッチのラズリだぞ? 俺の内勤下手は検査結果に出てた。一番最後に受けたのでもCマイナスだ」
Cマイナスでは、将来的にも誰かの補助がなければ通常業務にも支障をきたす。
ドクは何度か首を縦に振ったが、しかし、低い声で言った。
「僕の医療従事者としての適性はBだったし、ブルーのドライバー適性はCプラスだ」
「ドクもブルーも引くぐらい努力してた。アズールにできると思うか?」
「信じられない?」
「信じる、信じないじゃないだろ。やりたいか、やりたくないか――」
自らの言葉にラズリは両目を覆った。
「アズールは、やりたがってなかったのか?」
「うん。口にはしてなかったけど、つまらなそうだったよ。まぁ当然だな。あの子は自分の得意不得意を熟知していて、苦手なことを自分の外側に押しつけるようにできてる」
妙な表現に思えた。まるでそういう人間につくられているというような――
「……おい、まさか」
「かもしれない」
ドクはまた別のファイルを出し、広げた。
「見つけた場所から色々と持ち帰ってきてくれただろ? 技術的なことはともかく簡単に言わせてもらうと……アズールたちは、人為的に分離させられている可能性が高い」
ラズリは言葉を失った。ただただ呆れる。あんな子どもの人格をいじくりまわすとは、彼あるいは彼女の生きていた系はどうなっているのか。
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