危ねえ子ども

 ステイシス・シリンダーをふたりで運び出すのは骨の折れる作業だった。

 まずブルーが顔を真っ赤にしながら台座を傾け、楔をはさみ、ジャッキアップし、ドリーを入れて向きを変える。次にワイヤーをかけ、反対側も楔とジャッキで上げてドリーを挟み、コード類をギリギリまで引き出す。それら力仕事の大半はブルーがやった。ラズリはシリンダーに直接触れないからだ。


 しかし、ラズリとてサボっていたわけではなく、むしろトレインと部屋とを魔法陣で行ったり来たりしながら、迅速に車両に載せられるよう準備しなくてはならなかった。


 なにより、ステイシス・シリンダーという大質量の物体を、地下二階(垂直方向約十メートル)からトレインまで(水平方向約三十メートル)転送させなければいけない。


「……えっと……ラズリ? ……大丈夫?」

「……大丈夫だよ」


 ブルーが心配そうな声を出すので見栄を張ったが、まったく大丈夫じゃなかった。十連勤は想像以上に体力と精神力を奪っていた。シートについた瞬間からラズリは泥人形状態だ。いまなら街のガキどもに作られいじくられた人形に同情できる。


「……観測者席なら、あのクッッッサイの、吸ってもいいよ?」

「……『ディープ・シー』な?」


 ラズリは訂正を入れた。


「ブルーが言ったとは思えないくらい寛大な申し出だよ、実際。けど、いい。そんな気分じゃないし悪いほうにキマる」

「だったらカーゴを見てきてもらっていい? そろそろ軌条に戻るよ」

「だったら、でコキつかうのかよ……」

「だからちゃんと聞いたじゃん。命令も察してって感じの言い方も嫌いだし」

「嫌いでも、好きじゃないってくらいに言っとけ。カドが立たなくていいぜ?」


 ラズリは動きたがらない躰をどやしつけ、連結部のハッチを開けてダンパー区間の隙間から外を覗いた。走行速度は慎重すぎるくらいに抑えられていた。


「ラズリ!」


 背中に投げられた言葉に振り向くと、ブルーは顔も向けずに言った。


「――ありがと」

「……こっちこそ、引っ張り起こしてくれてありがとうだよ」


 ラズリはカーゴに移った。すぐに目につくステイシス・シリンダーと、一緒に持ち込んだパソコン本体やら、モニターやら、片っ端からもってきた本や書類の類。ひとりだったら持ち帰らなかっただろう。


 無茶無謀に巻き込まれて、取り返しのつかない傷を負って。なのにブルーはそれまでと同じように接してくれて。もうとっくに立ち直っているように見える。一方でラズリは一日ごとにすり減っている。数年あれば影も形もなくなりそうだ。


「ウィーザーズとマージナルス……いったい、どこが違うんだろうな」


 原因を人種で説明しようとする自分に苦笑し、かぶりを振り、ラズリは荷締めベルトに手をかけた。一本一本たしかめていく。

 トレインから引きだしたコードがシリンダーの台座にきちんと接続されているのか確認し、動作原理のわからないバッテリーをチェックする。残り一四パーセント。やたら減りが早い気がするが、軌条に戻るまではもつだろう。


 早々にやることがなくなってしまったラズリはしばし考え、煙草を口に咥える。ライターを出そうとポケットをまさぐりつつシンリダーに背を向け――た瞬間。


 空気の抜けるような音がした。

 ラズリはライターの蓋に指をかけたまま固まった。


 ――なんの音だ? パンクした? パンクって、なにが? 


 トレインについているのは軌条用の鉄の車輪とキャタピラとそれを回す起動輪と中型転輪と遊動輪で、音がしそうなのは転輪か油圧サスだろうと思われるがしかし、ブルーがチェックを怠るはずがない。


「――動くな」


 背中に投げつけられた、聞き馴染みのない声。ラズリは咥えていたタバコを落とし、反射的に振り向いた。バカみたいにデカいライフルが待ち構えていた。

 鼓膜をぶち破るような爆音。穴あきチーズみたいなマズルブレーキが火を吹いた。弾丸はラズリの耳のすぐ脇を掠めてカーゴの内壁に衝突、中身だけは死んでも守ると意志を固めた装甲厚に弾かれ、甲高い跳弾音を響かせながら飛び回った。


 頭部至近を弾丸が抜けたという事実にラズリが尻もちをつくのと、子どもがライフルのボルトを引くのは、ほとんど同時だった。ジャキン! と硬質な音を立て、持ち主の掌では持て余しそうな空薬莢が排出され、壁に当たり、澄んだ音色を奏でながら転がった。


「次は当てる。動――」


 動くな。そう続く予定だったのだろう。しかし、トレインが急停止し、慣性がラズリを壁に押しつけ、子どもの躰をつんのめらせた。


「ちょっと!? なに!? どうしたの!?」


 聞こえてきたブルーの声。カーゴの気密扉が開く。子どもは素早く態勢を立て直し銃口を向けた。ラズリは大慌てで扉との間に躰を滑り込ませる。


「待て待て待て待て待て待て!!」


 銃声――は響かなかった。


「――な、なに? ラズリ? どうしたの? いまの音は……」


 言いつつ、ブルーが頭を出そうとし、ラズリは射線を通させないよう肩で隠した。


「動くなと言ってる!」


 子どもが発したとは思えないほど強い警告だった。いつ吼えるとも分からぬ銃口に見つめられ、ラズリは喉を鳴らした。


「えっと、お、落ち着いてくれ。俺らはなんもしねぇし、なんもしてねぇから」

「――!? ラズリ! シリンダー開けたの!?」


 すぐ後ろで声を荒らげるブルーに、ラズリは子どもを視界に収めたまま小声で返した。


「俺じゃねぇって……! 勝手に開いたんだよ……! バッテリーじゃねぇのか……!?」

「バッテリー? でも、じゃあなんで……!」

「銃を持ってるのか? 撃ったのか? 俺に聞くなよ……! あのガキに聞け……!」


 外から見た限りでは銃なんてなかった。まさか子どもの身長ほどもあるライフルが一緒に寝てるとは思わないし、出てきたそばから撃ってくるなんて予想できる奴はいない。


「なにをコソコソ話してる!? 後ろの奴も両手をあげて顔を見せろ!」


 銃を構えた子どもは、そう言って、一秒かそこらの間をとった。


「って、セリーヌが言えって」

「……はあ?」


 困ったような顔をしていう子どもに、ラズリは間の抜けた声で応じた。

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