ボスのボスボス

 オールバックの目つきの鋭い男が執務机――と、本人が呼んでいるアルミ製の安っぽい事務机に頬杖をつき、目頭を揉んでいた。ボスのボス・ボッサールだ。


「おい、ラズリ。お前、昼間から酒なんか飲んでるのか?」


 ボスボスが鼻をくんくん鳴らした。悩ましい相談ばかりなのか、背後の窓から差し込む光が顔の陰をいっそう濃くみせている。

 ラズリは服の襟を引っ張り、親指で背後の子どもを示した。


「休みだと思ってたからちょっと飲んだだけだ。もう抜けてる。それより、この子だ」

「その子か」


 ボスボスは子どものつま先から頭の天辺まで見回し、パソコンのモニターと見比べた。


「なんだ……ライフルがセリーヌで、拳銃がキャロラインで、躰がフルール。で、そのなかの本人は記憶喪失、でいいんだったか?」

「ちょっと違うよ。僕は名前が分からないだけだから。っていうか――」


 子どもは両手を腰の前に組む黒服ふたりを一瞥した。


「普通ボディチェックしない? 銃を持ってるんだよ? 僕」


 黒服たちは顔を見合わせ、雇い主に目をやった。

 ボスボスは髪の毛をなでつけた。


「別にいい。お前らが銃を触るだなんて、そっちのほうがぞっとする」

「……なんのための護衛なの?」

「護衛のための護衛だよ、嬢ちゃ――坊主、だったか?」

「フルールに言ってるなら嬢ちゃんであってる。僕に言ってるなら坊主が正しいよ」

「……おい、ラズリ、ブルー」


 はやくもボスボスはうんざりし始めたらしい。

 ラズリとブルーはどちらともなく顔を合わせ、肩を竦めた。


「どうもこの子、ずいぶん昔の時代から飛ばされたっぽいんだけど」とブルー。

「ここに住むなら、ちょっと慣れがいるだろ? できりゃ教育役をつけないとマズい」


 とにかくシリンダーズの基本を覚えてもらい、次に街で生活するためのルールをおぼえてもらい、最後にできそうな仕事を探す。

 そう思っていたのだが、子どもは当然とばかりに言った。


「僕、やることがあるんだ」

「あ?」「ん?」「お?」


 ラズリ、ブルー、ボスボスと、揃ってマヌケな声を出した。

 子どもは肩掛けのスリングを引っ張りライフルを担ぎ直した。


「面食いジョー・ホッブスを殺したい」

「あ!?」「ん!?」「お!?」


 殺したい、とは。言葉の意味を解そうと脳みそをフル回転させながら向けたラズリの瞳をどう勘違いしたのか、子どもは平然と続けた。


「ばかですけべで嘘つきなラズリは、ジョーがどこにいるか知ってる?」

「知らねぇし、ばかでもすけべでも嘘つきでもねぇよ。訂正しろ」


 ラズリは即座に答えた。そこにブルーが加える。


「すけべ以外は取り消してあげて。っていうか、殺すって、そいつ、なにしたの?」


 子どもはぱちくり瞬き、腰の拳銃に目を向け何度か頷き、顔を上げた。


「猫の家の娘をキズモノにしたからツケを払わせてやんのよ! って、キャロラインが」

「どこだ。そして誰が誰になにをしたっていうんだ」


 三四三番のすべてを円滑に回すボスのボス・ボッサールが、珍しくも困惑していた。

 子どもの話を要約すると、こうだ。

 フルール(という躰)は、もともと猫の家という施設でセリーヌやキャロラインを得物にガンスリンガーをしていた。主な仕事は施設で暴れた男を追っ払うことで、たまに施設の外でジャンクハント――いまでいう探索もしていたらしい。


 あるとき、猫の家で共同生活する少女がひとり帰らなくなり、捜索を出そうか迷っているうちにジョー・ホッブスなる男が殺して食ったという情報が届いた。

 怒った猫の家は、フルール(とその頭にいる子ども)に殺しを依頼した――。


「……あー……大丈夫か? ブルー」


 ラズリは顔を青ざめるブルーの背中を擦った。共感性と感受性の高さはマージナルスの特徴のひとつだ。女の子を殺しただの、食っただの、ブルーには刺激が強すぎる。


「だいじょうぶ……っていうか、さするのやめて……ほんと、はきそう……」

「次から、その手の話をするときは、心の準備をさせてくれ……」


 もちろんマージナルスのボスボスと黒服たちにとっても同じだ。年輪を重ねているだけにブルーほどのダメージには至らなかったのが幸いである。

 どこまでホントなんだ? と、ラズリは不思議そうにしている子どもの横顔を覗いた。


「……で、ボス。この子、どうしたらいいと思う?」

「そうだな……」


 ボスボスは低く呻きながらパソコンをいじくり、モニターを睨んだ。


「ラズリ。十連勤をやってみて、どうだ? キツいか?」


 ほんのり嫌な予感がした。ボスボスはモニターを見ながらメモ用紙代わりの裏紙にペンを走らせた。唸り、またパソコンをいじり、書きつけ、しかめっ面ををラズリに向ける。


「どう考えても、お前には休みがいる」

「……なに言ってんだよ。そりゃ多少は疲れてっけどさ。休みがいるほどじゃねぇよ」

「いや。代理で探索に出たんだから今日で十一連勤になる。要望があればできるだけ聞いてやりたいとは思ってるんだが、これで休みを出さないと他の奴が困っちまう」

「他って……気にしねぇだろ、みんな」

「後ろを見ろ」

「あ?」


 とラズリが振り向くと、ブルーが瞬時にそっぽを向いた。


「……なんだよ?」

「……べっつにー? 好きにすればいいと思うけどー?」


 明らかに言葉と態度が乖離していた。


「相棒が心配してくれてんだ、少しは察しろ。――というかな? お前が十日も働き詰めになるもんだから他のウィーザーズが責任を感じてるんだよ。わかれ」

「わかれって……んなこと……」

「いいか? たしかに街のシフトはキュウキュウだ。お前が休みなく働いてくれたおかげで休暇を取れたやつもいる。だがな、次はお前がぶっ倒れたらどうしようって気になってくるんだ。もし過労で倒れられたりしたら稼いだ余裕もマイナスになる。わかれ」

「まぁ……それは……」


 借金――正確には将来の稼ぎから前借りした分をとりかえそうと、無理のない範囲で無茶をした。ラズリが他人より多く働くということは、他の連中の労働時間を奪うことにもつながるわけで、続けられたら自分らも同じ働き方を要請されるのではと不安を抱く。


「それで、僕はどうなるの?」


 黙ってやりとりをみていた子どもが手をあげた。


「おう。いま、その話をしてんだ」


 ボスボスはキーボードを叩いた。


「ラズリ。休みじゃないが、お前、その子の面倒を見てやれ。シリンダーズには慣れてるだろ?」

「ああ? まぁ、そりゃそうだけどよ……」


 妹はそうだったが。ラズリはライフルを背負った子どもを見つめた。


「オフェリアとは違うだろ……?」

「オフェリア。誰?」


 首を傾げる子どもに「ラズリの妹だよ」と答え、ボスボスはブルーに言った。


「ブルー。その子の面倒、ラズリと一緒に見てくれ」

「えっ!? 私も!? なんで!?」

「なんで、じゃないだろう。探索で見つけたものは見つけたやつが最後まで責任をもつ」

「そ、それは、そうだけど……」

「それにラズリとブルーなら俺も安心して任せられる。幸運のブルー・トレインだしな」


 なにやら楽しげなボスボス。

 ラズリとブルーはどちらともなく視線をあわせ、唇の片端を吊った。

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