第18話【借り物の歴史】

 俺たちは、謁見を待つものが控える部屋に通される。帝城の門からここまでの私語は禁止され、よそ見すら許されずにまっすぐ進むことを課せられた。


 控室と言っても立派な作りではない。ところどころ削られた石の壁。歩くたびにきしむ床。ここが、牢屋だと言われても違和感はない。


 所々に使われてる古い木材は、かなり腐食している。近づくと嫌な匂いがする箇所もある。


「なぁ? アルウィン……。ここが、帝都で一番の場所なのか? 本当にターブルロンドの全てを支配する皇帝様の居城かよ」


 アルウィンは、丸く小さなテーブルを軽い感じで叩く。テーブルは、グラグラと頼りなく揺れる。いつ壊れてもおかしくない。


「このテーブル、骨董品としての価値はありそうだね。リシャール、城門から見た帝城の感想はどうだったかな?」


「まるで、棺桶に入った老人のようだったな。覇気もなく、魔術……いや、弓矢を打ちかけただけでも崩れそうだった。あの状態ザマで、イストワール王国に勝てるのか?」


 アルウィンは、肩をすくめた。「無理だね。負けるのは、目に見えているよ」と他人事のように、冷たく笑う。


「リシャール。帝国は、ね。イストワール王国と違って始祖の血を守れなかったんだよ。今の皇帝には、色んな血が混じってる。だからこそ、せめて城だけはって……気持ちなんだよ」


 アルウィンは立ち上がると、窓際まで歩く。俺は、それを目で追う。その指先には、窓の外で風にはためく帝国旗が見えた。


「誰かが、本当の血族を見つけなければならないんだよ。闇に葬られた血族。ロマンがあると思わないかい?」


 アルウィンは、口角を上げて声を出さずに笑う。童顔で、中性的な顔立ちのアルウィンが、そのような表情をすると、後ろめたい気持ちになる。


「リシャール。血筋は、どこでわかる? なぜわかる? 血の色が違うのかな? 顔の形? 身体的特徴? それとも、魔術遺伝……」


 俺を試すような表情で質問を投げかけてくる。答えは、簡単だ、魔術遺伝だろう。


 血など見た目では、変わらない。顔も身体的特徴も、同じような他人が存在することもある。


「魔術遺伝だろ? 親から子へ。確実に受け継がれ、ごまかしが効かないからな」


 アルウィンは、俺の答えに失望したのか暗い顔をする。先ほどの大道芸人と同じだとでもいいたいのか、俺にどんな答えを望んでいたのだろう。


「魔術遺伝か……。それも誰にも見えない。ただ、宮廷魔術師レベルの人間だけが把握できる。人間の言葉は、金で買えるからね。ムチやナイフを使っても、聞きたい言葉を引き出すことができるよ」


 アルウィンは、表情ひとつ変えずに言いきった。国にとって、王族の系譜は重要だ。


 ターブルロンド帝国始祖の血筋が途絶えたことは、子供でも知っている。問題は、その途絶えた血筋すらも偽物であったかもしれないということだ。


「それだと、誰でも皇帝になれるってことかよ!? それならいつからなんだ? それよりも、他国でもそうなのか? 血統なんて存在しない?」


 アルウィンの言葉が事実であるならば、歴史など意味をなさなくなる。積み上げた歴史が無駄であるとするなら、国自体も。いや、人間すらも意味がない。


 国と国の敵対も協力も誰かの掌の上ということである。国民は、魂のない人形のように踊らされてる。


 太陽の下で、育ち。太陽の下で、枯れていく。これほどまでに太陽と呼ばれる貴族の力は…………


「いやいや、リシャール。他国では、複数の宮廷魔術師や名前も明かされてない宮廷魔術師が、血筋の保証をするよ。ターブルロンドの場合だけが、たったひとりの宮廷魔術師によって決まる」


 アルウィンは、少し早口になって俺をなだめにかかる。いずれにしても、ターブルロンドの帝位継承が疑わしいものになったことは確実である。


 太陽として崇められる貴族どもが、この国を好きにしている現状をあらためて知ることになった。


 会話が途切れる。アルウィンにしては、珍しい反応だ。どちらかが、何かを言おうと探っている。


 コンコンとドアを叩く音が、二回。俺は、反射的に剣の柄を握る。


 アルウィンが返事をすると、ドアがゆっくりと開いた。シルト・アーレンスの姿が見える。


「ふたりとも、拝謁の時間だ。リシャールだけじゃない。ルグラン子爵アルウィン卿も来てほしい。リシャール、なにを聞かれても無言を通してくれ。返事はしなくて良い」


 部屋のなかに、強烈な香の匂いが充満する。帝都で感じたものよりも強力だ。呼吸を通して、体の中まで染み渡るほどの薫りである。


 アルウィンは、窓際から離れて俺の方へと歩いてきた。俺は、まだ剣の柄を握っていたことに気づいて慌てて手を離した。


「……リシャール。皇帝は、名ばかり。君がこれから跪く相手はね。ただの哀れな老人だよ」


 俺に耳打ちをしたアルウィンは、なに食わぬ顔をしてシルト・アーレンスの下へと向かう。俺も何も聞かなかったように控室を出た。



 窓もない帝座の間には、照明のための魔光石もなく、古い洞窟や枯れ果てた採掘場のように松明や篝火が焚かれていた。


 ほのかな明かりを反射した黒一色の全身鎧に身を包んだ帝国親衛隊カイザーリッツと呼ばれる騎士たちが、威風堂々と並んでいる。


 長い通路の奥には、天幕に覆われた帝座があり、そこには、『誰か』が座っていた。


 俺たちは、入り口付近から動くことを許されなかった。魔王を倒した英雄であるはずなのに歓迎されていないことが分かった。


「よくぞ、魔王を打ち倒し。リュンヌ様の御威光を世に示した。リュンヌ教国教門長からも、栄誉ある行動であると褒めていただいた」


 皇帝にしては、若々しく威厳のある声だ。顔を上げることは許されていないが、目線を少し上げてみると、紙を読み上げる黒いローブの男が見える。


 黒いローブを着た男は、皇帝ではないはずだ。天幕の向こうにいる人間と思しき影も怪しいものだ。


 俺たちのことを功績を上げた英雄であると、国をあげて宣言をしたにも関わらず。これは、考えるまでもなく軽視されている。


「教門長から……。ふん、舐められたものだね」


 アルウィンが、心底呆れ果てたような口調で呟く。周りに聞こえていないだろうが、皇帝の前で口にしていい言葉ではない。


 俺からすれば、胸のすくような気持ちにはなるが。確かに、教門長といえばリュンヌ教国の第5位だ。


 リュンヌ教国では、英雄的な活躍をした人物や国に対して栄誉の言葉が贈られる。


 教門長からの褒め言葉を例えるなら、近所のオジサンに挨拶をして褒められたレベルだろう。


(これは、褒美も期待できないな……)


「リシャール・ルグラン・トボ男爵。魔王討伐の功績を称え、カイザー・ゲネラール《皇帝の将軍》の称号を与える。また、その目付けとしてアルウィン・ルグラン子爵には、カイザー・ディーゼ・ロイタナント《皇帝の良き副将軍》の称号を与える」


 紙を読み上げる黒いローブの男は、言い淀むことなく『将軍』と言ったのだ。


 俺は、この耳で聞いた。どこの馬の骨とも分からない。ただの拾われたピエロに対してである。


 急に空気に重みを感じた。ピリピリと肌を弾くような感覚。先ほどまでは、威圧感を放っていた黒い全身鎧が、ただの彫像にしか思えなくなる。


 黒い彫像たちは、手に持った剣を掲げて「新たなカイザー・ゲネラールとカイザー・ディーゼ・ロイタナントを讃えよ」と声をあげた。


 俺は、ついに帝国の軍事力の一角を担う男になったのである。


 第一章第18話【借り物の歴史】完。

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