あぶないとこ
青白い光に満たされた部屋。棺桶のようにも見えるガラスの筒の列。ラズリとブルーは部屋の外周に設置された椅子に肩を並べて座っている。
三四三番に戻ったふたりは、誘雷塔の地下一階に広がるシリンダールームで、子どもの収まる筒を眺めながら、街の上空で好き勝手に振る舞う稲妻が止むのを待っていた。
聞こえてくるのは地上の雷鳴と、シリンダーが発する僅かな低周波音。あえて加えるなら、誘雷塔に流れ込む稲妻の、ウィーザースにしか聞こえない啜り泣くような音か。
「……で? このあと、どうするんだよ」
一〇連勤+αの疲労と、切れた酒気とニコチンと、クサイと罵られる『ディープ・シー』の得体のしれない薬効と。あらゆる出来事がラズリの口調を荒くしていた。
「待つのが嫌なら家に帰って寝てればいいじゃん。もう仕事は終わったんでしょ?」
当然、ブルーから返ってきたのはキツい一撃で、気を抜けば怒鳴り返しそうだった。
「……あいつ、どう思う? なんかすげぇ昔の人間っぽいぞ」
「知ってる。っていうか見てれば分かるよ。あんなちっこいのに本物の兵隊みたいだったじゃん。あんなトシの子に戦い方のレクチャーなんかしないでしょ、普通」
「本物の兵隊なんて見たことねぇよ。つか、もっとヤバそうなネタが転がってるだろ」
「それもわかってるって」
ブルーは苛立たしげに言い、ラズリに顔を向けた。鳶色に輝く意志の強そうな瞳と、右の、贖罪に贈った蒼く光る無機質な瞳。左右非対称な双眸がラズリを射抜く。
「……絶対、面倒なことになるぞ」
「面倒だなんて思ったことない。今日も。三年前も。これまでも」
「余計なことにはクビ突っ込まねぇほうがいいだろ」
ぐっ、とラズリは顔を近づけた。
「余計なことじゃないし、私も、ラズリも、もうクビ突っ込んだんだよ? 逃げられない」
「逃げるよ。俺は。ヤバくなったらさっさと逃げる」
「逃げないよ。知ってる」
じっと睨み合い、どちらともなく顔を近づけ、額を合わせた。静かだった。どちらともなく瞼を落とし、幽かに顎を――ぐむ、とブルーに押し返された。
「あぶな」
ブルーはほんのり色づいた頬を手で扇いだ。
「息。クッッッサイのの匂いする」
「……マジかよ。俺のこの衝動はどうしてくれんの?」
「知らないよ、そんなの」
ブルーは素っ気なく言い、顔をそむけた。
「次に備えて吸うのやめれば? 次があるならだけど」
ラズリはため息交じりに膝に片肘をついた。
塔を揺らすような雷鳴は止んでいた。残る音は互いの鼓動と、呼吸と――やがて、それらも気にならなくなると、いっせいにガラス筒が開いた。
ふたりは息を揃えたように腰を上げ、新たに加わった旧式シリンダーの前に立つ。
フルールという名の躰と、その裡にいるらしい少年と、銃の名前だというセリーヌ、キャロライン。ボスボスのところに行くと告げ、さっそく目覚めたシリンダーズにもみくちゃにされるブルーを尻目に、ラズリと子どもが歩きだす。
街の維持と管理――つまり人材配置を一手にしきるボス・ボッサールは暇じゃない。
誘雷塔の上層部にある執務室に着いたときには、すでに三人の相談者がいた。
ひとりは商店のオヤジで、三四二番ないし三四四番からトレインが来たときの物品交換レートの相談だった。もうひとりはラズリも世話になったウィーザーズの教育担当で、まさにラズリの連勤について抗議に来ていたのでお帰りいただいた。
そして最後のひとりは街のガキ――マージナルスで、サッカーというスポーツがしたいので街の一角にゴールポストかそれに準ずる物がほしいと要望にきたという。
もちろん、ラズリと子どもはガキンチョの相談が終わるまで静かに待った。その間に疲れた顔のブルーが来て、事情を話し、さらに待った。
「……ボスボスって、どんな人なの?」
暇すぎたのか、子どもが椅子からずり落ちかけながら言った。
ラズリは子どもの後ろえりをつまんで引っ張り起こす。
「ボスのボス・ボッサールな。見た目はめちゃくちゃコワイけど、いい人だよ。さっき入ってったガキが出てこねぇんだから分かるだろ?」
「『こんなに時間かかるようなハナシ?』って、キャロラインが」
子どもが腰の拳銃を叩いた。ラズリが口を開くより早く、ブルーが答える。
「それが意外とむずかしい問題なんだよね。ゴールポストとかいうのを用意するのは簡単だと思うよ? でもほら、運動が苦手な子もいるでしょ?」
「そういう子はどうするの?」
「さぁ? いまの子は知らない。昔は……」
ブルーは子どもの頭越しにラズリに視線を送った。
「ガキ大将が話をまとめて、うまいこと回してた。みんなで遊べるように、ってね」
「……どうやって?」
「――ジョブウォッチ!」
待っていたとばかりにブルーが声高らかに宣言し、ラズリは自らの過去に顔を覆った。
そんな彼を不思議そうに見つつ、子どもはブルーに尋ねる。
「ジョブウォッチって、なに?」
「ガキ大将が作ったルールだよ。ガキ大将はね、喧嘩になりそうになったら、どこからともなく湧いてきて、そう叫んだの。簡単なゲームっていうか、遊びでね。喧嘩してるふたりが将来やりたい仕事を聞いて、それの――初等教育っていうのかな? 仕事にまつわる軽作業をやって、成果を競う。で、勝った人がやりたがってたことをみんなでやる」
「……よくわかんないんだけど?」
「むずかしい話じゃないよ? ね、ラズリ」
ブルーはニヤニヤしながら言った。
「たとえば塔のエンジニア希望なら回路図をどうこうする、みたいなね、そんなの」
「……それ、一勝一敗になって終わらなくない?」
「ところがそうでもないんだな。ね、ラズリ」
執拗に話を振られ、ラズリは諦めて答えた。
「勝負は揉めてる奴らとガキ大将の三人でやるんだ。ガキ大将がやりたがるのはいつだってタップだったりスケートだったり……ようはガキ大将が必ず勝つようにできてた」
「……なんで? それだと全員一勝二敗にならない?」
「ところが!」
ブルーは猫のような笑みをラズリに送った。
「ガキ大将は絶対に負けないように街の仕事のほとんどをこっそり練習してたんだ。ね?」
「そう。ガキ大将は喧嘩と仲間はずれが大っ嫌いでな……」
別に負けてもよかったのだが、たまたま勝ちつづけた。三つ巴の勝負ならひとりくらいは応援したい奴が見つかる。だから勝負事にすれば喧嘩も忘れて騒げると考えただけだ。
誰のためかといえば、躰が弱くて外で遊ぶのが苦手だったオフェリアのためだった。
……それと、まだ引っ込み思案だったブルーのためか。
ガチャリと扉が開き、ガキンチョが難しい顔をして出てきた。ラズリの姿に気づいた途端、舌打ち――するかに見えたが、ブルーに会釈して去っていった。
「……俺さ、ガキどもに嫌われるようなこと、なんかしたか?」
「知らないよ。私はなにも言ってないし、してないからね?」
ふたりは言い合いながら席を立ち、子どもがそれに倣った。扉から黒服サングラスの男が現れ、入れとばかりに手を振った。護衛――というべきなのだろうが、三四三番でその仕事がどのような意味を持つのか誰も知らない。
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