第2話【急報】
両手を挙げるイストワールの兵士どもを嘲笑いつつ、俺はリトゥアールに入城する。
市民街は、墨色に染められていた。数多くの死体がうず高く積まれていて、犠牲者の多さを物語っている。
逃げ惑う市民のせいで、イストワール軍の展開が、遅かったのは俺の狙い通りだった。
鼻の奥を突き刺すような灰の匂い。俺は木炭を踏みしめて進んでいく。
死をなぶる風が、俺の髪を揺らした。鼻先に何かの切れ端が通り過ぎる。
「捕虜の数が少ないな?」
俺は、ハルトマンを睨みつけた。
「えぇ、その、アルウィン様の見立てよりもイストワールの防衛軍の数が少なかったようですね」
ハルトマンは額の汗を拭い、ヘヘと笑う。
リトゥアールの市民街は、今だに消火活動を行っている場所があり、少しだけ暑い。ハルトマンが汗をかいている理由は、俺への恐怖からだろう。
「俺のオキュルトへの囮に喰い付いたか、くくく。俺の株も上がるというものだな」
俺は、通行の邪魔になる炭化した柱をバスタードソードで切り払う。
「ひえ……!」
ハルトマンは、身をすくませて飛び跳ねる。
「ほ、報告によれば、ふぅ、防衛軍は6000人ほどで捕虜は1300人ほどです」
「他は? 全員戦死か? 司令官はどうした。その家族は?」
ハルトマンは、手元の報告書をめくる。その音からも怯えが伝わってくる。
あの商人が言っていたリトゥアールの司令官の娘が、どれほどの美姫なのか隅々まで調べてやろうと思っていたが、今だにその姿を見ない。
「他は、す、全て戦死及び自害です」
ハルトマンは、報告書を落とす。おびえたような顔でこちらを見てくる。
「貴族の矜持、死に方ってことか……。司令の美姫とやらもか?」
「は、はい。敵司令は、その家族とともに……」
俺は、リトゥアールの城塔を見上げる。彼らは高い位置から民を見下し、贅沢な食卓を囲んで哄笑を浮かべていたのだろう。昨日までは。
骸で作られた人生を誇らしげに語り、弱者を踏みつけにした足で豪奢の道を歩く。
それでも、死に方は自害という無価値なものだ。貴族どもは、誇らしく自らの喉を匕首で突き刺し果てるのである。
「お前はどうする? 敵に囲まれ、死を目前としたとき。その匕首を喉に突き立てるのか?」
ハルトマンは、自身の腰に着けた匕首を見つめる。黄土色の瞳を泳がせる。
「父上からは、自害するように言われています」
俺は、失笑するように鼻を鳴らす。
「俺は、死なん。敵の喉笛に噛みついて、一人でも多くの者を道連れにしてやる」
ハルトマンは、瞬きをして何も答えない。
市民街を越えると中央区の軍事拠点にたどり着いた。そこには、商人がにへらと笑って両手を広げる。
「いやあ、リシャール将軍。いえ、リシャール将軍閣下。これほど上手くリトゥアールを奪還するとは、さすがですな」
商人は、揉み手をして近づいてくる。
「お前は、何をしていたんだ?」
「金目のモノを見繕っていました。うひひひ、なかなかの一品たちですな。ああ。美姫の死体は、燃え尽きました。死んだ後、司令の側近が燃やしたのでしょうな」
商人は、残念そうに眉を動かして肩をすくめた。
「それは、残念だな。フェリシテの代わりに遊んでやろうと思っていたのだがなぁ……」
「それを警戒して死んだんだろうが……」
商人は、小さく呟く。
俺は、バスタードソードの柄を握りしめた。商人は貴族ではないが、腹の底では俺を馬鹿にしているのだろう。
(今はまだ生かしておいてやる。利用価値があるからなぁ)
「それより、リシャール閣下。猛熊魔王の配下の悪魔がアニュレ峠に現れたそうですぞ。アルウィン伯は、フェリシテ伯爵に騎士団一つを預け、ゴブリンの巣の掃滅に向かわせたとのこと」
商人は、俺の耳元に醜く贅肉で揺れる顔を寄せる。
「アニュレ砦が狙われる可能性がありますぞ。悪魔やイストワール軍に……。アルウィン伯爵のお命が危ぶまれますなあ」
俺の胸が早鐘を打つ。
「さあ、リシャール閣下。決断の時ですぞ。貴方は、一軍の将。どちらを選びますかな?」
商人は、大きな目玉をぐるりと覗かせる。
リトゥアールは、まだ完全に掌握しきっていない。イストワールからの反撃に警戒をしなければならない。魔剣のある宝物殿を探索するまでには、まだ時間がかかるだろう。
しかし、アニュレ砦を落とされれば、リトゥアールは、オキュルトとアニュレ砦のイストワール軍に包囲される。
「ハルトマン、貴様にリトゥアールの掌握を任せる。俺は、直卒の騎士団を連れてアニュレ砦に向かう。良いか、命をかけて防衛しろ」
俺は、バスタードソードで地面を殴りつけた。
「ひぃ、わ、わ、分かりました!!」
「伝令、すぐに準備をさせろ。アニュレ砦に向かうぞ!!」
第二章第2話【急報】
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