危ねえ子ども――たち(?)
「セリーヌ? 誰? っていうか、あの、いまから顔を見せるから、撃たないでよ?」
「お、おい! ブルー! 危ねぇって!」
「危なくないよ。ね、両手あげてるし、撃たないよね?」
ブルーは両手を高く上げ、ラズリの背中からひょっこり顔をだした。
「……なんだ。かわいい――女の子、でいいのかな?」
「かわいいぃ?」
ラズリはまじまじと子どもを見つめる。
小さな躰に無限のぱわー、とでも言いたいのだろうか。自分の身長の七、八割に達しそうなライフルを手ブレなく構える姿は可愛いというよりおっかない。重厚なウッドストックにぴったりと頬を寄せているから、そこがむにっとしてて可愛い、とかか。
しかし、鉄の照星越しの瞳は無感情ながら殺気をムンムン放っているし、フォアエンドを支える子供にしては大がらな手も暴力の行使もやむなしといった迫力がある。
剣呑な気配を纏う子どもはライフルの銃口を一瞬、左に滑らせブルーに言った。
「そっちのお前。腰の銃を床に置け。ってセリーヌが言えって」
「えっと、セリーヌって?」
ブルーは両手をあげたまま腰を屈めようとした。
「君の名前?」
「動くなって言ってる!」
びくん、とブルーが中途に腰を下げた姿勢で固まった。
「セリーヌは」
子どもがライフルを軽く揺すった。
「これ」
「……んあ?」
異口同音、ラズリとブルーは顔を見合わせた。音にはせずに唇だけを動かす。
ライフルがセリーヌってこと? 分かるわけねぇだろ。でもいま。知らねぇって。
「おい!」
子どもは急に大声を出し、銃口をラズリに向けて揺らした。
「アンタ、その子の銃を取って床に置きなさい。って、キャロラインが」
「……誰?」とブルー。
また別の名前だよ、と困惑するラズリ。だが、子どもが射撃姿勢の安定を計るべく重心を前に押し出すのを見て「やるやる! いまやるから!」とぶんぶん首を縦に振った。
ラズリは素早くブルーに視線を走らせ、銃を投げるフリをするから、と唇を動かす。
ブルーはジト目になった。
「変なとこ触らないでよ?」
ばかやろう。ラズリは心のうちで罵った。
子どもを警戒しながら右手を伸ばし、中指と親指でブルーのリボルバーをつまもうとして、久しぶりに触れた。瑞々しい肌の感触にうっと息がつまった。
「……私、触るなって言ったよね? そういうことしていい状況じゃないよね?」
頭上から降り落ちてくる呆れたような声。
「いちゃついてないで早くなさいよ。って、キャロラインが」
殺気とともに飛んでくる意味不明な子どもの声に、ラズリは思った。
丸出しの太ももが邪魔なんだよ。あとキャロラインって誰だ。
片手を床に、思い切って躰を伸ばしブルーのレッグホルスターから銃を抜き、置く。
「――オーケイ、じゃあ、それをこっちに蹴ってくれるかい? って、セリーヌが」
「え、蹴るの!? やだ! 傷つくじゃん!」
ブルーが割と本気めな声で言った。アクセサリーじゃねぇぞとラズリは思った。
子どもは一瞬ストックから頬を離して首を傾げるような素振りを見せ、小さく頷く。
「たしかに。傷ついちゃうのはかわいそうだと思う。フルールもそう思うよね?」
「――今度は誰だよ!?」
理解しがたいやりとりに耐えきれず、ラズリは叫んだ。慌てて両手を挙げる。またなにか怖い目に合わされそうだった、が、
「ちょっと。今度は胸? 勘弁してよ」と、冷たい声のブルー。
「ちげーよバカ! ハンズアップだ! お前もしてんだろ!?」
「ほんとに? ちょっと怪しいよ。すけべだし」
「アンタ、すけべなの? ってキャロラインが」
「あ!?」
突然、割り込んできた子どもの声に、ラズリは勢い首を振った。銃口が待っていたので怒りは秒ともたずに消沈した。
「おい、そこのすけべ。銃口を握ってこっちに持ってこい」
「すけべじゃねぇ! ラズリだ! ラピス・ラズリのラズリ! 空とか青って意味だ!」
そう怒ったふりをしつつ、ラズリは内心でチャンスだと思った。手慣れているようでも所詮は子どもだ。接近してしまえば腕力でいくらでもひっくり返せる、と。
しかし、子どもは見惚れるほど流麗な動きで片膝を立てるように尻を落とし、膝と脇でライフルを保持、素早く腰のホルスターから銀色の拳銃を抜いた。
ライフルに手をかければ拳銃で死。飛びかかればワンチャンありそうだが死が八割。
「ラズリ。おとなしく従っとこう? その子、言うこと聞いとけばなにもしないよ」
「そうだよ。すけべのラズリ。銃を」
「……すけべは余計なんだよ」
ラズリはふてくされながらブルーの銃を手渡す。顎先の動きひとつで元の位置に戻され今度はマチェットも寄越せときた。太ももに手を伸ばすと、今度はブルー自ら動いて太ももを触らされ、そのうえで「すけべ」と追撃をくらった。
ブルーはくすくす笑いながら子どもに言った。
「――で、セリーヌとかキャロラインとかフルールとか、どれが君の名前なの?」
子どもは眉をしかめ、苛立たしげに答えた。
「全部違う。僕は――」
子どもはそこで言葉につまり、視線を外した。
チャンス! とラズリが飛び出そうとした瞬間、ブルーが肩を押さえ首を横に振った。
子どもは困惑顔で、ライフル、拳銃、自分の躰と順に視線を滑らせ向き直る。
「……えっと……僕……自分の名前、わかんない、かも……」
「あ?」
ラズリは腹の底から呆れ声を絞り出す。子どもの目にうるうると涙がたまり始めた。え、と思うまもなくそれは頬を伝い落ち、
「ちょちょちょ、ちょ! 泣くな! 泣くなって!」
ラズリは慌てて子どもの傍に――寄ろうとしたら小さな手がライフルを構え直した。もちろん、ラズリはびっくりして尻もちをつき、
「どぅわ!?」
と、悲鳴をあげた。演技にしては手が込みすぎだと見てみれば、涙はホンモノのようで。
「ど、どしたらいんだ?」
ラズリはブルーを見上げるしかなかった。
「……ホント、昔っから泣かれるのに弱いよね、ラズリは」
ブルーはいつの間にやら両手を下ろし、懐かしそうに、そして楽しげに笑っていた。
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