愛情について
かァさん かァさん
私はあなたのなんでしたか
かァさんが望んだ道は
とてもとても
つらかった
最期くらいは私のすきなやうに
させておくれ
すこしばかりのありがとう
もうあなたには
あいたくない
息子よ、今、此処の桜の枝に引っかかってゐる私の息子よ、貴方は何処に逝ってしまったのですか……
この紐は、貴方の首に掛かる紐は、貴方の臍から私に繋がる緒ではない!
何故息子よ、終る時にまで桜の樹に寄り添って——。爛漫に咲くこの桜が、此奴めが、私は、母は桜が、非常に憎たらしくて……。
アァ、息子よ、遺書なんて書かないでおくれ、貴方をこれだけ愛した私を、何故突き放すのですか。手をかけ金をかけ時間をかけ、これだけ私は尽くしてきたのに……。
私の胎内から生まれた貴方の顔が、涙で霞んでよく見えなくて、貴方が泣いて泣いて、泣き止まないのが、怖かっただけで……。産婆に隠れて軽く口を塞いだことを、貴方はまだ恨んでゐたのですか?
拾歳にもなった貴方が、満身創痍になって、幼気な子供のやうによた/\と、私に近寄って来ては、「カカァ、カカァ」と手を広げて泣きそうにして。すごく怖かった……。トンと貴方の胸を押して拒んだことを、まだ、私は赦しては貰えないのでしょうか?
二十歳になった貴方は、ずっと私の脛を齧ってばかり……。そして狂人に成って仕舞ったね……。埃を被った毛布に包まって、歯軋りをし、夜になると何かが聞こえると大きな声で騒ぐのが怖かっただけです……。狂人が行く病棟に突き出したことも、私が悪いのですか?
それから貴方は、何処で知り合ったかも分からない女と、懇ろになって……。幸の薄そうな其の女は、「桜」と云ふ名前だと教えられたときはもう……、其の女を如何してやろうかと、不穏な思案を巡らせながら、何回も、何十回も、猪鍋を貴方に振舞い続けました、残すようになった貴方の幼い頃の写真を、玄関で焼いたことに腹を立ててゐたのですか?
アァ……思い出すことは、貴方への憎しみばかりでありました……母親の私は、人間の屑であります……。
私の言ふことを、聞かなかったからですか、この女と首を吊ったのは。悔しい、憎たらしい、許せない、母として、女として、人として……。貴方を唆した其処の女も、此の女に現を抜かして仕舞った貴方も……。私がこの手で終わらせるつもりで———。
「奥さん、それはあんまりですよ」
「息子さんは、貴女の傀儡ではないのですから」
じゃあ、私が悪いと言いたいのですか
「そうです、貴女が悪いです、彼を追い詰めたのは、他の誰でもなく貴女なのです」
私が……?おかしい、おかしいおかしい、絶対におかしいです
「おかしいのは誰なのか、僕たちが戻るまでにまたもう一度考えておいてください」
桜、ごめんな。此処まで連れてきてしまって。
いいえ、いいのですよ。貴方の幸せが、私の幸せです。
ありがとう。此処で、永遠に君と幸せに成りたいと思ってゐる。どうかね。
もちろんですよ。ずっとずっと、一緒にいますよ。私はずっと、幸せですよ。
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