罪の償いについて

 私が住んでいるこの町は、皆が考えるよりも遙かに可笑しい場所である。私たちは生まれてすぐに何かも分からぬ植物の種を口から飲み込まされるのだが、その花やが咲くのは死んだ後である。たとえどんな罪を犯した悪人でも美しい花が咲けば町の皆が手厚く世話をし、大きな功績を残した偉人でも貧乏草が生えて仕舞へば避けて通る人もあったり、幼い子を連れた母親が「あんなものになってはいけないよ」と吹き込んでいたりする。何故そんなことになっているかといえば、この町の何時かも分からぬ偉い方が「せめて亡くなった後くらいは美しく」などと意味の解らぬことを言い出しては、周りもそれに乗り、ここに生まれた子供たち全員に種を飲み込ませるという蛮行を始めたという。

 その結果どうしても貧乏草や、非道いものでは異臭を放つ花が咲いてしまう事がある。そしてどんな偉人もそれに当たってしまったならば遺体を蔑ろに扱われる。

 しかもこれの問題点は、町中に遺体が放置されていたり、道端の浮浪者の亡骸に絢爛な花が咲いたとしても、あまりに規模が大きいものはその体躯の下の地面まで根を張るものだから、そのまま道の隅でほったらかされているものも存在する。綺麗なものに除草剤を撒くことができるほどの人間はいない。

 こんな狂った地域に、またどこか頭が飛んでいる集団がいる。辺鄙な田舎の中では優秀と思い込んでいる奴らが、私たち僕たちはこんなにも優秀なのだから、美しい花が咲くに違いないと大声を出して公園に蔓延っていて、またこいつらはとんでもない悪人で、貧乏の子をいじめ、時々殺めては咲いた花を押し花にして栞にする。美しい花のものは女子たちにプレゼントし、それ以外のものはその子の親に送りつけるとかいう人間ではないことをするのである。

 これはよくないと、学生の身分の私は強く思っていた。いつかこの町にこの悪人を一人残さず排除し、普通の場所に戻すと決心した。



 あれから何年か経った頃、僕は町の偉い人の後ろで補佐をする人間になった。その頃には状態はより悪化していて、あの時の悪人たちのような人間が誰彼構わず攻撃をし、町は痛々しい亡骸と、それを養分に育った花で埋め尽くされていた。集団墓地とも呼べぬ酷い光景。これには町の上層部も懸念を示していた。そして「善良な」町民を集めて、町の長がこう問うた。

「皆様は、どうしていきたいか。どんなことでもいい、誰が憎いだ何が悪いだ、こうすべきだ。何でも仰ってください」

皆は次々に声をあげる。

「子を殺したあの餓鬼が憎い」

「あの集団とその親族を排除すべきだ」

「奴らさえいなくなればどれだけ平和なことか」

血のような涙を流し、拳に怒りと悔しさを握る。大人になった僕は、町長と二人の時にそっと囁いた。

「排除の方向をとりましょう。先ほどの方々に武器を持たせ、気の済むまで戦っていただきましょう」

町長は怯えた顔をしていたが、角に追い詰めさらに私は言う。

「革新のためには、破壊が必要でしょう?すべてをなおすには、まずすべてを壊さなければならないのですよ」

町長は腰を抜かして、這いつくばるようにどこかに逃げてしまった。それから彼が見つかったのは三日後、汚れた池の上に佇む睡蓮と成ってである。

 私は先日集めた町人に、多くの槍や棒、刀や鉈を渡しこう伝えた。

「戦う時が来ました。私たちの手でこの町を新しくしましょう。貴方たちの力が必要なのです。悪人どもを一人残さず消すのです」

ほとんどの方が武器を掲げ、戦う姿勢を見せた。しかし数人は消極的な態度をとる。

「お偉いさん、よくないですよ。平和じゃないです。これがもたらす結果は誰が望んだものになるでしょう。」

「確かに私たちは理不尽に奪われてきました、確かに悪人たちは私たちから多くのものおを奪いました。でも彼らから命を取り上げるのは、また私たちも同じことではありませんか」

私はふむふむと相槌を打つ。

「なるほど、そういう考えも確かにございましょう。では他の皆さま。今の意見が正しいと思うならその武器を自らに向けなさい。自分達が正しいと思えるのならば彼らにそれを振りなさい」

騒然とする皆に脅しをかけるように私は反対派に猟銃を向ける。

「この私は、自分を信じている。正しいのは私だと考えている。さあ、今はこの銃が彼らに向いているが、次は誰に向くのか、よく考えてください」

そうして反対派は花を咲かせた。残った人を、悪の蔓延る公園へと引き連れた。

 彼らはのうのうと茶菓子を頬張って、摘んだ花から作った栞を見せびらかしている。

「やあ美しい花たち、元気そうで何よりだ」

キッと睨んだ可愛らしい女児を一人撃った。そこに咲いた花は茶色く不気味な、花とも呼べぬものだった。

「あら、随分と醜い花が咲いたね、どうなっているんだい。君たちは美しい花が咲くんじゃなかったのかい」

怯える彼らに、ありったけの慈悲を込めて微笑んだ。

「ここは今日、花畑になるんだよ、お偉いさんが決めたんだ。そこで君たちにお手伝いしてもらおうと思ってね。うしろにいる人たちはお偉いさんたちの計画を進める善い人たちなんだよ」

「それで、」と続けようとしたら、後ろの「善い人」の一人が我慢できず、ある坊やに鉈を振り落とした。それが引き金となり、小さな戦争が始まった。



 公園だけでなく、道ばたにも花道ができた。しかし私は満足できなかった。どの花も醜いのである。綺麗な花などひとつもなかった。そして、誰一人生きている人間もいなくなっていた。この時私は過ちと己の異常さに気づいた。

 要するに、心が綺麗な人間は綺麗な花が咲くのである。罪人が綺麗な花を咲かせるのも罪を償うという気持ちがあったからこそであるし、金に目が眩んだ偉人は綺麗な花を咲かせることはないということであった。まさしくこの花園は傲慢、憎悪、嫉妬、優越、嘲笑、殺意で構成された、地獄である。それを創った私はどんな花が咲くのだろう。私は怖くなって終わりのない地獄を狂ったように走り回った。

 行き着いたのは、町長の墓でもある池であった。あの時はあまりにも汚かった池が、エメラルドグリーンの澄んだ、どこかの湖のように美しいものになっていた。私はただそれに見惚れて、そこに掛かっている橋に腰を下ろしてしまった。そうだった。幼い私はこういう風景が広がることを望んでいたはずなのに。平和と愛と優しさでいっぱいの町、慈しみの権化を。

 静かに後悔の涙が流れると、そっと池に町長の姿が浮かんだ。

「大変なことをしてしまったようだね、でも、気づいてくれたならよかった。私から君に、最後の罪を選ばせてやろう」

右手に枯れた花、左手にアイスピックを持って、

「貴方はこの、枯れて誰よりも酷い花になる代わりに幸せな死後を過ごしますか。それとも、誰よりも美しい、二度と枯れぬ花に成る代わりにどんなに辛くとも逃げ出せぬ、本物の地獄へと逝きますか、選んでいただきます」

私はすべてを悟り、生きてきた中でどの笑顔よりも朗らかな表情でこう告げた。

「地獄へ突き落としてください、そして誰よりも美しい花にさせてください。永遠に美しい花に成って、私のいないこの町を、素晴らしい花園に変えてください」

「もちろんとも」という声で、私は池の底に沈んでいった。



 この町は見渡す限り美しい花で溢れかえっている。人々が笑うと穏やかな風が吹き、花は香りを囁いて、緑は歌を歌っている。一番美しいとされる睡蓮の池を囲む桜は、一年を通して枯れないらしい。

「お母さん、なんであの桜は枯れないの?」

「絶対枯れちゃいけないって、神様に叱られてるんだって」

「へー、変な神様だね」


「この桜の樹の下には屍体が埋まっているらしいよ」

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