ラズリ

「え~っと……とりあえず、まとめてみると」


 誰も頼んでいないのに、ブルーが仕切るように言った。


「そのデッカいライフルがセリーヌちゃんで、ピストルがキャロラインちゃん。君の、その女の子の躰がフルール」


 ブルーの声に合わせて、子どもが小さく頷いた。


「で、君。その、フルールの躰の中にいる、喋ってる君は、お名前を忘れたと。合ってる?」


 子どもは鼻をすすりながら頷いた。

 奇妙な話だ。

 筒から出てきたシリンダーズの子どもは、銃には名前がついていて、しかも会話をしているという。言いたいことはわかるが理解できない。まして自分の躰に名前があり、それは自分ではないとなると意味不明だ。


「ん~~」


 ブルーがひとしきり唸って言った。


「まぁ長いことシリンダーに入ってると記憶が混乱したりするっていうし、名前はそのうち思い出すんじゃない? ね、ラズリ」


 ね、って言われてもと、ラズリはうめき声をあげながら首を撚った。

 たった三年前の、遠い昔、妹のオフェリアもシリンダーに入りたくないと言っていた。

 ブルーと一緒になって一生懸命なだめた。ブルーはぬいぐるみを貸してくれ、ラズリはお守り代わりにラピス・ラズリのチェーンを渡した。

 思いがけず立ち上がってきた記憶に、ラズリは胸の奥に痛みをおぼえた。

 が。


「いや、記憶が飛ぶとか聞いたことねぇわ、そんな話」


 思わずマジになって答えると、ブルーがコラ! とばかりに眉を吊った。

 子どもがびくっと震え、拳銃を見つめ、いっそう瞳を潤ませ、ラズリに向ける。


「……キャロラインが、僕に、アンタに名前なんかいらないって言うんだ」

「ちょ! なんでそんなひどいこと言うの!? キャロライン!?」


 ブルーが子どもの握る拳銃を叱った。ラズリは頬が引きつるのを知覚しながらも、相棒の付き合いの良さに感心する。だが、このままダラダラと話をしていられない。


「あー、ちょっといいか?」


 右手を挙手したラズリに、ブルーと子どもの視線が突き刺さった。少々ビビりながら左手首を指で叩いた。


「時間、大丈夫か? 稲妻まであとどんくらいある?」


 ぽかんとする子どもをよそに、ブルーははっとして時計を見やった。


「ヤバ! あと一五分しかない! すぐ軌条に戻らないと!」


 腰をあげ、子どもに言った。


「ごめん! ちょっと移動しないと君がヤバいんだ! お願いだから撃たないで! 軌条に戻れば大丈夫だから! ごめんね! わかんないことはラズリに聞いて!」


 言って、ブルーはカーゴを駆け出ていった。

 すぐにモーターが駆動音を響かせ、トレインが揺れた。

 子どもの不安そうな瞳に心のおくのほうを叩かれ、ラズリは深くため息をつく。


「さっきの勢いはどうした? 大丈夫だ。俺らに任せてくれれば悪いようにはしねぇって……俺のことは信用しなくてもいい。けど、ブルーなら信用できそうだろ?」

「……うん」

「……正直に言われると傷つくな……」


 ラズリはがくりとうなだれたが、しかし、無理矢理に頬を引き上げた。


「大丈夫だ。街に帰ったらボス・ボスに相談しよう。な?」

「ボス・ボス?」


 子どもはたしかめるように言った。


「ありがとう。すけべのラズリ」

「……すけべは余計なんだって……」


 ラズリは苦笑しながら肩を落とした。手持ち無沙汰になったのもあり、床に落ちていたタバコを拾って吸口に息を吹きかけ、唇に挟んだ。


 ……子どもの前で吸うのはあれか。


 しょうがないからギロチン台に、と思った矢先、子どもが口を開いた。


「煙草だ。すけべのラズリは、ばかでもあるんだね」


 あん? とラズリは上げかけた腰を下ろす。


「すけべでもねぇし、ばかでもねぇよ。ちゃんと外で吸おうとしたろ?」

「でも煙草を吸うのはばかだけだって、キャロラインが」


 子どもはポケットだらけの上着を探り、古めかしい煙草のパックを出した。


「あげるよ。僕もフルールも吸わないし、ばかには煙草をあげておくと口が滑らかになるんだ」

「まぁ、もらっとくけど……その口の悪いのは誰だ? キャロライン? お前?」


 煙草を受取りつつ、俺はなにを言っているんだとラズリは思う。

 子ども特有の無邪気な嘘に付き合うのはやぶさかでもない。本気の場合は問題だ。頭がヤラれているのかと疑わなくてはいけないし、嘘だとしたら厄介な相手になる。


「僕らの中で一番口が悪いのはキャロラインだと思う。キンキン声で吼えるんだ」

「あー……キンキン声だからキャロラインとか?」


 そう尋ねた瞬間、子どもがラズリに拳銃を向け、彼は思わず両手をあげた。


「や、やめろ! あぶねぇからこっち向けんなって!」

「え? ああ、ごめん」


 子どもは銃口を下げた。


「キャロラインはね、スーパーマーケットで見つけたんだ。一丁だけ壊れてなくて、名札がついてた特別製だよ」

「スーパーマーケット? 名札?」


 困惑するラズリに、子どもは銀色に輝く銃を見せつけた。


「そう。小さなスモールキャルって書いてあったんだ。キャルはキャロラインの愛称でしょ?」

「ああ……なるほど……?」


 その『小さな』は口径キャリバーじゃね? とラズリは銀色の銃を見つめる。銃は詳しくない。ブルーに聞けば早いが、ハンマーがないのと見慣れない口径が特別なのだろうか。


「バカにしないでよね!」


 子どもは急にわざとらしいくらいの女口調で言った。


「ボディアーマーだって一撃なんだから! って、キャロラインが」

「……あ、ああ……そう……よろしく、キャロライン」


 おっかないので、ラズリは拳銃にも挨拶しておいた。子どもは拳銃にぶつぶつ話しかけながらそれをホルスターにしまい、次にライフルを膝に乗せてボルトを引いた。


「えーっと、そっちはセリーヌだっけか?」


 子どもはポケットのひとつから大きなライフル弾を出し、込め直してボルトを戻した。


「そう。セリーヌ。昔みた映画で、銃には女の名前をつけろって言ってた」

「……ああ、そう……」


 もうなにも言うまい、とラズリは腰を上げた。


「どこいくの?」

「ばかなラズリは、お空を見上げて煙草を吸うんだ。ほっとけ。つか、お前もシリンダーに入っといたほうがいいぞ? 稲妻がきたら危ねぇ」


 軌条に車輪を下ろしていれば安全だと言われているが、実験する気はない。

 子どもは首を傾げ、自分の入っていたステイシス・シリンダーを見て言った。


「稲妻ってなに?」

「……あぁぁぁん?」


 トレインが停車し、油圧サスが鳴った。キャタピラを引き上げ車輪を下ろす音だ。

 車体が僅かに浮き上がるのを感じながらラズリは首をひねった。

 シリンダーズのくせに稲妻を知らない。なのにシリンダーに入っていたとは。

 ラズリは咥えた煙草をピコピコ上下しつつ、身振り手振りを交えて言った。


「……こう、空がピカピカーって光ってよ? んで、ゴロゴロドカーンって感じで――」

「バカにしてる?」


 子どもの凍てつく視線に、ラズリは頬を掻きながら答える。


「……あー、世界をかき混ぜる代わりに上手に使えば便利な自然現象? みたいな?」

「次元の歪み?」


 お、とラズリは指を振る。いまは使わない表現だが、稲妻はかつてそう呼ばれていた。


「それ。次元の歪みだ。別の時代、別の世界、別の空間をこの世界とつなげる力」

「魔術師たちのせいで僕らは散々な目にあってる」

「そりゃ俺らのご先祖さまだよ。俺らはウィーザーズ。ちょっと違う」


 ラズリは天井を指差した。


「お空のウェザーと、魔術師のウィザードをかけたんだと」


 子どもは眉をしかめ、一瞬ライフルに視線を向けた。


「すけべでばかなラズリは嘘つきでもあるらしいね、って――」

「セリーヌだっけ? ばかですけべなのは認めるよ。でも嘘つきはダメだ。認めねぇ」


 シリンダーのことを黙ってたのに? と、ラズリは自分の言葉に息苦しさをおぼえた。

 けれど、子どもが頷きながら口にしたのは、報告を怠ったことではなかった。


「ラピスラズリはラズワルドからきた石って意味で、ラズリはラズワルドだって」


 子どもはこくんと頷きライフルを差しだし、ラズリは両手を振って丁重にお断りした。


「……セリーヌが?」

「そう」


 憮然とした様子でライフルを担ぎ直した。


「――で、ラズワルドならともかく、ラズリだなんて変な名前だ、って。女の子みたいだ」

「あー、キャロライン?」

「違うよ」


 子どもは頬を膨らませた。


「僕だ」

「ああ……って、僕? じゃあお前じゃねぇか!」

「そうだけど? だから僕はいう。ばかですけべなラズリは嘘つきで女みたいな名前だ」


 危うく煙草のフィルターを噛み潰しそうになった。ガキ大将として三四三番で何人もの子どもの世話をしてきたが、泣かしてやりたくなったのは初めてだった。


「よっく覚えとけ。名前に性別はねぇ。それに話すとなげーんだ、ラズリって名前は。いいからシリンダーで寝とけ。街についたらボスボスんとこに連れてくかんな」

「……やだ」

「……いや、そこは言うこと聞いて阿っとこうとか思えよ。怒んぞ?」

「……おもね……? よくわかんないけど、やだ。入りたくない」

「じゃあ俺と一緒に来てブルーに怒られるんだな。怒ると怖いんだぞ?」


 子どもは鼻を鳴らし、ラズリの横を抜けていった。間もなくブルーの怒声が響き、なぜか後から入ったラズリが盛大にどやしつけられた。煙草も吸えずじまいだ。

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