ドク

「それじゃ決まりだ。ラズリ、ブルー、とりあえずその子、ドクに診てもらってくれ。それから先は任せた。またなにかあったら相談してくれ。あと報告も忘れないようにな」

「……アイアイ」


 ラズリとブルーの声が揃った。


「いいか、くれぐれも無茶するなよ? 無茶する前にホウレンソウだ」

「ホウレンソウってなに?」


 子どもが言った。


「セリーヌかキャロラインか、フルールか。誰か知らないか聞いてみ?」

「えっと」


 テキトーに投げたつもりが、子どもは律儀にライフルやら拳銃やらに目を向けふんふんと頷いた。


「報告、連絡、相談。大事だね」

「そ。大事なことだよ。それじゃ行こっか? ――アズールくん」


 微笑みかけるブルーに、子どもは尋ね返した。


「アズール?」

「そ。青って意味の言葉。ナナシくんじゃなんか変だし、とりあえずでね」

「ん。わかった」


 そう言って頷いたアズール(仮)は、ブルーに促されて背を向けた。

 青は自由の色、だっけか。とラズリが苦笑しながらついていこうとしたら、


「ラズリはちょっと待て」


 と、ボスボスが呼び止めた。


「……まだなにか?」


 ボスボスはブルーとアズールが部屋を出るのを待って言った。


「今日で三年目になるだろう。そろそろ自分を許してやったらどうだ」

「……妹を殺したんだぜ? そのせいでブルーの右手と右目も作りもんだ。トレインだって一両丸々なくなった。許されていいはずないだろ」

「……お前が殺したんじゃない。待ってたら死んでたかもしれないんだ。お前は――」

「待つべきだって言われたのに無視して、妹を殺した」


 ボスボスは机に両肘をつき目頭を強く押さえた。

 そんな顔するくらいなら聞くなよ、とラズリは両手をポケットに突っ込む。


「許すとか、許さないとか、そういうのはブルーの治療費と車両の補填費を払い終えてから考えるよ。……ま、終わったら死にたくなるかもしれねぇけど」


 ボスボスの声を振り切って部屋をでて、すぐ。

 ラズリはブルーとアズールの目があるにも関わらず、その場にうずくまった。


「……ばーか」


 ブルーが言った。見ていたかのような口ぶりだ。

 アズールはふたりを見比べ、肩に担いだライフルに耳を傾けてから口を開いた。


「悲劇のヒーローごっこかい? ってセリーヌが」

「ちっげぇよ」


 間髪入れずに答えたが、めちゃくちゃ効いた。セリーヌとは気が合いそうにないな、とラズリは無理やり腰をあげ、さも効いてませんというように頬を吊った。


「んじゃ、とりあえずドクんとこに行こうぜ」


 ラズリたちは塔を降り、街の診療所に向かった。

 ドクは三四三番に数人だけいる医者のひとりで、塔の外で診療所を営んでいる。痩身で背がヒョロ高く、勉強のしすぎか目が悪い。一見頼りなさそうだが、いたって真面目で温厚な性格だからか街のチビどもからの信頼は篤い。


 ラズリたちにとっては少し年上の兄のような存在だった。だった、というのは、三年前ドクがオフェリアの手術に踏み切れなかった日以来、関係がすこし変わったからだ。


「――んで? どんな感じなんだよ、ドク」


 ラズリが肩を叩くと、ドクはガラスの向こうで生体スキャンを受けるアズールと可視化された脳の断面図を見比べ、髪をかき回した。


「……わからないな。脳に障害はないし、躰は健康そのものだ。稲妻の耐性からするとほぼ間違いなくシリンダーズだとは言える。ウチの設備じゃそれくらいしか言えない。――なんで塔の医務室で調べなかったんだ?」

「なんでって……」


 ドクのいうように、塔の中層部にも医務室はある。医者の数も多いし、稲妻の力を利用する機器は診療所の設備より高機能だ。診療所は塔の機能停止に備えたリスク分散施設としての意味合いが強く、病気や怪我の治療は二の次、三の次である。


「稲妻なんぞに頼らない医者のほうが信頼できるからだよ」


 ラズリはようやく見つけたもっともらしい理由を述べた。あながち間違いでもない。塔の医務室に入っている医療担当者は、どちらかと言えば機器の操作担当者にちかい性質をもっている。純然に『医療』と限定するなら、街の医者はドクひとりだ。

 ドクは眼鏡を外して胸ポケットに差し、マイクのスイッチを入れた。


「オーケイ、アズールくん。検査終了だ。しばらくふわふわしたような感じが残る.。落ち着くまで待合室のソファーでくつろいでてくれ。置いてあるドリンクを飲んでもいいよ」


 アズールは平然とした様子で頷いたが、足元が少しふらついていた。検査室に入ってきたブルーが肩を貸し、分厚いガラス越しに「私が見とくよ」と指を動かした。


「……とりあえず、一回ちゃんと話してみないとわかりそうにないな」


 ギッ、と背もたれを軋ませ、ドクは顎をあげた。


「……なぁ、あの子、イカれてんのか?」

「言い方に気をつけろ」


 ドクはたしなめるように言い、両手を頭の後ろで組んだ。


「実のところ、シリンダー内部でなにが起こっているのか、僕たちはなにも知らない」

「……なに言ってんだよ。稲妻の力でシリンダー内の時間を遅く――」

「それは理論に基づく推測と、観測できる事象にすぎない」

「……バカにもわかるようにどうぞ」

「シリンダーズがなにを感じているのか……聴いてみないとわからない」


 よっ、と拍子をつけて立ち上がり、ドクはラズリを手招いた。診察室と兼用になりつつある書斎に移り、鍵付きの引き出しから手書きのノートを出して広げる。


「シリンダーズの報告で一番多いのは、長い夢をみるっていう話だ。起きたとき一瞬、夢と現実がごっちゃになるくらいリアルらしい」

「そんなん俺らだってなるだろ。『ディープ・シー』で見る夢から覚めるとな、いつだって夢なら覚めないでほしかったって思わされるよ」

「ラズリ。あんなものやめろ。脳がスカスカになるぞ」


 ドクの小言に顔をしかめ、ラズリは出しっぱなしになっていた睡眠薬の小瓶をつつく。


「ひとのこと言えんのかよ」

「一緒にするな。ぜんぜん違う」


 ドクは小瓶を引き出しに押し込んだ。


「とにかく。シリンダーズは長い夢をみる。とてつもなく長くて現実感のある夢だ。これは僕の予想だけど、躰はともかく意識自体は遅くならないのかもしれない」

「あー……時間は遅く、意識は早く……つまり意識は速度差そのままの夢を見る?」

「自称バカにしては飲み込みが早いね。そうだよ。まぁ、予想だけどね」


 ドクはノートを数ページめくり、真っ白な紙に日付を書き込んだ。


「僕たちは八時間くらいの睡眠で数十秒から数分の夢を記憶する。シリンダー内部は十倍とも百倍ともいわれるくらい時間が遅く流れるから――」

「意識は二年、三年、寝っぱなしってか?」

「オフェリアはお前よりしっかりしてたくらいだったろ? そういうことだ」


 妹の名に不意をつかれ、ラズリは言葉に詰まった。

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