ブルーのトレイン

 灰色に染まる前の空と同じ色、真っ青に塗られた箱型の装甲車両が軌条に向きを合わせ黒金の車輪を下ろした。キャタピラをあげ、稲妻の力を伝える第三軌条に足を着く。

 塔の周辺数キロというこじんまりとした世界の期待を一身に担い、トレインは一連なりの音階めいたノイズ音を発し、加速する。


 車両番号、五三九。


 七七かける七で幸運から生まれた数字なんだと、いつだったかブルーが言った。

 運転がマージナルスのブルーで、ウィーザーズがラズリ、乗るのが青一色の五三九号。 

 この組み合わせを住民たちはブルー・トレインと呼んでいる。


 軌条の継ぎ目がつくる規則的な震動を尻で感じながら、ラズリは運転席の斜め後方にあるシートからブルーの様子を窺う。とくに、ウィザーズでは触れないコンソールを指差し確認する、長手袋に覆われた右腕を。


「……すけべ」

「あ!?」


 鏡で見ていたかのような言葉に、ラズリは思わず頓狂な声をあげた。慌てて誤魔化すべく「あー、おっぱいってのは男のロマンで」とつづけたものの、すぐに諦め言い直す。


「……腕の調子はどうかと思ったんだよ。すけべなもんか」

「心配しなくてもすこぶる快調。おかげでね」


 おかげじゃなくて、せいだろ? とそっぽを向くラズリ。

 それを見越しているかのようにブルーはつづける。


「もう三年、今日まで一度も故障なし。もらった右目も同じ。心配してくれてるのは嬉しいけどさ、私はラズリのほうが心配。一〇連勤とか……そんなにキツイの?」

「借金か? それならボスボスが待ってくれっから――」

「そっちじゃない――や、そっちもだけど、そっちより、ラズリのほう」

「……ここ何日か、笑っちまうくらい思い出すよ」

「……まだ無理そう?」

「……行きたくねぇ。行く気ならここで降ろしてくれよ。死体見物なんて趣味じゃ――」


 ブルーがシートの背もたれ越しにラズリを睨んだ。


「……運転するなら前を見てくれよ」

「わかってる」


 ブルーはため息交じりに前を向いた。


「そろそろ軌条外れるから、外見て」

「……あいよ。嫌味なウィーザーズはギロチンシートにってな」

「ラズリ!」


 背中に投げつけられた怒声に手だけを振って、ラズリはドライバーズシート後方の小さな梯子を昇った。上部ハッチを開くと、風にのって生ぬるい空気が流れ込んできた。


 ――八つ当たりとか、だせぇな、お前は。


 過去を引きずる自分を嘲りながら、ラズリはギロチンシートこと観測者席についた。

 稲妻を読むには肉眼による空の観察がかかせない。そのため、トレインには上部ハッチとそこに座って車外に顔を出すための座席がある。しかし、ほとんど長方形の箱型をしている車体にとって、突き出た首は唯一の突起物となるわけで――


「物にぶつかりゃ首が飛ぶ、風が吹いたら首が飛ぶ、横転しようが稲妻衝波だろうが、飛んでいくのは俺の首だけ……ってな」


 古い詩を諳んじて、ラズリは過ぎていく死んだ街並みを眺める。

 針山のように生える崩壊した高層ビル群。映画でも見かけない朽ちた木のあばら家。材質すらわからない光沢のある基礎に、石造りの建物が載っていたりもする。


 時代も、文化も、空間すらもバラバラだ。


 左右を見渡せば複雑怪奇な家並みの間に道がある。転がるゴミはコミックで見たような槍やら剣やらにはじまり、そんな時代には存在しない焼け焦げたプラスチックの玩具がつづき、どこぞの世界の生活ゴミらしきグロテスクな色合いのビニールパックがある。


 石畳の隙間から見たこともない草が生え、割れたアスファルトに馬糞が落ち、裂けた金属板と突き出たパイプから謎の蒸気が吹き出している。


 そんな、なにもかもがメチャクチャな世界に足を踏み入れ、とりあえず使えそうな物を見繕って集めてくる。

 それが探索だ。


「ウィーザーズはギロチン台から世界を見下ろす。ギロチン台にあげた者たちのために」

『か、ん、そ、く、しゃ、せ、き!』


 ガッ! と観測者席正面、車内天井に据えられたスピーカーがノイズ音を発した。


『ラズリ! そんなに嫌なら降りたっていいよ!? 軌条を歩いて帰れば!?』

「わかった、わーかったって。そんなに怒んなよ。可愛い顔が台無しだぞ?」

『ばか! 怒ってるところも可愛いって言え! 空はどうなってんの!?』


 やべぇガチギレだ、とラズリは口を噤んで空を見た。

 灰色の快晴。稲妻の兆候はなし。

 ラズリはスピーカーに言った。


「ブルー、本日の探索予定座標は?」

『渡した予報表に赤丸してある。確認して』


 乗車前にもらった予報表の紙と照らし、ラズリは西の空を見つめた。

 神経を研ぎ澄まし、稲妻が別次元を貫き留める瞬間を読み取る。

 一秒先の未来から一分先にスケールを広げ、時間単位にオーダーを上げていく。

 灰色の快晴に重なるように、未来の幻影を読む。


 どこからともなくやってきたちぎれ雲が時間とともに数を増やし、集合し、雷雲めいた稲妻の雲となり、やがて次元を越えてきた緑翠色のジグザグが世界を引き裂く。落下、地鳴りと震動、街並みの変化――


 二時間と一七分、三三秒後、それらは起きる。


 誤差は最大二分弱ってとこか、とラズリは風で乾いた目を瞬く。


「観測者席からお知らせいたします。稲妻の落下は一時間三十分後と見込まれます」

『……ラズリ』

「はい、なんでしょう運転手様?」

『本当に本当?』


 スピーカーから返ってきたおふざけゼロの声に、ラズリは顎をあげて息をつく。


「……二時間後」

『……ラズリ?』

「……ああ~~~~、くそっ! なんだってんだよ! 二時間一七分! 誤差二分半!」

『了解。変なサバ読まないでよ。信頼してるんだからさ』


 サラリと言ってのけるスピーカーの向こうに、ラズリは憮然と腕を組む。

 もう二度としくじりたくないと思っている。それを見透かされているのが情けない。だが、互いに親の顔を知らない同士で「お前は俺の母ちゃんか」もない。

 ラズリはこれと決めて息を吸った。


「俺はブルーの心配を――だわばっ!」


 言い切るよりも早くトレインが右に大きく舵を切り、ラズリはまさしくギロチンシートに甘噛みされそうになった。いつの間にキャタピラを降ろしていたのだろうか。

 運転スキル上がりすぎだろ、と鞭打ちもどきの痛みに首を擦っていると、


『ちょっと揺れたよ。それと、心配するのを忘れてた、ごめんね』


 まだ少しプリプリしているブルーの声をスピーカーが運んだ。

 軌条を離れたトレインは、キャタピラで悪路を踏み均しながら進み、壊れた建造物に囲まれた広場で停車した。

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