探索

 中央に噴水らしき構造物の残骸がある。いつの時代に作られたのかは分からない。記憶にある映画やら写真やら観光ガイドから推測するに、二〇世紀か二一世紀あたりに一五世紀を模して作られた代物だろう。


「で、どの建物から探索するよ?」


 ラズリは二一世紀以降に作られたであろう珍妙なシルエットのビルを見上げた。


「そこからでいいんじゃない?」


 ブルーはトレインで牽いていたカーゴのバックハッチを開け、黒いリュックサックを下ろした。探索装備一式だ。ラズリはブルーが装備を整えていくのを眺めた。


 まずは右の太股にホルスター。収めるのは中折式の大口径リボルバー。野生動物の大半はトレインの音と人の気配に逃げるが、なかには興味本位で近づいてくるのもいる。一撃で殺すのは無理にしても、音とちょっとの痛みで逃げてもらうくらいはできる――もっとも、拳銃程度じゃどうにもならない、野生動物以外の生き物もいるが。


 つづいて左の太股に肉厚マチェーテのシース。大ぶりの刃物はマージナルスにとって最後の護身用具にして探索時の必需品だ。


 最後にライト付きコルセットリグ。予備の弾丸、救急パック、閃光手榴弾やら疲れたときのおやつにするチョコレートスティックやら色々詰まっている。ついでにへそも隠す。


 ブルーがリグのベルト締めると、大きな胸がたゆんと揺れた。

 なにげに、ラズリはそれを見るのが好きだったりした。


「すけべ」


 ブルーは淡々と準備を進めながら言った。


「そっちは終わったの?」

「……いまからやるとこですよ、ってな」


 ラズリは相棒の逆ストリップから泣く泣く視線を切り、トレインの脇で靴の踵を鳴らした。カン、と硬質な音が響き、靴底の下で地面がほのかに発光した。地に突いた踵を引きずりながら歩き、地面に光の線を描いていく。


 ウィーザーズの、とくにラズリだけが使える〈扉〉の魔法だ。


 ラズリだけに適合する靴型の呪具――正確には靴の踵と爪先についた金属プレート――を使って魔法陣を描き、ふたつの魔法陣をつなぐ扉を開く。


 簡単にいえば、ワープホールをつくるのだ。


 他にも、開かない扉を蹴り開けたり、魔法陣上に置かれた物品を一定量まで転送することもできる。さらには魔法陣を大量に用意し、任意の魔法陣同士をつなげて移動したり、なんて芸当も可能だ。

 この扉の魔法が、ブルー・トレイン最大の武器だった。


「……きっつ……十連勤、躰より頭にダメージくるわ……」


 広場に大小様々な魔法陣を六つほど描き、ラズリは両手を腰において息をついた。疲れ果てている躰に、〈扉〉の記憶が万力じみた負荷をかけてきている。


 もちろん〈扉〉の魔法も便利万能ではない。使用にはウィーザーズが体内に溜め込んでいる稲妻の力と意識を使うため、魔法陣を作りすぎても本人が役立たずになってしまう。


「大丈夫? キツいなら大っきいのと小さいのひとつずつでもいいよ?」


 準備を終えたブルーが気遣うように言った。


「平気だよ。ただ、あんま遠いとキツいから、近場で頼むわ」


 言ってラズリはビルを見上げた。高さはおよそ五〇メートル。ギリギリだ。

 水平方向なら二〇〇メートル程度が限界で、高さが加わると負荷は二次関数的に上昇し、斜め上からの荷降ろしとなると横三〇縦三〇の二等辺がやっとになる。


「……ったく、情けねぇ……」

「なにいってんのさ。頼りにしてるよ」


 ブルーは呼応石のイヤーカフとバネ式の懐中時計、絶縁グローブを差しだした。ブルーの装備がマージナルス御用達なら、こちらはウィーザーズの探索グッズだ。


 触れただけで電化製品のほとんどを壊してしまうウィーザーズは、呼応石と呼ばれる石でできた耳飾りをインカムの代わりにしている。


 同じように時計を振るだけでゼンマイが巻かれる懐中時計は電子時計の代わりで、絶縁グローブは……正直、魔除けやまじないのたぐいだ。触れた機械を壊さないようにというより、尖ったもので手を切らないようにとか、そういった意味合いが強い。


「んじゃ、行きますか」


 どちらともなく言って、ふたりは崩壊しかけの高層ビルに入っていった。

 チャ、チャ、と一歩ごとにラズリの靴の底についたプレートが音を立てる。

 内部は真っ暗。即座にブルーがコルセットリグに下げているライトを点けた。ラズリは明かりを頼りにカンテラを灯す。電子の光とは異なる柔らかい光がふわりと広がった。


「……あっちゃー……外れかなぁ……?」


 ブルーが悔しそうに呟いた。

 コンクリと鉄筋でできた高層ビルの内側が、石造りの中世建築物になりかけている。稀によくあることだ。つまり、建物の内側と外側で時代や文化が入り混じっている確率は低いとされているが、現実に探索に出るとしょっちゅうでくわす。


 こういう場合、内側に落ちている物品は内側の時代と文化に寄っており、中世風なら使いみちに乏しい燭台やら謎の祭壇やらになりがちである。

 ただ、だからといって河岸を変えるのも早計。


 ラズリはカンテラを掲げた。

 石でできた天井、木でできた梁の間に、洒落たデザインの電灯が下がっている。建物の構造も中世の塔より近・現代的なビルに近い。


「古い家かなんかと重なったんなら、上は大丈夫じゃねぇかな?」

「だといいけど」


 ブルーは腕時計を見て言った。


「んじゃ、一時間後にここで集合ね」

「マジかよ。別れんの?」

「だから心配しすぎだって。ラズリは下、私は上ね? 大物があったらすぐ呼ぶから」


 ブルーはライトを消し、さっさと暗がりに進んでいった。彼女の義眼は闇に強い。取り残されたラズリは小さくため息をつき、辺りをカンテラで照らした。見るからに中世。ふいに電化製品に触れてしまう可能性が低いのが下。振り分けは納得できる。


 ……まぁ、ブルーと一緒にいるより都合がいいか。


 中世風の建築物なら『ディープ・シー』の元になる植物が残っているかもしれない。他にも上等なアルコールだったり、得体のしれない保存食だったり、宝飾品や未来のウィーザーズたちなら使える呪具が見つかるかも。

 ぐるりと肩を回して下に降りる階段を――探し始めた途端、耳の呼応石が言った。


『あのクッッッッサイのの材料なんていらないからね? わかってるよね?』

「……へーい」


 そう答えておき、だから『ディープ・シー』だっつの、とラズリは心のうちで毒づく。

 カンテラの明かりを頼りに地下に降り、大人が何人も入れそうな大樽の横を抜け、さっぱり読めない文字で書かれた案内板に苦笑しながら扉をくぐる。壁に貼られたここではないどこかの世界地図を指でなぞり、床に敷かれた毛皮を踏む。


 死んだ街、壊れた街、世界の墓場、混沌の舞踏場。

 人と時代によって言い方は様々だが、いつだってさんざんな言われようだ。

 しかし、なんだかんだ言っても、そこの探索は楽しい。

 壁に飾られた題もモチーフも分からない油絵は家に置きたいし、電灯のきつい光より燭台に灯す炎のほうが好きだ。どうせ読めやしないが、埃をかぶっている本も気になる。


「世界が全部こうならねぇ」


 言って見つけた革張りの椅子にどっかり座ると、塵芥が散った。すぐに耳の呼応石が柔らかい音色でブルーの声を運んできた。


『全部がこんななんて、私は嫌だな』

「……そりゃな。マージナルスにゃ不便すぎるだろうけどよ」

『じゃなくて、停まってる感じが嫌なの。洗濯機が使えないなら私がスイッチ押すし、掃除機がダメならゴミ捨てとか食器洗いをやってくれればいいよ』

「……なんだそれ」


 思わず小さく吹き出しながら、ラズリは胸ポケットの煙草を取る。オイルライターの蓋を開くと、パキン、と小気味のいい音が鳴った。


『ちょっと。ラズリ?』

「『ディープ・シー』じゃなくて、ただの煙草だよ」

『私は煙草の匂いも嫌い。狭い箱に一緒に乗るんだから、ちょっとは気をつけてよ』

「……へーへー。了解しましたよ」


 言いつつ、ラズリは煙草に火を点した。ぷっ、と煙を吐いて腰をあげる。

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