【幕間、帝都での出会い。リシャール編】
帝都からの帰り道。俺は、ある出会いを思い返していた。
それは、窮屈な帝座の間から出て、帰る準備をしていた時のことだ。アルウィンから「とある人物に会って欲しい」と頼まれたのだ。
俺の卑しい出自が、気に入らなかったのか祝勝会には、呼ばれなかった。
右も左も分からない帝城だったので、アルウィンからの頼みを快諾した。端的に言えば、暇だったのだ。
アルウィンからは、素直なのは珍しいと大げさに感動されたが。どのような人物にしても、人脈を広げるのは悪くはない。
しかし、警戒はしておくべきだろう。何故なら、アルウィンからは、詳細を教えてもらえなかったからだ。
ただ、その人物は帝城の一室で待っているらしいとのことだ。古びた石壁を見つめながら、アルウィンに教えられた部屋を目指す。
長い通路の先で、メイド服を来た女とすれ違う。俺のサーコートを一瞥すると立ち止まって頭を下げる。
将軍相手だと、目を合わせてはならない決まりでもあるかのようだ。それとも、俺の頬の傷──ピエロ時代につけられた──を怖がっているのか。
俺は、唇を震わせるメイドを無視して進む。
見下してきた者たちの顔が、頭に浮かんでくる。俺は、それらを見下す立場になろうとしているのだ。
ターブルロンド帝国の将軍ともなれば、一軍をある程度は、自由に動かせる立場だ。無論、大きな作戦ともなれば許可も必要になるし、指揮下に入ることもある。
しかし、今までの騎士団長などと比べれば、天と地ほどの差だ。
俺は、少し肩をそらして歩く。帝国武術学校時代に見た髭面の将軍のマネをした。軍靴の音を響かせながら、石壁を進む。
「ん?」
俺の鼻を刺激する不可思議な匂い。貴族どもが、つけているコロンの香りに似ている。しかし、嗅いだことのない種類のものだ。
俺が立ち止まった扉の前。『連王の間』と書かれた部屋から漂ってくる。
ここは、アルウィンから聞かされた待ち合わせ場所の名前と一致していた。
「待っているのは、貴族か……」
もし、貴族ならば奇特な奴だ。俺のような『卑しい出自』の男と会いたいというのだから。
警戒心を緩めずに拳を握りしめる。
俺は、龍を象ったドアノッカーを鳴らした。軽快な金属音が響く。
「どうぞ、空いとりますぞ」
奇妙な語調の男の声が、返ってくる。含み笑いが混じった他人をバカにしたような声。
俺は、腹立たしさをおさえるために少し息を整えてから扉を開ける。
相手のことが分からない以上は、感情を剥き出しにするわけには行かない。
野良犬と蔑まれても、ルグランの首輪があるうちは、牙を隠しておかなくては、と気持ちをなだめる。
俺は、将軍となったばかりだ。ここで騒ぎを起こすことは避けなければならない。
「おお、これは、これは。アルウィン子爵のおっしゃられたとおりですなぁ」
古びたベレー帽を深く被った小太りの中年男が、腹を揺らして近づいてくる。口の端を歪めた如何にも性悪な商人顔だ。
「お前は、武器商人ってとこか?」
俺は、厳しい顔を作って性悪顔の商人をにらみ据えた。アルウィンから聞いたことがある。
商人は、相手の足元を見る能力に優れているのだと。ならば、警戒心を最大限にまで高めて、足元を見る暇も与えないようにすべきだ。
「おやおや、警戒しておいでですな。まあ、ここの将軍様方に比べれば見どころはありますぞ。高飛車で下品。好戦的で野卑。それが帝都の将軍ですからな」
性悪顔の商人は、俺の顔を舐め回すようにあらゆる角度から見てくる。
正直、下品なのは貴様だと言ってやりたくなるが、ぐっと抑えた。これも、交渉術のひとつなのだろう。
「何が言いたい?」
「アルウィン子爵から聞いたのですがね。剣をお探しなのでしょう?」
性悪顔の商人が、金の延べ棒のようなものを取り出すと、それを布のような物で磨きはじめた。
俺は、将軍に任命されたときに渡されたバスタードソードを見つめた。
「それ、それ。下品で高飛車な剣ですなぁ。そうは思いませんか?」
性悪顔の商人は、金の延べ棒でバスタードソードを何度か指し示す。
ただの殺戮のための道具である剣に下品や高飛車なんて言葉が、当てはまるのか?
何かの比喩なのか、老獪な商人の頭の中を推察しようと思考を回す。
「魔族が鍛え上げた剣。膨大な力を持っている伝説級の剣があるのですがね。貴方様にピッタリな。敵対する者を滅する力があるのですよ? 手に入れたいでしょ?」
性悪顔の商人は、こちらの反応をうかがうように俺の顔を覗き込んでくる。
部屋の空気の張り詰めた音が、耳にこびりつく。性悪顔の商人の提案は、魅力的なものを通り越して垂涎ものだ。
✅️「興味がおわりかな? 現在は、イストワール王国に占領されております『城塞都市リトゥアール』──そう、十数年前に、とある傭兵団によって攻略された、と言っても過言ではない。元ターブルロンド帝国の主要都市に眠っているのですぞ……」
性悪顔の商人が、言った傭兵団というのは、ファミーリエ傭兵団のことだ。その名前は、俺も聞いたことがある。ディアーク・ベッセマーが率いる伝説の傭兵集団である。
イストワール王国の専属で、家族のような結束と依頼は確実にこなしていく高名な傭兵団。ただ、恨みを買うことも多くいつの間にやら歴史の中に埋もれて消えていった。
その後、ディアークの名前が出てくるのは、求道者ユグドーの──いや、この話は、創作の域を出ない。
それよりも、だ。
「その剣は、リトゥアールにあるんだな?」
俺の追求に性悪な商人は、小躍りするかのように近づいてきた。
「もちろんでございますよ。少々、使い手を選ぶものでね。でも、でも、リシャール殿ならば合格かと──確かぁ……」
性悪顔の商人は、俺の横に張り付いてきた。耳元に厚かましい鼻息がかかる。
「将軍は、一軍を動かすことができるのではないですか? リトゥアールを攻略すれば、リシャール殿の評価も『力』も手に入りますぞ?」
俺の肩を揺さぶるシワだらけの手を睨み据えながらも、アルウィンの意図が理解できた。
(新たな力を得るためか……)
将軍とはいえ、大都市の攻略において勝手に軍を動かすことは出来ない。リトゥアールを攻略する利点とこちらの損害予想を帝都に上申しなければならない。
【幕間、帝都での出会い。リシャール編】完。
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